#124 本当の自分
「くはは、まさか、こんな能力も持っていたとは。侮れ難し四年生……」
完全に姿を消し去った雄一を、捉えられずにいたトウテツは、焦りの色を一切見せない。
「ふっ、大した魔法だが、所詮は幻術の類。目に見えないだけで、ココにいることに、変わりはない」
すると、トウテツは、ふんふんと、鼻を効かせ始めた。
「くはは。残念だったな雄一。我の嗅覚は人の百万倍。我の鼻と舌が、キサマの血肉の匂いを覚えている」
トウテツは、犬にも優る嗅覚を頼りに、雄一の血の匂いを探り当てる。
「そこだ! 雄一ぃ!!」
雄一の血の匂いを嗅ぎつけたトウテツが、何も見えない場所へ飛び掛かり、両爪を振り下ろした。
ザクリ!
爪の先には、雄一の血。しかし、そこに雄一の姿はなかった。
「こ、これは!!」
トウテツの爪先の地面には、「はずれ」と、血文字が記されていた。
「は、はずれ……?」
「まさか、罠を張ったか! 四年生!」
「こっちだよ。四聖獣トウテツ」
「うぎょぎょっ!」
今度は、真後ろから聞こえる雄一の声。
「うがああっ!」
咄嗟のトウテツは、雄一の声を振り払うかのように、右腕を振るう。しかし、やはり雄一の姿はない。
「匂いも、声も、幻か!」
「ばかな、我が、この竜王が、陽動、翻弄されている……だと?」
トウテツは、両手に、渦巻く風を纏った。
「なりふりに、構っていられぬようだな」
「くらえっ、竜刃波!」
放たれた竜刃波は、強烈な風の刃。それがトウテツを中心に、波紋を広げるように広がった。城の本殿は真っ二つ斬られ、ズズズと音を立ててずれる。
「なにしてるの? だめだよ。お城を壊しちゃ」
トウテツの頭上に響く雄一の声。
「そこかっ、いや、これも幻聴!」
「竜刃波! 竜刃波! 竜刃波ー!」
スパッ! スパッ! スパパ!
八方、立て続け放たれた竜刃波により、切り刻まれた城の本殿は、とうとう音を立てて崩れ出した。
「これでどうだ、竜刃乱舞!」
崩れ落ちる城を、トウテツは、さらに粉々に打ち砕いた。
一粒が巨大すぎる、水晶の雨あられが地面を叩き始めた。
「ちちちち父上……いいいいいくらなんでももももも、むむむ無茶苦茶です」
プルゥートは、気絶するキャンドルを庇い、大きな羽を使って防御行動に徹していた。
トウテツは、体を穿つ瓦礫など無視して、ひたすら雄一の気配を追っている。
「雄一ぃ。水晶の瓦礫を避けきれまい」
「この瓦礫の雨が、キサマの位置を、捉えるのだぁ」
「灯台下暗し」
「どりゃあ!」
バゴオッ!
トウテツの股下から聞こえた雄一の声に、トウテツは真下の地面を叩き割る。しかし、手応えは無い。
「くそ! 一体どうなってやがる。タクフィーラに、こんな能力は無かったはず」
「ぼくの師匠は、タクフィーラじいちゃん。だけじゃないから」
「ハッ!?」
雄一の、吐息まで感じる声が、トウテツの右耳へと入ってくる。
バシン!
トウテツは、耳にたかる蚊を潰すように、右側頭部に掌底を浴びせる。しかし、自分の頬意外に手応えは無い。右耳にキーンと言う音が響いた。
「そんなことよりも。ほら、オヤコで向き合いなよ」
「今度は、こっちか!」
すると今度は、左耳に雄一の声が入る。トウテツは同じように左側頭部を叩く。両耳がキーンとなる。
両耳を塞ぐ格好になったトウテツ。憮然とした表情からは、苛立ちが隠しきれていない。
すると、今度は脳裏に響く雄一の声。
「まだ、間に合うから。ねっ、おと~さん?」
「うがーっ。さっきから、一体何をしているのか、何を言っているのかサッパリ分らん!」
「キサマは一体、何なんだ。答えろ! 神か、悪魔かーっ!」
トウテツの癇癪が爆発する。
振るう両腕で、崩れた城の柱などを、殴り壊している。
気がふれたとしか思えない。
「ちちちち父上様! どどどどどうか、おおお、お気を、たたた確かににににににに」
「こっこの、愚息が……」
「我の前で、そのような言い方をするなと、何度、言えば分るのだ!」
雄一を捉えられないもどかしさと、苛立ち。その矛先の全てを、息子のプルゥートに向けるトウテツ。
目を、殆ど直角にまで吊り上げ、のしのしと、プルゥートに向け、距離を詰め始めた。
「何度も、何度も、何度も、聞き分けの無い……」
「どうやら、また、キツイ折檻をして、その口を、矯正してやる必要があるな」
「わわわわ、我は、どどどどうしても、ききき吃音症が、ななな治らないいいのです」
「プルゥート! この、やいとは、父の愛と知れぇ!」
トウテツは、槍の様に尖らせた爪を振り上げて、プルゥートの顔面目掛けて振り下ろす。
ギュウン!
その時、突如姿を現した雄一が、プルゥートの眼前で両手を広げる。
「ダメ!」
ドス!
トウテツの爪が、雄一の腹を貫いた。
「うっ」
「ここここ小僧!?」
「ぐははっ、なんだ、こんなところに、いたのか。雄一君」
ぽす。
ずるりと、力なく地面に落ちる雄一を、抱き留めるプルゥート。
「こここ、小僧! なななな何故……。」
「ほら、本当の自分を、ちゃんと、お父さんに、伝えて……」
「ほほほほ本当の、じじじ自分?」
「そう。本当の自分」
「ずうっと、我慢して、閉じ込めてる、本当の自分。だよ?」
「さあ、解放してあげて? プルゥートちゃん」
「プププ、プルゥート、ちゃん?」
「はっ! まっまさか! 私は!」
「あはは~、そう。そうだよ、プルゥートちゃん」
「良かった、ね」
「お父さん、にも、伝わる、と、いい、ね」
雄一は、プルゥートの腕の中で、優しく微笑み、気を失った。