#113 紙一重
ままごとを堪能した雄一を放っておいて、ティアは、漸くアース王からの紹介状をチェダックに渡し、本題のMKSの修理を依頼した。
「なんだと、これは着ぐるみではなかったのか。なに? これは2000年も前に、ムウ様がたった3日で作った魔導兵器とな? さすが神だな。」
MKSが自律型の戦闘マシーンであることを聞いて、チェダックは、目の色を変えてMKSの外観を調べ回る。
「我らは貨幣を持たぬ。故に、材料兼報酬として、ここに数種の金属を持ってきた。これでMKSを直してやってほしい。」
差し出された葛篭の中を見て驚愕するチェダック。
「アダマンタイトにオリハルコン……。うっ! これは幻の金属ヒヒイロカネではないか!」
「主曰く、MKSの修理には、この金属が必要なのだそうだ。余った分は全てくれてやる。」
「どうだ? MKSの修理引き受けてくれるか?」
イエラキの申し出に、チェダックは真ん丸レンズのサングラスを外す。素顔の目は、やはり、ヤバイ。
不敵な笑みを続けるチェダックは、額に浮かんだ汗を、油のしみ込んだハンカチで拭った。
「ふっふっふっ。お前らはこの金属の価値を知っているのか?」
「知らん。しかし、この国の、とあるバカは1兆メタラで買い取りたいと言っていた。」
「ふん! そりゃ最低評価額だ。欲望丸出しだな、そのバカは。」
チェダックの、イエラキに向けたニタニタ笑いと、そのギラギラしている目は、欲望からくるものではなかった。
それは、情熱と言う名の、燃え盛る炎からくるものだとすぐに分かる。誰もが、いやいやながら、そこは認める。
「これらは、確かに金銭的価値が極めて高い。だが、モノづくりをする者にとってはそれ以上に、「素材」として価値の高い金属なのだ。」
「イイダロウ。ナラバ・ハカセ・ワレノ・カラダヲ・ミテミロ。」
ぷっしゅー。
と、四つん這いになったMKSの節々から蒸気が噴き出ると、空蝉のようにぱっくり背中が割れ、それぞれのパーツ内部が剥き出しとなった。
その内部を見て皆が唖然とする。
チェダックだけが少し悔しそうに舌打ちをする。
「こっ、これは、スライム?」
そう。MKSの体内は、複雑な機械装置の隙間を埋めるように、スライムが満たされていた。
「なっ、なんでスライムが、こんなところに入ってるのよ。」
「我に聞くなティア殿。えー……。ラーク様から見て、どのように思われますか?」
「ふーむ、そうじゃのう。強硬度なアダマンタイトに包まれたボディとは言え、激しい戦闘で受けた振動までは防ぎきれぬ。その振動をスライムの性質を利用して吸収させている……とかのお。」
ラークの予想に、チェダックが顎を引いて唸る。
「ほう、素人にしちゃ、なかなか鋭いじいさんだな。確かに振動から、精密機械を守るために利用されているのだろう。しかし、スライムの持つ性質を考えればそれだけではなさそうだ……。」
「不変質の流動体って以外にも、スライム特有の性質があるのか?」
知将ラークに、ケチを付けられた感を受けたイエラキが、左目を細めてチェダックに絡む。対しチェダックは、「よくぞ、聞いたと」言わんばかりに、やや興奮気味に答える。
「ある。スライムは魔導エネルギーに対し、魔導半導体である性質を持っているのだ。」
「タンナル・キョウジンデハ・ナイヨウダナ。」
「ちっ。魔導半導体? なんじゃそりゃ。」
「一言で素人のお前らが理解できることじゃないが、要は、魔導エネルギーを通す性質と、通さない性質を併せ持つ物質なのだ。」
「魔導半導体があれば、ありとあらゆる魔導装置の制御が、より緻密で複雑かつ高度になる。」
「と、まあ、偉そうに言ってはいるが、俺も物質モンスタースライムが魔導半導体の性質を持っていることを発見したのは、つい先日のことだ。」
やっぱり一言では説明を聞いてもサッパリ分からない面々は、顔を見合わせ、両肩を上げ、ため息をつく。
イエラキは悔しそうだ。そんな空気を無視するかのように、興奮度を上げるチェダックは、独り言を始めた。
「魔導半導体の性質を発見したばかりのこのタイミングで、実用化された自律型のロボットが目の前にある。」
「悔しいが、嬉しい。さすが、神であるムウ様の所業と言ったところか。あああ、早く仕組みを知りたい。うずうずする。」
血走らせた目玉をギョロギョロと動かし、だらだらとよだれを垂らすその姿は、まさに狂人以外の何者でもない。
皆、チェダックから顔を逸らせるように引いていく。
「キニイッタ・シュウリヲ・イライスル。」
「うげ。これのどこを気に入ったのだMKS。」
しかし、修理作業を受ける当の本人が、狂人を気に入ってしまった。
イエラキは、不本意ながらも、チェダックに頭を下げる。一瞬だけだが。
「あー、で、なんだな。修理はできそうか? 無理なら諦めるぞ?」
「無理だと? 震えるようなこの胸の興奮が、お前には伝わらんのか。」
「いや、お前の異常性は十分に伝わっている……。」
「よかろう、直してやる! 2日後にまた来い。」
「なっ!? 2日だと? いくらなんでも短すぎないか?」
「ふっふっふっ。魔導工学において俺の右に出る者はいない。」
「それは神とて同じだ。神が3日でこれを造ったと言うのなら、相手に不足は無い。俺は2日だ! 2日でキッチリ新品にして返してやる!」
「神と勝負だあ!」
興奮度MAX。燃える情熱の熱気を周囲に放ちながら、ぼたぼたと、よだれを落とすチェダック。
「マスマス・キニイッタ。」
「MKS、お前、故障が原因で正しい判断ができてないんじゃないのか?」
「どちらも重症じゃな。手遅れな感じの……。」
「そう言えばララが言ってた。変人は変人を評価するって……。ほんとだったのね。」
「ああ、我も覚えている。ララ殿は、的のど真ん中を射ていたんだな。」
MKSをいやらしい手つきで撫でまわすチェダック。まるで新たなエロスの扉を開けてしまう勢いだ。
「なんだ? お前らその目は。俺を疑ってるのか?」
「ドン引きしてんのよ。」
「まぁ心配せずに、大船に乗った気で待ってろ。ふはははは……希少金属はもう返さんぞ?」
ティアたちは予定通り、天才魔導工学博士チェダックに、修理依頼を果たした。
「おえっ。予定外の倦怠感だわ……。」
今年の投稿は今回分で終わりになります。
皆さま、良いお年をお迎えください。