#112 研究所
「メガロス国民には、正妻しか持ってません、みたいな顔をしておいて、他国に隠し子を作っていたなんて……。」
「大人しそうな顔をして、結構やることやってたのね、あの王様。ハッキリ言って、幻滅したわ。」
「ふおふお。聞けば、相手は戦場で致命傷を受けた際に、治療をしてくれた命の恩人と、言うておったではないか。」
「死の淵で、献身的な世話を受ければ、慕情が生まれるのは、ごく自然なことじゃ。明日をも知れぬ、異常な状況下では、尚のこと男女の仲は、熱く燃え上がるものじゃて。」
「まるで、似たような経験でもあるように話すのね。ラークのおじいさん?」
「おっと、穢れを知らぬ少女にするような話ではなかったぞい。失言失言。ふおふおふお。」
「ふん! 二人とも不潔よ!」
「ラークじいちゃん。ボジョーってなあに?」
「じじいのY談に、いちいち興味を示すな! 雄一!」
城を出た雄一たちは、アースの紹介状を持って、メガロス王国首都、スメロスアメロスの東側に位置する、街はずれに向かった。
言われた住所には、天才魔導工学博士、エケンデリコ・チェダックの工房があった。
それは、工房と言えば工房らしい家。と言うか、今にも崩れ落ちそうな、ボロ小屋だった。トタンのような波板の壁に、やはり同じ素材の屋根。強風等で、吹き飛ばされないように、石が乗せられている。
「なんか、随分ボロイですね。ラーク師匠。」
「これは、建造物とは言えぬ。バラックじゃな。」
ノックすれば、建物全体が倒壊するような、ボッロボロの扉。巨漢のイエラキは、遠慮気味に、一回だけ扉を叩いた。
ドム!
「ん? まるで、寒天かゼリーを叩いたような手応え。」
「ほう、なるほどのう。セキュリティは、万全と言う訳じゃの。」
バラック全体は、防御シールドに守られていた。イエラキは安心して、今度は遠慮なしにドンドンとノックする。しかし、何の反応もない。
「チェダックさんの持つセキュリティ技術なら、私たちが来ていることにも、気が付いてそうだけど。」
「すいませーん! 誰かいませんかー?」
ゴロリ。
すると、半尺程、扉が開き、その隙間から、奇怪な顔だけがにょっきり出てきた。
頭の上部分をハゲ散らかし、生き残った残った髪はぼさぼさに扱われ、鼻の下に伸びる髭はトンボの羽の様に左右に広げている。
目を覆えないほどの、小さな真ん丸サングラスを掛けてはいるが、妙に目がギラギラした印象を受ける。
「変わった風貌のオッサンだな。」
「ちょっと、やめてよイエラキ。頭下げんの、こっちなんだから。」
ベキ!
「イダ!」
イエラキの暴言を小声で制止し、イエラキの足の小指を踏みつけるティア。
「今度は、乳臭いガキ二人に、化け物二匹、それにクマの着ぐるみか。随分趣向を凝らし始めたな、借金取りの、ゴミムシどもめ。」
ギギギ。
チェダックはそう言うと扉を閉め始めた。
「ちょっと、待って、チェダックさん! 話を聞いて!」
「なんだ! うるさい! 金など無い! 失せろ! ウジ虫! 以上!」
「ほほう。このクソオヤジなかなかいい根性してんじゃねーか。」
イエラキが、閉まりゆく扉の隙間に、手を差し込もうとしたが、ラークに止められる。直後、ボロボロの扉は、バタンと固く閉ざされた。
「ラーク様?」
「やめておくのじゃ、イエラキ君。王婿の邪魔になるゆえ。」
「え? あれ? 雄一王婿は?」
「ふおふお。あの僅かな扉の隙間から、しれっとした表情で、中へと入られたよ。」
「はあ、雄一のやつ、話をこじらせなきゃいいけど。」
チェダックの工房内は、様々な装置・機械類に溢れかえっていた。そしてそれらは、整理整頓され、広い通路には、塵一つ落ちていない。
これは、工房とは呼べない超一級の研究所だった。外壁からは、想像ができないほどの、近代的設備に囲まれている。
「けっ! 善良な市民の生き血を吸う、高利貸しのダニどもが。汚らわしい……ん?」
チェダックの視界に、門前払いをしたはずの、雄一の姿が入る。
雄一は、とある機械装置の管から、ぽたぽたと落ちて溜まっている黄色いジェルを、興味津々触っていた。
「このガキいつの間に!? こりゃー! 何やっとんじゃー!!」
「え?? だって、ご自由にお持ちくださいって、書いてあったけど? ほら、ここに。」
「バカ! これは「不安定物質!接触厳禁」と書いてあるんだ! バカ!」
「ありゃ、まちがっちゃった。えへへ。」
照れ笑いする雄一の表情とは対照的に、仁王のような表情をするチェダック。
