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脳筋だもん  作者: 妖狐♂
122/169

#121 遺産相続

「あっ! やっと見つけた。このバカ雄一! 一体なにやってたの!」


「あははー。ごめんなさい。お便所さがしてたの」


「トイレなら、普通に聞きゃあ教えるわよっ、たくもう、ほらコッチよ!」


 メガロス王城内、ティアは、迷子になっていた雄一の手を引いてある一室へと入った。

 バラダーの遺産相続の手続きをする為だ。


「こちらが、殉職された偉大な将軍、バラダー・フルリオ様の資産を、現金化した数字でございます」


 ブロンドの長い髪をアップでまとめ、軽いメイキャップをした、美人の税務局事務次官、リング・ベンサルが、バラダーの総資産額を示す。


「なっ! 175億メタラ? 冗談でしょ、あの髭オヤジ。貰いすぎでしょ」


 バラダーの、莫大な遺産額を聞いて、目を丸くしているティアに、リングは首を振る。


「いいえ枢機卿、少し違います。将軍は、生涯独身でおられ、ご自宅も持たず、その身と心を王国に捧げられていたのです」

「一兵卒を含む、質素な軍寮で寝泊りし、食事も、入浴も、そこで皆と共にとり、余暇は訓練に充られておられました」

「まるで、四六時中職務を、まっとうされているかのようでした」

「これは、国を護り続けた彼の、人生そのものを数字で表したもの。将軍の生涯賃金が、そのまま遺産総額となるのです」


「は、はい。失言でした、ごめんなさい」


「いいえ。バラダー様への誤解を抱かれることだけは避けたい。そう思っただけです……」

「枢機卿に対し、失礼を承知の上で申し上げました」


『うっ、なんなんだ、この人は。ひょっとして、バラダーのことが好きだったって訳じゃ、ないよね?』


 リングの目尻に、涙が浮かぶ。それは、故人を偲び、遠い目で感傷に浸っている目だ。そんな彼女の姿を見ているとティアの胸が痛くなる。


 そう。軍人であるバラダーに関わる人物において99.99%は男性。残る女性枠0.001%の内の一人が、リング・ベンサルだった。


 リングは、かつて、汚職事件に巻き込まれたのを、バラダーに助けられた経験がある。

 巨万の富を築きつつ、富に全く興味を持たないバラダーに、彼女は強く魅了された。


 そんな彼女は、バラダーの資産を管理する態を取り、バラダーの身の回りのお世話をし、アプローチを繰り返した。

 だがしかし、超奥手の鈍感バラダーに、その想いが届くことは、最後まで、なかった。好意を気付いてもらえさえ、しなかった。アーメン。


『うわ~、あの目。完全に旦那を無くした未亡人と同じだよ』

『バラダーの女っ気のなさを熟知していた分、自分を女房のような存在だと、勘違いしていたのね』

『実は殉職は嘘で、今は巨大すぎる豪邸に住み、超絶美人の妖精さんと、イチャコラしてます。とは口が裂けても言えないわ』


「あははー。バラダーさんなら、イエラキさんの娘の、フローラさんと結婚……」


『って早速、即死級の真実をばら撒こうとするなっ! この脳菌!』


 ぶちっ!


