#116 暗鬼
……十分後、初体験を済ませ、未だめそめそ泣いているムーンの血液検査の結果が出た。
「ふむ、喜べ。と言ってよいかどうか分らんが、ムーン殿も陽性じゃぞ。」
「ほ、ホント!? どっ、どれ!?」
「ほれ。ララ殿と全く同様の重度感染。DNAとRNAによる壁糸構造じゃ。」
「やったー! 私も雄一様の加護GETだー。アオ~ン!」
ムーンは涙を飛ばし、ラークの部屋を所狭しと飛び跳ねて、喜びを表現している。
一頻り暴れ回った後、満面の笑みを浮かべるムーンは、ティアに絡みだす。
「ほら、ティアも! 今度はあんたも診てもらいなさいよ!」
「……はぁ。やれやれだわ。」
ムーンからぐりぐりと肘を二の腕に当てられ、ティアはあからさま不機嫌そうに顔を歪める。
「いいえ。私は結構よ。」
「えーっ? なんでー? きっと、ティアも重度感染者だよー? やってもらおうよー。」
「あー、それとも、自信ないの? わんわん?」
「殴るわよ。っと、それよりも、雄一。ちょっとあんたのカードを見せてみなさい。」
「いいよ。はい。」
ティアはムーンに対し、手で、しっしをしながら、雄一のステータスカードを受け取る。
「要するに雄一は、二つのDNA遺伝子を持つってことでしょ。ラークじい。」
「まあ、そうじゃの。」
「だったら、尚更。今、確かめなきゃ。」
ティアはそう言うと静かに深呼吸をして雄一のステータスカードを見る。
「うっ!」
神谷雄一(10) ブラックカード
天職:脳菌様 LV70
体力:1
力:1
俊敏:1
魔力:0
魔法耐性:0
「見て。また天職名が変わってる。」
「わぉん、「菌」だって。雄一様の、ウイルス感染の話に、合わせて変えてきたのかな。」
「ムウめ、敵認定しても、おちゃらけやがって。あくまでも雄一で遊ぶつもりか……。」
「あはは~。ぼく、きのこ?」
皆に共通の頭痛が走る。そんな中、ティアが発破をかける。
「まだよ。意識を保って、みんな。」
「どうしたの、ティアちゃん?」
「いい? 私たちは、いつもいつも、この表面だけを見て驚愕し、終わっていた。」
「でも、今回、私が見たいのは、このカードの裏面。」
「裏面? つまり、雄一君も、裏面に何か別のステータスが刻まれてるってこと?」
「狂った神、ムウのやることだ。何もかも信用できないけど、二つのDNAを持つ雄一なら、或いは鬼の正体が……。」
雄一のステータスカードを覗き込む皆。その顔を、ティアは上目遣いで確認した後、再度、深呼吸を着いた。そして、ゆっくりカードをひっくり返した。
「げげっ!」
「こっ! これは!」
「わ! さすが!!」
「しゅ、しゅてん……。」
守天雄一
天職:守天一族
体力:3憶3千万
力:4憶5千万
俊敏:3憶8千万
魔力:0
魔法耐性:0
「やはり、やってやがったか。狂神ムウ!」
「わお~ん。凄い桁外れの力。雄一様の強大なパワーの源は、コレだったのね。ステキだわんわん。」
「この数値。ゲノム・イン・ゴッドが霞むわね。」
「でも、やっぱり魔法の才能はないのね、雄一君。」
「そこは、やっぱり、だね。」
皆が目を丸くする中、ラークが顔を天へ向ける。
「守天……。ああ、なんてことじゃ。わしはこの名を知っておる。こやつこそが雄一王婿に棲む「鬼」じゃ。」
「ラークじい。本当に間違いないのね? コイツで。」
「間違いない。わしと対峙した鬼は、邪悪な気配を放ち、守天雄一と名乗った。」
「ふおおっ、奴を思い出し、恐怖で全身の毛が逆立ちよるわい。」
「ティア殿、これは、このまま放おっておく訳にはいかぬぞ。」
ラークは、雄一の遺伝子モデルを、再度詳しく検証し直し始める。
「わしは、どこかで鬼の力を、雄一王婿の、秘めた力の一つではないかと楽観視しておった。」
「じゃが、それは根本から見誤っていたようじゃ。」
「あの四重諸糸構造の遺伝子の一方が、守天雄一だとすれば、僅かな差で傾く天秤のようなもの。」
「いずれ細胞の支配権を、鬼に奪われる可能性がある。」
「神谷雄一が守天雄一に乗っ取られる?」
「わしは、途轍もなく嫌な予感がする。これは、これまでの歩んできた人生経験からくる予感じゃ。」
ラークのその予感は、まるで、近いうち、必ず訪れる予言と思わせた。
皆が息を呑む中、ラークは両手で机を叩く。
「くそう! 何もかも分らん! 脳筋ウイルスがわしらに与える影響も、鬼の正体と、その影響も!」
「到底、味方とは思えん、あの鬼の正体が、皆目掴めん。」
頭の混乱を整理しようと、しばし厳しい表情のままのラークが、キーボードを叩くように打ち続ける。
カタカタと言う音だけが部屋を包む中、忙しく動くラークの手に、ティアがそっと手を重ねる。
「ラークじい、いえ、ラークさん。あなたの分析力と知識の深さは大したものです。」
「蟲毒の儀が行われたインレットブノ大神殿。そちらへ行けば、雄一の「血のルーツ」が分かるかもしれません。ラークさんさえよかったら、大神殿へ行かれませんか。」
「血のルーツ? そうじゃ、ティア殿。まずは雄一王婿の道程を探りたい。」
「じゃが、異邦人のわしが御国の神殿に足を踏み入れてもよいかの?」
ティアは、ラークの目を見据えて頷く。そして、丁寧な言葉で続ける。
「当然です。ラークさん。むしろ、私では手も足も出ない、こちらからお願いしたい案件です。アース王には、私の方から文書を出しておきましょう。」
「そうか。うむ、かたじけない。」
「雄一は、聖道の最奥。ムウの予言書が発見された場所に転移してきました。儀式が崩壊した後、神殿はきっと、儀式前の状態に戻っているでしょう。後で聖道を示す地図をお渡しします。」
「分かった。わしは、その場所を目指そう。」
「それから、私は、蟲毒の儀を終えた雄一に、「魔法ウイルス」を掛けました。ムウの指示だったから、脳筋ウイルスとの関係を無視できないと思います。」
「ほう。「魔法ウイルス」とな……。心に刻んでおこう。」
「神殿内は弱小モンスターの巣窟ですので、危険はないと思いますが、油断や無理はしないで下さい。」
「うむ。分ったティア殿。差し当たり数日の予定で、雄一王婿の足跡を辿ってみようと思う。イダニコ移住希望者、MKSに関する後のことはイエラキを頼ってくれ。」
「ラークさん。いろいろと、ありがとうございます。」
「ふおふお。なあんにもじゃよ。雄一王婿はわしの孫も同然じゃからのお。」
かくしてイダニコ最強の武人、知将ラーク・コリダロスは、三日分の食料とジェラルミンケースを片手に、インレットブノ大神殿へと足を踏み入れた。
しかし、ラークは、三日どころか一カ月経っても、二カ月経っても、戻ってくることはなかった――。