#123 四聖獣と四年生
天空城に来てから、契約の定款に始まり、竜一族の昔話に至るまで、一貫してその内容を理解しなかった雄一。
その彼が、突然「分かった」と口にして、竜王トウテツの顔面を殴りつけた。
怒りに震え、顎をごきごきと鳴らすトウテツを前に、雄一もまた、その目に怒りの焔を灯していた。
「きさまぁ……。我を何と心得る。我は四聖獣が一角、青龍トウテツなるぞ」
「四聖獣? それがどうした! ぼくだって、四年生だー!」
「ぐはは、そいつは恐れ入った。聞いたこともない戯れた冠だ。」
「おい、四年生。我に手を出して、ただで済むと思うなよ。その小さき四肢を削り取り、粉々にして、ばら撒いてくれる。」
「うるさい! お前は父親失格だー!」
ドオン!
雄一と、トウテツの拳が、激しくぶつかり合う。
ドゴオ―ン!
雄一は、およそ初めて出した怒りの感情を、そのまま手足に載せて、怒涛の攻撃を繰り出す。
その威力は苛烈を極め、雄一の拳をその身に受けるたび、トウテツの竜麟が、風に吹かれて舞う桜の花弁のように散る。
『つ、強いな……。ぐはは。四人中、序列何位かは知らぬが、さすが自らを四年生と豪語するだけのことはある』
『それに、この武術。何処かで味わったことがあるような』
『まだ、つい最近、どこかで……』
ベキイ! バゴーン!
雄一の回し蹴りがトウテツの脇腹を捉える。吹き飛ばされたトウテツの体は王城の一柱をへし折った。
「こここわっぱあ、いい一体どう言う、つつつもりだぁ! わわわ我の、ちちちち父上ををを」
プルゥートが叫び声をあげる中、水晶でできた柱は、まるで氷砂糖の様に砕け、トウテツの全身を埋め尽した。
膝を折った足だけが、瓦礫から覗いていた。
『アラーフ・タクフィーラ……。そうだ、思い出したぞ。こいつの身のこなし、我が、人間で唯一敵わなかった男。アラーフ・タクフィーラの動きにそっくりだ』
柱に押しつぶされていたはずのトウテツは、亡霊のように、すーっと起き上がる。
「四年生が雄一。アラーフ・タクフィーラの名を知っているか」
「タクフィーラじいちゃんなら、ぼくの師匠だ」
雄一はそう言うと、かつてタクフィーラがとった構えを見せた。
「こ、この構え。やはり鬼神拳か」
トウテツは驚きの表情を笑みに変える。
『……。こいつは、タクフィーラの正統伝承者に間違いない』
『くは、くははは。喰い損ねた男の弟子が今、我の目の前にいる』
『もう、十分だ。もう、我慢できない。喰いたい、今すぐにお前を喰いたいぞ、神谷雄一』
トウテツの口から、ぼたぼたとよだれが滴り落ちる。
『なるほど、そう言うことでしたかムウ様。あなた様の、お言葉通りの気持ちとなりました。それでは、あなたの望まれます通りに致しましょう……』
「武装、竜化……」
トウテツがそう呟くや否や、その身がベキベキと唸り出し、竜化が始まった。
全身を覆う鱗は盛り上がり、逆立って伸びた髪の毛も相まって、まるで青い連獅子のようだ。
「クハハハハ。時は、満ちていた」
武装竜化を終えたトウテツが両手を広げると、太陽の光が一身に降り注ぐ。
「ムウ様の、お導きに従い、我は、伝説の黄金竜と進化し、この世界の、救世主となろう」
エメラルドカットされた形状の鱗、その一枚一枚が、贅沢に降り注ぐ光を乱反射させる。
トウテツの姿は、まるでライトグリーンに輝く太陽のように、強い光を纏う。
「君に敬意を払おう。四年生、神谷雄一」
「我は、厄災を打ち払う鍵、万能細胞、脳筋を得るために、この場で、君を、喰う」
ピカッ!
