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脳筋だもん  作者: 妖狐♂
126/169

#125 親娘

 プルゥートは、血まみれの雄一をうつむいたまま抱き締めている。


「漸く姿を現したか、神谷雄一」

「クハハハ、なるほど、気が付かなかったはずだ。こっそり、愚息の庇護を受けていたと言う訳か」


 トウテツは、歪んだ笑みを零しながら、雄一の血に染まる爪を、満足げに眺めている。

 そして、その手を、プルゥートに抱かれる雄一へと伸ばした。


「さて、まともに言葉すら操れぬ、愚息プルゥート。父の獲物を渡してもらおう。生きている間に、喰わねばならぬ」


 バシッ。


 プルゥートは、その長い羽で、トウテツの手を払い除けた。

 ご機嫌なトウテツの顔が、一瞬で冷める。


「ん? 偉大な父に向って、どう言うつもりだ? プルゥート」


『こっそり隠れるような卑怯者が、私の身代わりに、なったりなんかしないわ。』


「ああ? 小さな声で、何をぶつぶつ言っておる。男なら、ハッキリ、堂々と、話せ!」


 プルゥートは、雄一がトウテツから手を出されないよう、大切に抱き抱えながら、静かに立ち上がる。


「お父様。まさか、私を庇って重傷を負った子に、手出しなさる、おつもりですか?」


「なっ。お前、吃音症が」

「それに、何故裏声を使っている。気色の悪い……」


 わなわなと震えるトウテツを前に、毅然とした態度で、女性言葉を放つプルゥート。


「もし、そのおつもりなら、例え竜王であろうと、私、承知致しませんわ」


「おい、やめろプルゥート。キサマ、その話し方はなんだ。まるで、女ではないか」


「そうです。お父様、私は女の子なのです」


「ふ、ふざけているのか、プルゥート。一体、なんの冗談だ。お前は男だろ」


「いいえ。私は物心がついた頃から、自分の体に違和感を覚えていました」


「体に違和感? プルゥート。まさか、お前は……」


「はい。男性の体を持ちつつ、心は女性。私は、LGBT。つまり、性同一性障害だったんです」


 プルゥートは、カミングアウトをする。父、トウテツの目を真っすぐに見据えて。


 竜王の跡目であるプルゥートは、幼少期、厳しく躾られた。プルゥートは、その周囲の期待に応えようと、自身の個性を押し殺し、奮闘努力してきた。

 しかし、男性としての立ち振る舞いは、女性である心への、大きな負担でしかなかった。そんな心の歪が、吃音症と言う形で現れ、更にプルゥートを苦しめた。


 そして、症状を極めつけに悪化させたのは、バラダーだった。

 プルゥートは、バラダーとの契約後、恋に落ちた。

 溢れる乙女心が、男性であろうとする理性と激しくぶつかり合い、吃音症は、ひたすら悪化したのであった。

 ここでも罪な男。バラダー・フルリオ。


「LGBT? 嘘だろ?」

「うっ、なんだ、そのきらきらの目は。今までの、厳つい目つきは、どこへ消えた」


「雄一様は、この私を、ご自身の体を張って守って下さいました」

「雄一様は、この私を、プルゥートちゃん、と、呼んでくださいました」

「私は、生まれて初めて、男性に女性扱いされ、閉ざしていた心の門に手を掛けました」


「雄一がお前を、解放した?」


「はい、そうです。彼は、私の全てを理解し、押し殺していた本当の私を、認めてくださったのです」

「聞いてください。今の、私の声を」

「まるで、口に羽が生えたように言葉が出ます」


「雄一が……理解し、認めただと?」


「お父様。彼は、最初から、ドラゴンとの契約など、求めてはいなかったのです」

「彼にとって、契約の定款など、理解する必要は、なかったのです」

「彼は全て、私のために、行動をとって下さったのです。どうか雄一様を、赦してあげて下さい」


「バカな。雄一は、息子を救うために、天空城を訪れたと言うのか……」


 プルゥートの、カミングアウトと嘆願に、トウテツは顎を上げ、嘆息を漏らす。


『なんと愚かな……』

『本来、父親である、この我が、子の、一番の理解者でなくてはならないことだ』

『その父親が、何も理解せず、そればかりか、傷つけ、追い込み、尊厳を踏みにじっていたとは』

『ふっ、なるほど。雄一が怒るわけだ』

『いや、彼は、怒ってなどいない。叱ってくれたのだ。本気で、我と向き合い、叱りつけたのだ。……力の差など、関係なく』

『……ふっ。あやつ、まだ、間に合うと言っていたな』

『この私すら、救う気だったか。雄一』


 突然トウテツはプルゥートの前で土下座をする。さすが竜王。土下座と言っても気品に満ち溢れ、カッコいい。


「お、お父様。何をっ?」


「我は、父親失格だ。」

「お前の、幼少期を振り返れば、思い当たる節が幾つもある。それなのに、気づいてやれなかった。認めてやれなかった。今日まで、辛い思いをさせた」

「すまなかった、プルゥート」


「おやめください、お父様。あなたは、天空の覇者、竜王なのですよ? 頭を、頭をお上げください」


「まだ、間に合うだろうか。プルゥート」


「もちろんです、お父様」


 プルゥートに手を差し伸べられるトウテツは、下げていた頭を上げる。

 プルゥートに向けたトウテツの目は、まさしく愛娘に向ける、慈愛に満ちた眼差し。


「ありがとう、プルゥート。今からお前は、この竜王の一人娘だ」


「お父様……」


 涙ぐむ、娘の手を取り立ち上がる父親。新たな親娘おやこ関係の始まりだった。


「くはは、お父様、か。娘に、そう言われると、少し照れるな」

「おしりがこう、ムズムズする」


「まぁ、お父様ったら」


「娘よ。これからは、女の子として、できなかったことを存分にするがよい」

「協力は惜しまぬ」


「ありがとうございます。私、幸せです」


 愛情に満ち溢れた親娘おやこの会話。すれ違っていた心が、一つになった実感を、二人は感じていた。


「くはは、それもこれも、みんな、四年生が神谷雄一、の、お陰だな」


「そ、そうですわ。お父様、早く、雄一様の手当てを致しましょう」


 目に浮かぶ宝石を指に乗せながら、瀕死状態の雄一を気遣うプルゥート。

 しかし、トウテツは、笑顔でそれを否定する。


「くはは。娘よ、何を言っている? それと、これとは話が別だ。」


「え? お父様こそ、何をおっしゃっているのですか?」


「雄一に感謝し、お前を娘と認めることと、ムウ様の指示に従い、雄一を喰らうことは、話が別だと言うておるのだ」


 トウテツの目が、再び狩猟モードへと変わった。


「さあ、可愛い、愛娘よ。お父さんの獲物を、こちらへ、よこしなさい」


「おっ、お父様!!?」


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