#118 交渉
「めちゃ、かわ、ぱんだ。MKP、起動せよ!」
スライム充填直後、チェダックが叫ぶように声を上げる。
MKPの目が妖しく光り、全身から蒸気をプシューッと噴き出した。
その直後。
ドシャ!
「なにぃっ」
MKPが横に倒れる。早速トラブル発生だ。
MKP搭乗員のシゲルを心配するララが、救いの手を伸ばそうとする。
「大変! 中のシゲルちゃんを救出しなきゃ」
「いや、待て美少女。どうも、様子がおかしい」
ゴロリ、ゴロ、ゴロ。
MKPは床に対し、丁度いい塩梅に体を預けると、左腕を折りたたみ、頭を支える。
「何をくつろごうとしてんだ。この、ぐうたらパンダ!」
ぼこっ!
ティアにケツを蹴飛ばされ、けなるそうに起き上がるMKP。
「ジョウダンダ・ジョウダン」
「ティア・スグニオコス・ヒステリーハ・キミノ・タンショダゼ」
「うげ、喋った。しかも、男みたい」
「オウ・オレハ・オトコダ」
「オレハ・ミンナゴゾンジ・シゲルサン・ダ」
「シゲルって、じゃあ、スライムがMKPを操ってるってこと?」
「オオヨソハ・ソウダナ」
「ソレニシテモ・スバラシイボディダ・スサマジイ・パワーヲ・ウチカラ・カンジル」
「オレモ・MKSト・ホボ・ドウトウノ・セントウリョクヲ・モツヨウダゼ」
スライムシゲルもとい、MKPシゲルは、軽やかに動いて見せる。
「MKSと同等だと? チェダックは、こんな強力な兵器を、僅か一日で作ることができるってのか」
イエラキがこめかみに汗を滲ませ呟いている。
MKPは、滑るような動きを披露した後、ムーンの肩にクルリと腕を回し、馴れ馴れしく話しかけた。
「ヤア・ムーン・コレカラモ・モフモフ・ナカヨク・シヨウゼ」
「グルル、気やすく触るな」
「ン?」
喉を低く鳴らすムーンは、首に回されたMKPの手首を掴み上げる。
「接し方が、なんか、いやらしい感じがすると思っていたが、そう言うことか、シゲル……」
グリン!
「ワワッ!」
MKPの両腕を後ろ手にして、締め上げるムーン。
「ウガガガガ・ナニヲスル・ムーン」
「オマエハ・モウ・オレヲ・イジメナイト・イッタジャナイカ」
「ガルルルッ。もともと、お前の姿を見ていると、何故だかイライラしていた。イジメなきゃならない衝動に襲われていた」
「そんな私が、お前に優しくできたのは、お前が、尊い女神ちゃんだと思えばこそのこと」
「でも、てめえの中身は、おっさんじゃねえか。よくも、この私に、セクハラ行為を繰り返してくれたわね」
MKPの両腕の付け根がギシギシと音を立てる。
「イヤイヤ・オレモ・メガミ・ダゼ」
「黙れ! 断じてお前を、女神ちゃんとは認めん」
「ガガガ・タシカニ・ナカミハ・オッサン・ダケド・ホントニ・メガミ・シュッシン・ダカラ……」
「ヤメロ・ムーン」
「自分を、おっさんと認めた時点で、アウトだ」
ムーンは、両腕を掴んだまま、MKPの背中を足蹴にし、腹ばいに押し倒す。
そして、自身の両足をMKPの両足に絡めた。
そのままの姿勢で、ムーンは仰向けに寝転び、MKPの全ての肢体を、引き絞る。
ロメロスペシャルだ。
「イデデデ・コワレル・サッソク・コワレルゥ」
「ほう、痛いか。無変質の物体モンスターのくせに、大した機能をもらったじゃないか。シゲル」
「丁度いい機会だ。プロレスごっこで、痛覚試験をしてやるよ」
「センセー・ムーンガ・イジメテ・キマース」
ムーンがMKPの両手両足を、更に締め上げる。そんな中、ティアたちは、過去の世界。ラグナロクにて、欠損した部位まで元に戻す、最強の回復魔法を操った女勇者を思い出していた。
「そう言えばいたわね。ハゲ以外の治療なら、なんでもできちゃう、下品な女が」
「シゲルちゃんは、彼女のパートナーだったのね」
「私も、シゲルは生理的に受け付けない感覚はあったけど。こう言うことだったのか」
「きっと、ムーンちゃんは、本能的に見抜いていたのね。シゲルちゃんの中身がおっさんだったことに」
「……。シゲルと名を付けた、雄一もね」
しばし、ムーンによるシゲルへの、一方的な暴力が続いた。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
「キョウハ・コノクライデ・カンベン・シテヤラア」
「ガルル、それは、コッチのセリフだ。ぺっ!」
ムーンの執拗なプロレス技を受け続けた結果、MKPは、あちらこちらをへコマされ、MKSよりも粗悪な中古品に成り下がった。
前のめりに倒れたまま、ムーンの唾を頭で受ける。
『こわっ。クールビューティなお姉ちゃんかと思ったら。狂暴モンスターだったか。これはこれで、交渉がしづらいな』
『ちっ、クソガキと言い、狂暴姉ちゃんと言い、変人集団め』
チェダックは、自分のことを棚に上げて、前歯を剝き出し、下唇を噛んでいる。
イエラキは、くたばるMKPに手を貸しながらムーンを宥める。
「まあ、ムーン、なんだな。誤解や、わだかまりも、あるみたいだが、良かったじゃねえか」
「これまで、何の役にも立なかった仲間が、喋って、戦えるようになった訳だから」
その言葉に、チェダックのサングラスが、鏡の様にビカッと発光した。
「よし! 交渉成立だな」
「ん?」
突然のチェダックの言葉に、その場の誰もが首をかしげる。
「交渉成立とは何の話ですか? チェダック博士」
「MKSの修理。新型魔導兵器パトリオット。そして、魔導戦闘兵器MKPも、気に入ってもらえたようで、なによりだ」
「んんん?」
「この報酬は、昨日渡された、レアメタルだけでは足りん。全然足りん」
「博士? ご自分が、何を口にしているのか、お分かりですか?」
「俺はお前らに、ライセンス料、アップグレード料、メンテナンス料、と言った、高度なサービス料。その他、各種保険料の支払いを求める」
「高度な、サービス料?」
「口で説明しても、素人のお前らには理解できない「安心、安全にご利用いただく」必須サービスだ」
「よって、これは、俺が一方的に行える、至極当然の請求権であり、お前らは、支払いの義務を負うものだ」
明らかに不当請求をしようとするチェダックに、ティアが顔を歪める。