表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
脳筋だもん  作者: 妖狐♂
121/169

#120 暗殺計画

 湿り気を帯びた風に流されるように夕日が沈んでゆく。

 アルヒネロミロスにある、天を貫くほど巨大な城の一室。

 ゼクスは玉座に、まるで眠っているように深く座り、グラスに入った赤ワインを転がしていた。

 そこに側近のディーが現れ、ゼクスの前へ膝まづく。

 窓から差し込む夕日は、壁を伝うゼクスの影を、怪しげに、天井まで伸ばしていく。


「お呼びでしょうか、大魔王ゼクス様」


 ゼクスはグラスを空けると、深いため息を一つ付き、人差し指をクイクイ折り曲げた。

 空のグラスは、直ぐに片付けられ、新しいグラスに注がれたワインが用意された。


「ディー。メガロスの位階授与式に行ったのはお前だ。改めて、脳筋のステータスを述べよ」


「はっ。極め脳筋こと神谷雄一は、全てのステータス値が1以下のゴミでした。赤子にも及ばぬ、世界最弱生物です」


「ふん。竜人を、くしゃみで退けたと聞いておるが」


「はっ。確かにあれは、風系の究極魔法を目の当たりにした気分でございました」

「しかし、魔力0で、暴風魔法を操れるわけもありません」

「それで、ご報告には……」


「メガロスが仕掛けた演出。やらせ、と、したわけだな」

「その演出の仕掛け、裏は取れているのか?」


「いや、まあ、その……。そうっ、試練とされた森の平定にも失敗したもようですし」

「そもそも、脳筋を召喚した際の儀式が失敗したとのことで、他国も、ニセ救世主と判断しております」


「それで、脳筋、神谷雄一は、塵に等しい存在だと、結論付けられる。と、言う訳か?」


「うっ、はっ、はい……」


「随分と信頼のおける情報だな。ディー」


 ゼクスが、静かにワイングラスをテーブルに置く。


「ゴクリ……」


 ディーは喉がどんどん乾く感覚に襲われる。


「ディーよ。もし、脳筋が、我らの想像を超えた能力の持ち主だったら、とは、考えぬか」


「はっ。演出とは言え、脳筋は、竜人が殴れば、すぐに血にまみれました」

「あのような貧弱な者が、よもや大きな能力を、隠し持っているとは思えません。それに勇者メフレックス様のアベレージは、十五憶を超えます。これはもはや、神の領域です」


 ゼクスは片目をギロリと開けた。調子に乗ったと思うディーは、その目に睨まれ、慌てて頭を下げる。


『ふむ。今は、他国と足並みをそろえる必要がある』

『できれば、無駄な動きは避けたい。評価を誤り、墓穴を掘るなんてことは、よくある話』

『脳筋は、転移者ゆえ近親者もおらぬ。と、あっては人質のとりようもない。虫けら脳筋は捨て置くか』


ゼクスは一瞬笑みを浮かべた。しかし、すぐに厳しい目つきへ変わった。


『いや、まて。暗殺対象がゴミクズならば、むしろ好都合ではないか?』

『救世主候補の首、としてアバドン様に渡せばどうだ。前回の失態を取り戻せるかもしれない』

『キッキッキッ。これはむしろ、決して捨て置けぬ、好機だな』


 ゼクスの口角と目が、いやらしく吊り上がる。


「愚か者。歯向ってくる以上、相手が誰であろうと、最善の手を打たねばならぬ」


「ははっ」


 ディーは、肩を上げて縮こまる。


「暗殺しておくのがよかろう」


「ははっ、さすがはゼクス様。その徹底的で容赦なき無慈悲さに、このディー、胸が踊りまする。その暗殺、是非私めに」


 邪悪な笑みを保ったまま、ゼクスは再びグラスを一息に空にする。


「ふっ。この仕事、お前以上の適任者はいない。そうだろ? 無形変体能力を持つ、ディー」


「何と有り難きお言葉! 恐悦至極にございます」


「念のため、偽造した身分証を用意しろ」

「準備が整い次第、脳筋暗殺に向け行動せよ。ディー!」


「ははっ! ゼクス様の期待に応え、脳筋の、髪の毛一本たりとも、この世には残さぬ所存でございます!」


 ゼクスの命を受けたディーは、その場で起立すると、マントで全身を包む。

 次の瞬間、ディーの肉体は百を数えるコウモリと化し、日の堕ちた闇夜へ消えた。


『キッキッキッ。さて、脳筋は消すとして、後は、ガラクスィアス・ブリッジの勇者モンブラン卿と、プロタゴニスの勇者アイミをどうするかだ……』


 ゼクスは、不気味な笑い声を響かせながら、グラスワインを愉しんだ。


 夜更け。


「急報! 急報でございます。ゼクス様!」


「なんだ。キメラ、騒々しい」


 鷹のような鳥頭に、水牛の角を生やした翼人キメラが、背中に生える両翼を大袈裟に折り畳むと、ゼクスの前に膝まづく。


「メガロスに忍ばせている工作員からの報告によりますと、脳筋神谷雄一の正体は、伝説のオーガであると判明しました」


「なんだとぉっ!!」


「そのステータス値は推定、三億~八億。雷系魔法を操り、心眼能力なる特殊魔法を身に着けたようです」

「報告では、実戦にて五千の屈強な兵が一度に飛び掛かっても、指一本触れることすら、できない無双ぶりを披露」

「更に、魔法攻撃、物理攻撃、その一切を受け付けない、鋼の肉体を持つ模様です」


 注がれたグラスが床で爆ぜる。


「その他、脳筋を護りし左卿と、枢機卿も大幅にパワーアップを果たした模様です。以上――」


「くっ! キメラ、その他の情報も、詳しく話せ!!」


「はっ。魔導士、枢機卿は、巨城を灰塵にするほどの攻撃魔法に、死者を蘇らせるほどの回復魔法を習得済みの模様です」

「更に瞬間移動魔法は圧巻で、一度に数万の兵を、好きな場所へと出現させては消せるとのことです。続きまして――」


「も、もうよい……いや、やはり話せ!」


「はっ。脳筋の番犬は、魔法こそ苦手のようですが、それを補うに余りある体術を持つようです。その強さ、やはり億超えの怪物モンスターのようです」

「そして、実態のある分身体を数十体操り、破壊の限りを尽くすとのこと」

「その分身体の強さが、本体の強さと変わらない為、瞬間的には数十億の戦力であると予想されます」


「あ、圧倒的ではないか」


「更に――」


「まだあるのか! キメラ!」


「はっ」


「うううっ、よい、話せ」


「はっ。新型魔導戦闘兵器を配備し、脳筋を、二十四時間体制で、護衛する環境が整った模様です。以上――」


 キメラの情報は間違ってはいない。むしろ直近と言える情報が、ゼクスに伝えられた。

 かなり誇張されてはいるが。


 ゼクスの顔色は、とっくに消え失せている。


『バカな。これでは、最悪、アバドン様から預かった地獄蜘蛛を、脳筋に使わねばならんぞ』

『しかし、地獄蜘蛛の攻撃対象は一人に限る。億を超える護衛に囲まれて、果たして上手くいくのかどうか……』


 アレコレ考えを巡らせるゼクス。呼吸すら止まっているように微動だにしない。

 固まったまま時間が流れ、ついに夜が明けた。


「いかがいたしましょう。ゼクス様」


「……とりま~、ディーがどうなるか、見てみる?」


「ご賢明な判断かと」


 何も知らないコウモリ男、ディーが、メガロスへと侵入する。雄一暗殺の為に。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