#117 納品
インレットブノ大神殿へ、ラークが向かった翌日の早朝。
チェダックの弟子を名乗る、小汚い格好をした、小柄な青年メロフが、ティアとイエラキを訪ねてきた。
「早朝より、申し訳ございません。博士が少しご相談したいことがあると申しておりますので、工房までご足労願えませんでしょうか。」
確かに今日が、MKSの修理完了の納期。しかし、これでは実質二日程度しか経っていないことになる。
イエラキは、欠伸をしながら応対する。
「なんだ、トラブルか。ったく、無理して二日でできる何て、最初から言わなきゃいいんだ。」
「いえ。MKSの修理は完了しております。ご相談と言うのは、報酬についてでして……。」
「なんだと!? できた?」
「あ、それから。バゴクリス様もお連れするよう、言い付かっております。」
弟子のメロフ。よく見ると、全身が煤だらけだ。目の下には隈を作って顔色が悪い。
どうやら、不眠不休で過酷な作業にあたっていたのだろう。足元は不確かで、今にも倒れそうだ。
これ以上歩けば命に関わる。そう判断したティアは、準備時間中に、熱いスープをメロフに与える。
メロフはそれを、涙を流して啜っていた。
「テレポ。」
そして、早朝から集まったティア、イエラキ、バゴクリス。ついでに、雄一、ララ、ムーンと、それに抱かれるシゲルが、チェダックの工房前へと瞬間移動した。
メロフが皆をチェダックの元へと案内する。すると、そこには、何やら複雑な部品を組み立てるチェダックの姿があった。
「やっぱり、まだ整備中じゃねえか。どうせ起動と同時に、いかれたんだろ。MKSも気の毒に……。」
ところが、皆の目に、忙しく動き回るMKSの姿が映る。
黙々と進むチェダックの作業を、MKSは嬉々としてサポートしていた。
「MKS。お前、直ったのか。」
「イエラキカ・ミテノトオリ・キノウ100%ノ・ジョウタイダ。」
「コノ・センセイハ・カミノテヲ・オモチデ・アラレル。」
信じ難いことだが、MKSは完全に調子を取り戻しているようだった。
しかし、MKSの博士への懐き方が尋常ではない。まるで恋人か妻のようにチェダックに寄り添い、かいがいしくお世話をしているのだ。
チェダックに都合よく改造されたのではないか……と、疑うほどに。
「チェダック博士。クライアントをお連れしました。」
「……。」
「チェダック博士。クライアントをお連れしました。」
「……。」
チェダックは、憑りつかれたように、作業に没頭している。メロフがオウムの様に繰り返し呼び続けるが、まるで反応しない。
「ねえララちゃん。あの小汚いモグラ男、何度かコッチ見てるわよね。」
「あ、ムーンちゃんも気が付いた? 私も、三回ほど目が合ってる気がするよ。」
「アレって、無我の境地で、見ていても、見えてないものなんだよね。」
「あー、獲物以外は景色に見えるってやつね。」
「うふふ。対象が違うだけで、きっと、そんな感じなんだろうね。」
ガシャーン!
