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脳筋だもん  作者: 妖狐♂
112/169

#111 たけのこ

 見渡す限り、氷に包まれた白銀の世界。身を切り裂くような、凍った風が、ごうごうと音を立てて、切り立つ氷山を、吹き抜ける。

 その、氷山の窪地に、紫がかった色の、高さ2mを超す、野太い竹の子のような物体があった。その竹の子の前で、一人の、強い妖気を放つフード姿の男が、膝まづいている。


「くっくっく、そうか……。目立たずに白玉を手に入れるに越したことはない。この絶好の機会に、何としても手に入れておけ。そして、黒玉の行方も、引き続き捜索し続けろ。」


「御意。」


 フードの男は、返事一つすると、立ち上がりその場を去ろうとする。


「それにしてもデスマッチによる救世主決定戦か。面白そうだな。」


「はっ。こちらの思う壺にございます。」


「この身に自由が効けば、我が出て皆殺しにしてくれるものを、ククク。残念だ。」

「しくじるなよ? 大魔王ゼクス。」


「ご安心を、我が主アバドン様。幸いにも、我が国の勇者は、他の勇者を圧倒するステータスを持っております。」


 フードの男、もといゼクスは慌てて再度、竹の子、もといアバドンの前に膝まづく。


「くっくっくっ。悪魔に忠誠を誓う、偽りの勇者、メフレックスか……。華奢な体躯だったが、少しは使えそうになったか?」


「はっ。アバドン様から預かりし「左目」を与えた結果、全ての数値において10億を超える怪物となりました。」

「プロタゴニスの勇者、ヤシロ・アイミは、魔力こそ6億を超えますが、あとはどれも1憶程度です。」

「ガラクスィアス・ブリッジの、勇者イガ・グリツムジ・モンブラン卿は、只頑丈なだけの男です。」

「そして、メガロスの、極め脳筋の神谷雄一は、勇者でも何でもありません。ただのゴミです。実際ステータスも1か0のゴミのクズでございます。」

「メフレックスの優勝は、確実ですのでご安心ください。」


「ククク、成程。それを聞いて我に安心しろと。」


「はっ。アバドン様による加護のお陰で、圧倒的かつ不動の戦力差ができたかと……。」


 ビキッビキビキ!


「えっ!!」


 ゼクスの足元が凍り、瞬く間に腰までが、氷で覆われる。その後も、じわり、じわりと、氷はゼクスの頭を目指して伸びていく。


「ア、アバドン様?」


「戯けが! それの何処が圧倒的で、不動の戦力差だ! キサマ、即刻、この永久凍土の一部にしてくれようか!」


「ひいぃっ!」


 どれ程の冷気が、込められているのか。ゼクスを覆う氷は、怪しげな紫色をしている。ゼクスは、体温を急速に奪われ、顔色は失われ、見る見る唇が氷同様の、紫色へと変化した。


「お、お許しを。アバドン様ぁ。ガチガチガチガチ。」


「死の足音。」


「ガチガチガチ?」


 ゼクスを覆う氷が、首まで達した。顎を震わせること。それしかできないゼクスは、自分の胸へ視線を下ろす。

 ゼクスの自由を奪った氷は、次にゼクスの胸の皮を、ビリビリと引き裂き、突き破って進みはじめた。焼けるような痛みと共に、ゼクスは、氷の刃が自分の心臓へ向かっていることを悟る。


『い、いだい。胸が、切り裂かれていく……。』


 じわじわと確実に迫りくる死への恐怖に、顎の震えが止まらない。


「まだ分らぬか! 勇者どもに潰し合いをさせるのだ! この愚か者!」


『はひぃっ!』


 バラバラバラ……。


 ゼクスの、全身に伸びた氷は砕かれた。

 四つん這いに伏せたゼクスは、慌てて自分の引き裂かれた胸に手を当てた。しかし、胸には傷一つ付いてはいなかった。


『どういうことだ? 裂かれたはずの、胸の傷が無い。あの痛みは何だったのだ。」


 アバドンの単なる脅し、と気づいた途端に、ゼクスの表情は恐怖心で歪み、全身を凍らされた時以上に、ガチガチと歯を鳴らし始めた。


「メメント・モリ……。」


「ひいっひいっ……メ、メメント?」


「人は、現実的な死を実感して初めて、本当の恐怖を知る。」

「ククク、今のお前がそうだ。そして人は、死の恐怖を与える者に対し絶対の忠誠を誓うのだ。」


「ひいっひいっ、お話、よくわかります。」


 ゼクスは、荒い息遣いをしつつ、氷の地びたに頭をこすり付け、土下座をする。


「だが、勇者と言う類の人間は、自己犠牲心が強い。中には「死」そのものを克服した者がいるやもしれん。」


「勇者には、メメントが利かぬと。」


「そうだ。ゆえに、勇者本人を狙わず、その近親者を狙え。勇者特有に見られる、自己犠牲心を利用しろ。」


「近親者。勇者の愛を利用せよと……。」


「そうだ。勇者の愛を奪い去れ。勇者に絶望と恐怖を与え、弱みに付け込め。」

「裏で糸を引き、勇者同士を憎しみ合わせ、こちらの思い通りに殺し合いをさせるのだ……。」

「くくく、それができて初めて、こちら側の、圧倒的な戦力差、と言えるのだ。」


『あ、悪魔だ……。』


「返事は? 大魔王ゼクス君?」


「ぎょっ御意ぃ!!」


「くっくっくっ。よろしい。ではキサマにコイツを預ける。上手く使えよ?」


 アバドンはそう言うと、ゼクスの前に、30cm程の小さな竹の子を生やした。

 その、小さな竹の子の皮が剥けると、その裂け目から、うぞうぞと触手のような足を這わせたクモが一匹現れた。

 胴体全体には、三日月型の模様が付いている。まるで不気味な笑みを浮かべるように。


「こっ、これは?」


「我が肉体で造った地獄蜘蛛だ。どうしても堕ちない者、或いは、引き入れたい能力を持つ者がいたら、ソレを使え。」

「支配人数は一人に限るが、強力な洗脳能力で、強制的に意のままに支配することができる。」


「なんと、それは素晴らしい。万の兵を得た思いです。」


「ここまで準備してやったんだ。「失敗しました」では済まされんぞ?」


 瞬間、竹の子全体から凄まじい殺気が溢れ出る。


「ははっ!」


 怯えて縮こまるゼクスは、『何故自分はこんな邪神に関わってしまったのだろう』と後悔していた。


「くくく。我はキサマの心を読むことができる。」


 ギクリ!


「だが、敢えて読まぬ。キサマを監視することなど造作もないことだが、それでも自由を与える。それは何故か分かるか?」


「い、いえ……。」


「くっくっくっ。我は貴様を信用しているからだ。」


「ははっ、あり難きお言葉! 必ず期待に応えて見せまするぅ!」


 ゼクスの額に脂汗が滲む。


「我の信用を、裏切ってくれるなよ? 大魔王ゼクス君。」


 アバドンの殺し文句を胸に刻み、ゼクスは、足を、ガタガタと震わせたまま地獄蜘蛛を連れ、逃げるようにその場を後にした―――。

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