「うわっ、まぶしっ」
辺り一面が、眩い光に包まれた。とても、目など開けていられない。
「死ね! 四年生!」
ガツン。
瞼を閉じたまま、雄一は、トウテツの拳撃を、寸でのところ、防ぎきる。
「四年生のぼくに、目つぶしは効かないよ。四聖獣」
「ほう、コレを防ぐか。四年生とは、余程の称号らしいな」
「上級生だもん」
ここから両者の激しい攻防が始まった。大幅に強化されたトウテツに対し雄一は、雷電を全身に纏い、これまでに得たスキルを総動員して対抗する。
心眼でトウテツの動きを掴み、超高速で動き、攻撃を躱す。その姿は、金色に輝く、まさに雷神……の子。
「黄金の気を纏うとは面白い。どうやら、まだ本気を出していなかったようだな」
「ぼくは、いつだって本気だ」
「そうか。だが、それで本気ならば我には勝てぬぞ」
放たれていた眩い光が、トウテツの体へ吸い込まれる。
「竜神拳!!」
ズバッ!
トウテツの右爪が雄一の左わき腹の肉を抉り取った。
雄一は、トウテツの動きに、まるで反応できていなかった。
「うああっ!」
「ちと、本気を出せばこんなもの。くはは、どれ、味見をしてやろう」
トウテツはそう言って、赤く染まった爪をしゃぶり、喉を鳴らす。
「おお。こいつあ上等なカルビだ。咀嚼の必要など、まるでない。自然と血肉が口の中に広がり、喉を通せば、全身に染み渡るようだ」
雄一は、右手で左わき腹を抑えながら、トウテツを睨む。
「ん? なんだ、その目は。くはは、悔しいか、悔しいのか雄一。偉そうな口を叩いていたが、我との力の差を思い知ったか」
「この、井の中の蛙が。我を大海の竜と知れ!」
「……この、竜頭蛇尾のクソおやじめ」
「愚かな。その言葉は、今の、キサマに使う言葉だ」
「力の差なんて関係ない」
「お前は、本当に大切な物が何かを知らない。本当に知らなきゃならないことを知らない」
「頭でっかちの、バカおやじだって、言いたいんだ」
雄一の言葉に、トウテツの口角が、歪んで引き上がった。
「グハハハハ! 不毛な御託はもうよい。この顎で、殺さずに、かみ砕いて、喰い尽くしてやる」
トウテツの両爪が、雄一に襲い掛かる。
すると瞬く間に、雄一の全身に、鮮血の轍が刻まれていった。雄一は精一杯、攻撃を防ぐが、防ぎきれない。躱そうとするが、躱しきれない。
軽傷とは言えない傷が、秒を追うごとに増えていく。
防戦一方。雄一の両腕は、もはや、皮は剥がれ、肉が剥きだしている。
力の差を見極めたトウテツは、更に攻勢を強めていく。
「クハハ、雄一君。我は未だ、君が憎いわけではない」
「むしろ、感謝しているのだよ」
「……?」
「分らぬだろうが、君は、伝説の黄金竜のキーパーソンなのだよ」
「ぼくが、キーパーソン? パーは、お前だ。」
「この世界で、君は、単なる生贄に過ぎない。ムウ様が選んだ真の救世主とは、我のことだったのだよ」
「……たしかに、ぼくは、偽りの、救世主だと、思うよ。たしかに、ぼくは、生贄、かもしれない」
「でも、そんなこと、どうだっていい!」
真っ赤に染まる両腕で、戦い続ける雄一を前に、トウテツは、頭を、ワニのような大顎に変えた。
「竜化した我を前に、よく耐えた。だが、ムウ様の予言において、君の役目は終わったのだ」
「目を覚ませ! 竜王、トウテツ!」
雄一の叫びなど無視し、トウテツは、小さな雄一を呑み込むには、十分すぎる程の大顎を、全開に開いた。
「死ね! そして我の中で、永遠に生きよ! 四年生、神谷雄一!!」
「シュール・レア・ステルス……」
「なっ!?」
ガチン!
トウテツの大顎が、空を噛み砕く。
雄一は、その姿を、完全に消し去った。