突如、製作途中の部品を、地面に叩きつけるチェダック。
精密部品が床へ散らばるのを、MKSが黙って片付ける。
「キャン! 今度は何だろう。壺を焼く芸術家が、作品の出来が気に入らないって割る。アレかなぁ。」
「きっと、そうね。アレね。見るからに、こだわり強そうだもんね。」
「うるせー!! アレって何だー! おいっメロフ! 誰が、こんな美少女たちを連れてこいと言った! 気が散るだろーが!!」
違った。チェダックは、ララとムーンを見てドギマギしていただけだった。
「ちっ、交渉の邪魔にならなきゃいいが……。ほらよ、バゴクリス。」
「えっ!?」
ガチャリ。
突然バゴクリスにライフル銃が渡された。
「チェダック博士、これは、一体……。」
「そこにいるガキが作った固体魔導エネルギー。俺はそれから魔導電池を発明した。」
「それは、魔導電池を利用して作った、新型魔導兵器、パトリオットだ。」
「新型魔導兵器、パトリオット?」
「そうだ。濃縮されたエネルギー弾。魔導砲を放つことができる。試し撃ちしたら、予想以上の破壊力に、しょんべんちびったぜ。」
確かに。チェダックの股付近に茶ばんだシミが確認できる。女子からの視線が急速に冷えていく。
「確かな腕を持つお前に相応しい武器だ。持っていけ。」
「私に、これを?」
「ああ、これで国を護ってやってくれ。」
本人は、渋くキメたつもりなのか、周囲にドヤ顔を見せつけ、猛烈にアピールする。しかし、ちびった時点でアウトだった。誰もが視線を逸らす。
『ふっ。俺の才能に畏怖しているな。よし、この調子だ。』
チェダックは、次に、布を被せたモノを、MKSとメロフの三人で持ってきた。
「さて、俺は今回、神に挑戦した。」
「MKSの解析を数時間で終わらせ、あっと言う間に修理を終わらせた。」
「三日などまるで必要ではなかった。この勝負、俺の勝ちだ。圧勝だ。」
「しかし、俺はただ、神が作ったものを修理したに過ぎない。ハッキリ言って、神からテクノロジーを教えられただけだ。」
「俺は試合に勝って、勝負に負けた。」
「負けた? バカ言うな。神はこれを三日で作った? ならば、俺はそれを超えて行く。それを、形にした物が、コレだ!!」
バサッ!
「こっ! これは!?」
勢いよく捲り上げられた布から現れたのは、MKSにそっくりのロボット。
「まさか、この狂人、インスパイアとは言え、MKSの兄弟機をたった一日程で完成させたってのか……。」
イエラキは頭を抱えてしゃがみ込む。予想を超えるチェダックの能力を認めざるを得ない。
「ふん、こいつは、魔導戦闘兵器、M・K・P、だっ!!」
「MKPって、どういう意味よ。」
「ミリタリー・キラー・ポリス、もといっ! めっちゃ・かわいい・ぱんだ。の略だ。」
MKSがクマ型ロボットに対し、MKPはパンダ型のロボットだった。MKSに比べてふくよかな頬が、光を柔らかく反射する。
皆の目は、もれなくテンだ。
「はぁ。まさか、ネーミングセンスまで同じだったとは。ムウとあんた、他人同士じゃないよね。」
「でも、さっきから動けないみたいだし、未完成みたいね。」
ティアの未完成と言う言葉に、チェダックが舌打ちを打つ。
「だまれ、ティア。完成はしてる。魔導電池も内蔵済だ。ただ、スライムを捕まえている時間まで無かっただけだ。」
悔しそうに頬を引きつらせるチェダックに、雄一が声を掛ける。
「あはは~。スライムならここにいるよ~。ほら、シゲルさん。ごあいさつ。」
「なにぃ!? ホントだっ、ならば、早速ココへ入れろ! クソガキ!」
「チェダックちゃん。ダメだよ、あせっちゃ。」
「ああん!」
「ちゃんと、シゲルさんの気持ちを確かめてから。ねっ。」
「どうかな? シゲルさん。……えっ? ほんと? うん、うん。そうなんだ……。」
「くああっ。相変わらずイライラさせるクソガキめ。ああ~っ殺したい!」
両手、両指を、わなわなと動かすチェダックをよそに、雄一はシゲルとコンタクトを続けた。
「シゲルさん、MKPに乗ってもいいよって。よかったね、チェダックちゃん。」
「わーい、ホント? 魔法使いの雄一おにーちゃん。あたいカンゲキ!」
「おらあっ、ままごとに満足したら、さっさとよこせ、こんのクソガキがぁっ。」
チェダックは、MKP起動に必要な最後のパーツ「スライム」を、乱暴に掴み上げ、MKPの背中の割れ目に充填する。
「スライム充填完了。後は、自動で起動するはずだ。さあ、目覚めろMKP!」
数秒後、MKPの目が、妖しく輝いた。