#125 親娘
プルゥートは、血まみれの雄一をうつむいたまま抱き締めている。
「漸く姿を現したか、神谷雄一」
「クハハハ、なるほど、気が付かなかったはずだ。こっそり、愚息の庇護を受けていたと言う訳か」
トウテツは、歪んだ笑みを零しながら、雄一の血に染まる爪を、満足げに眺めている。
そして、その手を、プルゥートに抱かれる雄一へと伸ばした。
「さて、まともに言葉すら操れぬ、愚息プルゥート。父の獲物を渡してもらおう。生きている間に、喰わねばならぬ」
バシッ。
プルゥートは、その長い羽で、トウテツの手を払い除けた。
ご機嫌なトウテツの顔が、一瞬で冷める。
「ん? 偉大な父に向って、どう言うつもりだ? プルゥート」
『こっそり隠れるような卑怯者が、私の身代わりに、なったりなんかしないわ。』
「ああ? 小さな声で、何をぶつぶつ言っておる。男なら、ハッキリ、堂々と、話せ!」
プルゥートは、雄一がトウテツから手を出されないよう、大切に抱き抱えながら、静かに立ち上がる。
「お父様。まさか、私を庇って重傷を負った子に、手出しなさる、おつもりですか?」
「なっ。お前、吃音症が」
「それに、何故裏声を使っている。気色の悪い……」
わなわなと震えるトウテツを前に、毅然とした態度で、女性言葉を放つプルゥート。
「もし、そのおつもりなら、例え竜王であろうと、私、承知致しませんわ」
「おい、やめろプルゥート。キサマ、その話し方はなんだ。まるで、女ではないか」
「そうです。お父様、私は女の子なのです」
「ふ、ふざけているのか、プルゥート。一体、なんの冗談だ。お前は男だろ」
「いいえ。私は物心がついた頃から、自分の体に違和感を覚えていました」
「体に違和感? プルゥート。まさか、お前は……」
「はい。男性の体を持ちつつ、心は女性。私は、LGBT。つまり、性同一性障害だったんです」
プルゥートは、カミングアウトをする。父、トウテツの目を真っすぐに見据えて。
竜王の跡目であるプルゥートは、幼少期、厳しく躾られた。プルゥートは、その周囲の期待に応えようと、自身の個性を押し殺し、奮闘努力してきた。
しかし、男性としての立ち振る舞いは、女性である心への、大きな負担でしかなかった。そんな心の歪が、吃音症と言う形で現れ、更にプルゥートを苦しめた。
そして、症状を極めつけに悪化させたのは、バラダーだった。
プルゥートは、バラダーとの契約後、恋に落ちた。
溢れる乙女心が、男性であろうとする理性と激しくぶつかり合い、吃音症は、ひたすら悪化したのであった。
ここでも罪な男。バラダー・フルリオ。
「LGBT? 嘘だろ?」
「うっ、なんだ、そのきらきらの目は。今までの、厳つい目つきは、どこへ消えた」
「雄一様は、この私を、ご自身の体を張って守って下さいました」
「雄一様は、この私を、プルゥートちゃん、と、呼んでくださいました」
「私は、生まれて初めて、男性に女性扱いされ、閉ざしていた心の門に手を掛けました」
「雄一がお前を、解放した?」
「はい、そうです。彼は、私の全てを理解し、押し殺していた本当の私を、認めてくださったのです」
「聞いてください。今の、私の声を」
「まるで、口に羽が生えたように言葉が出ます」
「雄一が……理解し、認めただと?」
「お父様。彼は、最初から、ドラゴンとの契約など、求めてはいなかったのです」
「彼にとって、契約の定款など、理解する必要は、なかったのです」
「彼は全て、私のために、行動をとって下さったのです。どうか雄一様を、赦してあげて下さい」
「バカな。雄一は、息子を救うために、天空城を訪れたと言うのか……」
プルゥートの、カミングアウトと嘆願に、トウテツは顎を上げ、嘆息を漏らす。
『なんと愚かな……』
『本来、父親である、この我が、子の、一番の理解者でなくてはならないことだ』
『その父親が、何も理解せず、そればかりか、傷つけ、追い込み、尊厳を踏みにじっていたとは』
『ふっ、なるほど。雄一が怒るわけだ』
『いや、彼は、怒ってなどいない。叱ってくれたのだ。本気で、我と向き合い、叱りつけたのだ。……力の差など、関係なく』
『……ふっ。あやつ、まだ、間に合うと言っていたな』
『この私すら、救う気だったか。雄一』
突然トウテツはプルゥートの前で土下座をする。さすが竜王。土下座と言っても気品に満ち溢れ、カッコいい。
「お、お父様。何をっ?」
「我は、父親失格だ。」
「お前の、幼少期を振り返れば、思い当たる節が幾つもある。それなのに、気づいてやれなかった。認めてやれなかった。今日まで、辛い思いをさせた」
「すまなかった、プルゥート」
「おやめください、お父様。あなたは、天空の覇者、竜王なのですよ? 頭を、頭をお上げください」
「まだ、間に合うだろうか。プルゥート」
「もちろんです、お父様」
プルゥートに手を差し伸べられるトウテツは、下げていた頭を上げる。
プルゥートに向けたトウテツの目は、まさしく愛娘に向ける、慈愛に満ちた眼差し。
「ありがとう、プルゥート。今からお前は、この竜王の一人娘だ」
「お父様……」
涙ぐむ、娘の手を取り立ち上がる父親。新たな親娘関係の始まりだった。
「くはは、お父様、か。娘に、そう言われると、少し照れるな」
「おしりがこう、ムズムズする」
「まぁ、お父様ったら」
「娘よ。これからは、女の子として、できなかったことを存分にするがよい」
「協力は惜しまぬ」
「ありがとうございます。私、幸せです」
愛情に満ち溢れた親娘の会話。すれ違っていた心が、一つになった実感を、二人は感じていた。
「くはは、それもこれも、みんな、四年生が神谷雄一、の、お陰だな」
「そ、そうですわ。お父様、早く、雄一様の手当てを致しましょう」
目に浮かぶ宝石を指に乗せながら、瀕死状態の雄一を気遣うプルゥート。
しかし、トウテツは、笑顔でそれを否定する。
「くはは。娘よ、何を言っている? それと、これとは話が別だ。」
「え? お父様こそ、何をおっしゃっているのですか?」
「雄一に感謝し、お前を娘と認めることと、ムウ様の指示に従い、雄一を喰らうことは、話が別だと言うておるのだ」
トウテツの目が、再び狩猟モードへと変わった。
「さあ、可愛い、愛娘よ。お父さんの獲物を、こちらへ、よこしなさい」
「おっ、お父様!!?」