機械から、雄一を引きずり降ろしたところで、雄一が手に持つジェルの塊を見て、表情が驚愕へ変わる。
「お、おい。クソガキ、その手に、その手に持っているモノは何だ!」
「え? 不安定物質のお団子だよ。ほら、もう、名前間違わずに言えたね。あははー。」
「バカな、信じられん。不安定物質のお団子って、安定しているではないか……。」
「おい、クソガキ、この不安定物質を、どうやって安定させたのだ。」
「え? どうやってって、こう、愛情を込めて、ぎゅ~って、お願いするの。」
「あっ! そう! おむすびを作るみたいに、心を込めて、ぎゅううって。」
「愛情おむすび? 訳が分からん。おいクソガキ、コレをもう一回作ってみろ。」
「え? でも、さっき接触厳禁だって。」
「いいから作れ! このクソガキ!」
ーー5分後再び工房の扉が開かれた。
「ちっ! 中へ入れ。」
「おっ。さすが雄一王婿。もう説得ができたのか。んん? なんだか様子がおかしいぞ。」
ティアたちが案内された通路の先には、「ござ」が敷いてあり、ちゃぶ台が置いてある。その上には、金色に輝く光の玉が、お皿に一つ、転がっていた。
そうして、ティアたちは、ちゃぶ台を囲むように座らされた。
「そこの女、お前はお母さん役だ。そこの髭じいさんはお父さん役……。お前はわしの弟役で、くまの着ぐるみをしている奴は、ペット役だ。」
チェダックは、ティアたちを順に指さし、役名を与えていく。
「あたしがお母さん? これは一体、どういうことなの。」
「みんな、おはよー。はい、お父さん新聞。」
「ふお?」
満面の笑みを零す雄一が、戸惑うラークに、「新聞」と称して、「不安定物質!接触厳禁」と書かれた看板を渡す。
「今すぐ、朝ごはんの支度をするから、ちょっと待っててね。それじゃ、チェダックちゃん、手伝ってくれる?」
「はーい。魔法使いの、雄一兄ちゃん。」
いそいそと、雄一の後を追うチェダックは、妹役だった。そして雄一は、魔法使いのお兄ちゃん役だ。
「これは、まさか。誰もが一度は経験したこのあるRPG、「ままごと」か?」
「あのバカ。また、おかしな遊びを始めたわね。」
「それも、王婿自身は、「魔法使い役」をされている。」
「ふおおっ。決して届かぬ「魔法使い」への想いを、役柄で叶えておられるのじゃ。この、いじらしさと虚しさ。見ているコッチの胸が、痛くなる。」
ままごとに、強制参加させられた面々は、もれなく脱力感に襲われる。しかし、雄一とチェダックは、意気揚々と、ままごとの世界で、目を輝かせている。
雄一が、ゲル状の怪しげな物質を握っていく。それをチェダックは、妙な装置で、覗き見ている。
興奮気味なその表情と、妙な覗き見装置が相まって、変態極まりない。
『このクソガキ、信じられん! 水と同様「押し縮まらない性質」を持つ、魔導エネルギーの原液が、3分の1程に圧縮されている。これなら、俺の構想した魔導電池が実用可能かもしれん。』
『こりゃ、たまらん。俺の研究が、夢が、野望が、その実現が、一足飛びに加速するぞ。』
興奮のあまり、チェダックの口からよだれが出ている。そのことに、気づきもせず、妙な装置で得られたデータ記録を、克明にメモっている。
「ほら、ラークお父さんの分ができたよ。」
「うわー、すっごーい、魔法使いの雄一兄ちゃん。あたい、もっと見たい。もう一個。もう一個作って? おにーちゃーん。」
「はいはい。いくらおいしそうでも、よだれは拭いてね、チェダックちゃん。」
じゅるるっ。
「チェダック博士。自分を捨て、見事に妹役を演じきっている。変人、変人とは聞いていたけど、まさか、ここまでとは、思わなかったわ。」
「あれの、どこが変人だ。あれは狂人と言うのだ。」
「アレニ、シュウリ、サレルノ、ヤダ。」
「そうじゃのお、MKS。気持ちは、ようよう分るぞ。」
チェダックは、己が研究の為なら、自分など、簡単に殺してしまう男である。雄一にせがまれた、妹役など朝飯前なのである。
そうしてチェダックは、最後まで羞恥心の微塵も見せず、妹役に徹しきり、見事、希望通りの数だけ、魔導団子を雄一に作らせたのだったーー。
「おう! クソガキ。もう、他の物に手を触れるんじゃねえぞ!!」
用済みの雄一に罵声を浴びせるチェダック。切り替えが凄まじい。
「ふうっ、待たせたな。ゴミムシども。用は何だ。金ならねえぞ。」
ティアの目は、完全に死んでいた。
↑チェダック魔導工学博士
研究の為なら全てを犠牲にできる危険人物。