#119 土下座
チェダックは、各種サービス料として、イエラキに不当請求をする。
ティアは努めて表情を殺し、静かな調子で口を動かし始めた。
「チェダック博士。あなた、まさか、私だけじゃなく、紹介状を書いたアース王と、この国にまで泥を塗るつもりじゃありませんよね」
ティアから、赤いオーラが立ち昇る。凄まじいプレッシャーだ。
しかし、チェダックもまた、一歩も引く気配がない。
「ん? なんだ、なんだ、枢機卿。まさか、この俺に、武力をちらつかせて脅迫する気か?」
「いいだろう。だが俺は、いかなる不当な圧力にも、暴力にも、断じて屈しない男だ」
「殺すなら、殺すがいい!」
「なっ、なんですって?」
実に見事な正当化だ。これでは、ティアが悪者だ。
「改めて要求する。正当なサービス料金として、今回と同等の金属を、再度支払ってもらうことを!」
「ばかな! そんな条件飲めるわけがないでしょ。厚かましいの限度を超え過ぎてるわよ」
「なに、なに、なあに? ティア。このハゲモグラが、粗悪品の押し売りをしようっての? 私たちに? 雄一様に? 死にたいの? このハゲ!」
シゲルのことで、まだ気の収まっていなかったムーンが、指パキしながら、チェダックに忍び寄る。
ガバッ!
ムーンの爪が届く前に、チェダックは、その場で土下座した。
「うっ、ま、まあ、謝るなら、さっきの無礼は見逃すわ」
ムーンが、剝き出した牙と爪を引っ込める中、チェダックは、腹の底から滲み出るような声を出した。
「報酬が嫌なら、投資でもいい。とにかくあの素材を、耳を揃えて持ってこい!」
「がおっ、土下座で命令って……」
「一発、殴らせろ」
「落ち着け、ムーン殿。それに、ティア殿も」
再び爪を上げるムーンをイエラキが窘め、チェダックに静かに声を掛ける。
「済まんな、チェダック。その要求には応えてやれん」
「全ては女王ケッツァコアトル様のご意思に従うことなのだ」
「女王?」
チェダックは、床に着けた頭を少し上げる。
より太く喉を通らせ、声量を上げるために。
「お前らの女王様も、この投資に必ず、賛成するはずだ! だから、増量して持ってこい!」
「お前の技術力は、大したものだ。そこは、潔く認めよう。しかし、新型の魔導兵器は契約に含まれていない。よって不要だ」
「だが、最初の契約は、既に果たされている。MKSは力づくでも連れ帰る。以上だ」
「黙れ!」
「なんだと?」
「返品するならキャンセル料を請求する。キャンセル料は、今回の報酬の三倍だ」
「三倍? どんな計算だ」
「それすらも断るなら、この工房を爆破し、貴様ら全員を、あの世へ送ってやる」
「土下座しながら脅迫行為……前代未聞だな」
お話にならない。ティアが呆れかえった目を、チェダックに向け、テレポの魔法陣を展開しようとした。
「さ、バカはほっといて、帰るわよ」
「ん? 雄一? なにしてんの、あんた」
「チェダックちゃん。見えちゃったんだね」
その時、雄一が土下座するチェダックの手を取る。
「みえちゃった? クソガキが、今は、ままごとの時間じゃねえぞ」
「あはは~、そうだね。でも、感じたんでしょ? MKSが、おもちゃだってことに」
「ぐっ」
チェダックの額に、汗が浮かぶ。
「くっ、クソガキ。お前、MKSの、何を知っている」
「MKSは、ムウさんが、ケッツァコアトルちゃんにあげた、おもちゃだって言ってた」
「チェダックちゃんも、分かっちゃったんだね? MKSが、本当に、おもちゃだってこと」
「うっ!?」
約二千年前、ムウは、MKSを三日で作り、おもちゃと称してケッツァコアトルに譲渡した。
