#11 髭男VS忍者
髭男と忍者の戦いは、凄惨さを徐々に深めている。髭男は、未だ忍者に一撃を加えることができず、苛立ちを強めていた。
息も上がり始め、猛犬三頭に全身を傷つけられ血だるま状態だ。床一面が大量の血で汚れている。
対する忍者は軽やかに動き回り、相も変わらず髭男を挑発している。
「ああ、弱すぎる。何て愚鈍な男だ。行動が単純すぎる。そろそろ引導を渡してやるか。」
髭男を見下しつつ、左右の腰から曲剣を引き抜いた。刃渡り60㎝程の曲刀が妖しく光を放つ。
髭男は、鼻息を荒げ忍者を睨みつける。
「それはこっちの台詞だバカ野郎ぉ。駄犬共々血祭りにあげてやる」
「ふっ、それは冗談で言っているんだろうな。既に血まみれの達磨野郎」
次の瞬間、髭男が床に手を着き、目をギラリと光らせる。
「その血がミソよ。沼地獄!!」
髭男がそう言うと同時に、地面から巨大な魔法陣が浮かび上がる。
血だるまになりながらも、ポイントポイントに魔力を込めた血で描いた、髭男の魔法陣が発動したのだ。
「なにい!」
ズブブ……。
忍者と犬たちの足元が、突如緩み沈む。忍者の表情が、初めて焦りの色を見せる。
その刹那、髭男の大斧が正円を描く。
ブウン!
忍者は、両手の曲刀でそれを辛うじて躱すが、三頭の犬は一振りで大斧の錆と化した。これまでの鬱憤を晴らすが如くの破壊力。
形勢は一気に逆転した。
「てめえは、鼻っからわしを侮蔑し、焚き付けてきた。わしを愚者と決めつけ、己を賢者と奢った。」
「どうせ、猛牛を御する、闘牛士であるかの如く思っていたのだろう?だが、その油断と奢りこそが、わしの付け入る隙。」
体をくねらせ、脱出を試みる忍者に更に雄弁に語る髭男
「無駄だ無駄だ。どれだけこの魔法に、時間を掛けたと思っているんだ?四重に張った血の魔法陣だぞ。」
「そこの、とんでもジジイですら、掛かればタダでは済むまい。」
「さて、コイツは後の奴に使う予定だったが、わしも、てめえを強者と認め、全力で葬るとしよう。」
髭男が両手を天に向けて掲げると、頭上にラグビーボウル程の岩石が無数に現れた。一つ一つが鋭く尖り、矢じりのような形状で、その先端は全て忍者に向けられている。
「てめえの負けだ、くそ忍者! 流星群!」
ドギャギャギャギャ!
無数の礫が忍者に向け放たれた。見る間に忍者のいた場所は、砕けた礫の砂埃に包まれる。
そして後には、礫の山が築かれた。
無骨な印象の髭男には似合わない、渾身の究極魔法だった。
止めを刺したとばかりに、ニヤリと笑みを零す髭男の首に、一線の赤い筋が現れた。
「ぬっ?」
その刹那、赤い線から「ぶしゅう」と血が溢れ出した。
「がっ! かはっ!?」
「ふん、何が起きたか分からぬ様子だな。」
「!!?」
髭男の背後には、曲刀を持って立つ素顔を晒した忍者の姿。
髭男は振り返ろうとするが、糸を切られた人形のように巨体が崩れ落ちた。
「貴様の言う通り、油断して随分してやられちまったぜ。まさか、貴様如きに俺の切り札を失うことになるとはよぉ。」
そう言う忍者に包帯がシュルシュルと巻き付いていく。
いつの間にか髭男の足に巻き付いていた包帯が、主である忍者の元へと戻っていく。
「物質干渉魔法か……。」
「ほう。首を斬られて、まだ喋ることができるとは。苦しければ介錯くらいしてやるぞ。」
メテオシャワーが襲い掛かってくる直前に忍者は包帯の一部を髭男の足に括り付けた。
沼の様になった地面は、忍者の足に喰らいついていた。だから足の部分に身代わりを立てる必要があった。全身に巻いた包帯を足の下へ潜り込ませ自身の身代わりに使ったのだ。
忍者は、間一髪、無事に脱出したわけである。そして、髭男の巨体を利用し脱出したことで、背後を取り、首を掻っ切ったのである。
「ふっ、介錯など要らぬ。我も、敗者に、介錯など、与えて……やらなんだ。」
「ふん。死に際だけは潔いな。」
髭男の目から、ともしびが消える。すると、間もなく、髭男の周りに魔法陣が現れる。眩い光が髭男を包み、光が消えると共に髭男も消えた。