「いてっ」


 雄一の足の小指を目掛けてティアの踵が落ちる。

 幸いなことに、感傷に浸り過ぎて、雄一の言葉など、何一つ入ってこなかった様子のリング。

 随分と思い込みが激しい女のようだ。


「でも、175億メタラもの大金が手に入ったんだ。さすがの雄一でもクレープぐらいじゃ使いきれないでしょ」


「えっと、175億割る700だから……。うん、大丈夫そうだね」


「って、おいっ、何が大丈夫なんだ? 本気で全部クレープ代にする気じゃないよね?」


 指折り計算する雄一の姿は、冗談で言っているようには、見えなかった。


 その後、現金の相続を終えた雄一は、ドラゴンを飼育している巨大な施設へと案内された。

 いや、飼育と言うのは少し語弊がある。契約しているドラゴンたちの部屋は、非情に広く豪華な部屋が宛がわれ、まるで客人のような扱いだ。


 その中でもメガロス王国将軍バラダーの契約竜。ブルードラゴンの部屋は最奥にあり、一際大きく絢爛な部屋だった。


「プルゥート様。将軍バラダー様が、契約の後継に選ばれた、神谷雄一様を、お連れしました」


 リングは、ドアの前で頭を下げたまま、声を張り上げる。


「……」


「プルゥート様。雄一様を、お連れしました」


「……」


 返事がない。しかし、部屋の中からは、隠しきれない異様な気配が滲み出ている。


「おかしいですわね。部屋へ雄一様をお連れすることは、伝えてありましたのに」


「でも、この気配。絶対中にいるわよね。居留守してるのかしら」


「あははー。もう、始まってるのかなぁ。それとも、嫌われちゃったのかなぁ」


「始まる?」


 ドカン。


「ああっ。雄一様、なんてことを!!」


 雄一は両手を突き出し、ドアを押し破る。


「きっと、その両方だね」


 しかし、部屋の中にブルードラゴンはいなかった。代わりに、巨大な青いドラゴンのタマゴが、部屋の真ん中に置かれていた。


「めっ瞑想中っ! これは失礼しましたプルゥート様。雄一様、暫く時間を空けてから、再度参りましょう。」


 どうやらタマゴではなかった。ブルードラゴンが大きな翼で身をくるみ、タマゴ状になって瞑想をしていたのだった。

 それでも雄一は、お構いなしに歩いていく。


 そんな雄一に、慌ててリングが手を伸ばした時、ティアがリングの肩を叩いて首を振った。


「枢機卿、何を?」


「やめときなさい、リング長官。あんまり深く、雄一のやることに関わると、感染うつるわよ? アホが」


「へ?」


 ティアとリングが、部屋の入口で見守る中、雄一は、タマゴ状のプルゥートに、そっと手を当てた。すると、羽の一部が広がり、タマゴがひび割れたかのような隙間が生まれた。


 開いた隙間の先から、二つの赤い閃光が雄一を照らす。

 雄一が闇の隙間に、足を踏み入れると、タマゴが雄一を呑み込むかのようにして、その羽をぴっちり閉じた。


「ぼくは、神谷雄一です。もう、テストは始まってるの?」


「ふっふっふっ。ばばばば、バラダーから、ききき聞いているのか。ししし試練のことを」


 ブルードラゴン、プルゥートが造り出した闇の中。ふーっふーっと荒い鼻息が、雄一の前髪を揺らしている。


「わわわ、我は、ぶ、ぶぶぶ、ブルードラゴンののの、ぷぷ、プルゥート。わわ、我が、こっ、怖くないかっっかっか、こここ小僧」


 吃音症を見せるプルゥートの吐息は熱く、軽く百度を超える。しかし、雄一は、平然とした表情で笑って見せる。


「へーきだよ」


「こ、こここっ小僧。ばばば、バラダー様は、ごっご、ごっご、ご無事か」


「うん。今は、フローラ・ワルドってお嫁さんと、幸せに暮らしているよ」


「……」


 闇の中、プルゥートの肩が、がっくりと落ちる。


「なんだか辛そうだけど、大丈夫?」


「ななな、生意気言うな。っこ、ここっこんな小さき小童に、ばばばっバラダー様に、すすっす捨てられた我が身を、ななな慰められたくも、なななないわ!」


「いや、そっちじゃなくて、話し方の方」


 吃音症に触れられたプルゥートの目が尖る。


「ききききっ! きっさまあー!!」


「あれ? あれあれ、なんで? なんで怒ってるの?」


「きききっ吃音症を、ききき気にしているるる、わわわ我の、げげげ逆鱗に、ふふふ触れたのだ。こっこここっここで死んで、わわわっ詫びろ!!」


「吃音症? ああ、そうじゃなくて……」


「いいいい言い訳、むむむ無用!!」


 プルゥートの吊り上がった赤い目が、呪われたルビーのように濁って光る。


 グワオオオ!


 放たれた、鉄をも蒸発させるプルゥートのファイアブレスは摂氏六千度を超える。それが密閉されたタマゴ内で雄一に向けられたのだ。

 雄一はその灼熱の炎に一瞬で巻かれ、コンマで衣服が消滅した。


 しかし、それだけだった。


「どっ、どどど、どういうことだ。わっぱ、ななな何故、消え去らぬ!」


「あのね?」


「うっ?」


「えっとね。この前、本で、読んだんだけど、熱は物質じゃないんだって。ねぇ」


「こっこっこわっぱ、いいい一体何を、いいい言って……?」


 強烈な熱線の中、雄一は両手で何かを握っている。


「じゃあ、今、ぼくの手の中にあるコレ。コレは、なんなんだろう。ねえ?」


 握っていた両手をプルゥートに差し出して広げる。


「!!?」


 雄一の掌には、中央が金色に輝く光の玉が、ゆらゆらと浮かんでいた。

 その球が放つ、太陽が如き光は、すっぽんぽんの雄一と、驚愕するプルゥートの顔を、眩く映し出した。


「ししし、信じられんんんん。こここ……。こここいつは、せせせ精霊、イフリート?」


 ファイアブレスを忘れ、光に魅せられるプルゥート。そんなプルゥートに優しいまなざしを向ける雄一。


 光の玉は、しばし光り輝いて、キンと言う音を立て砕け散った。


「あ、消えちゃった」


「……。」

「わわ我の、ねね熱線から、せせせ精霊を、よよ呼びだした……」


 プルゥートは額に浮かぶ汗を感じながら、しばし瞑目する。


「よよよかろう。いいい古の作法に従いいいい、おおお前を、てててっ天空城へ、あああ案内しよう」


「はーい」


 バヒュン!


 プルゥートは、雄一を包み込んだまま、屋根を突き破り、青い光の矢のように天へと昇って行った。


 リングの叫び声が木霊する。

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