その話を、皆が思い出していたが、MKSの性能の高さを考えると、とても、おもちゃとは思えなかった。
しかし、雄一とチェダックは、MKSが、おもちゃであると、はっきり確信している。
「雄一王婿。MKSが、おもちゃであると言うのは、つまり? うっ、雄一王婿、何を!?」
雄一はイエラキの質問にも答えず、チェダックの隣に正座する。
「クソガキ、どう言うつもりだ。まさか、俺の考えた、神をも超える、天才的で、悪魔的なアイデアを……その内容と全貌を、知っているって訳じゃないだろうな」
「あはは~、知らないよ、そんなこと。」
「それよりチェダックちゃん。お願いする時は、そんな姿勢じゃダメだよ」
「はい、ぼくの真似をしてみて」
「なっ!? この姿勢は、服従の……」
雄一は、三つ指を立てて、イエラキに向かって、頭を下げる。
「何をなされます、雄一王婿。頭をお上げください」
この姿に、イエラキが大いに慌てる。しかし、雄一は頭を下げない。「不束者ですが……」と、ずれたセリフまで続けている。
『本当に大切なことは、自分の心を、相手に渡すこと。だよ』
「うっ! クソガキ!? きさま俺の頭に、直接、話ができるのか」
雄一が「末永く」のくだりを述べている時、チェダックの脳裏に雄一の言葉が刻まれる。
「ちくしょう、まんまと騙された。魔法も使えん、ただの呆けた子どものフリをしていただけか」
「不安定物質を安定化させ、人心を読み解く大魔導士め」
「……いいだろう。俺は、このアイデアが、形になれば、それでいい」
「心でも、魂でも、持っていきやがれ」
チェダックはそう叫ぶと、雄一に習って、三つ指を立て、頭を下げた。
「あはは~、チェダックちゃんは、大袈裟だね……。でも、できるモノは、もっと大袈裟なんでしょ……」
「それは、きっと、一人じゃ無理だから。だから、誰かが、助けないとね」
「それが、お前だって言いてえのか。恩着せがましい野郎だぜ」
チェダックは、イエラキに顔を合わせる。
「いいか、イエラキ。俺が、いくら神の手を持っていても、いくら大天才でも」
「俺が、どれほど博識でも、どれほど卓越した技術者でも」
「うがっ! なんと傲慢な……」
「それでも、素材だけは作れねえっ。どれだけ努力しても、素材だけは生み出せねえんだ」
「……チェダック。」
「だが、素材さえあれば、俺は神、ムウを超えて見せる。ムウを超越し、神の肉体を創造してみせる。」
「だから……。だから、頼む! 俺に、この俺様に、ありったけの金属素材をよこせ! この通りだ!」
「……。」
雄一とチェダックがイエラキに頭を下げる隣へ、ムーンがちょんと座り、三つ指を立てる。
「雄一様が、あんたを支えるなら、私も支える」
「なかなか、胸に響くものもあったし」
「私も、ね。不束者ですが、うふふ」
「ぐはっ。ムーン殿、ララ殿まで。これでは、我もそちらに座って三つ指を立てねばなるまい」
「千厘眼を持つケッツァコアトル様のことだ。どうせ、この様子もご覧になられているだろう」
とうとう、イエラキまで並んで座り、三つ指を立てた。
皆が、心と首を揃えて三つ指を立て、頭を下げる。微笑ましくも、異様な光景だ。
「ばかばかしい。私、先に帰るわね」
ティアは、そんな皆をほっといて、テレポで姿を消した。
この妙な祈りは、雄一が飽きるまで続いた。
その後、イエラキは、全ての目的を終え、その日の内に、MKSと、移住希望者を引き連れて、イダニコ国へと帰っていった。
そして、更にその数日後、チェダックの工房には、イエラキを筆頭に数人のトロルとMKSが現れた。
総重量、十tを超える大量のレアメタルを届けるために。
そして、MKSがチェダックの正式な助手となった。