#109 報告
「はっはっは、雄一君は、そのようなことをしましたか。幻とされた妖精の国の、王となることを拒むとは驚きです。」
「しかしなるほど、それでは、此方はそう簡単に手出しができなくなりますね。」
「ぐはは。お前は、先程の連中と違って物腰柔らかで、言葉遣いも随分といいな。」
「いえいえ、大切な客人に対し、部下が欲に目が眩んで失態を晒し、誠にお恥ずかしい限りです。全て責任は、私の監督不行き届きにあります。誠に失礼いたしました。」
「ぐはは、もうよい。それよりも、お前は腰が低すぎる。もっと胸を張れぃ! 片手を添えるだけで、我の拳を止める強者のくせに。」
「ご冗談を。私はイエラキ殿の「寸止め」に便乗しただけですよ? はっはっはっ。」
「ぐははははっ。おもしろい王だ。我が娘婿になったバラダーが仕えていただけのことはある。気に入ったよ。」
メガロス城の応接間で笑い声が響く。荘厳な雰囲気の部屋で、アース王と雄一たちは円卓を囲んでいる。
迎賓館での険悪な状況と、うって変わり、和やかな雰囲気でイダニコ国での報告が終わった。
ケッツァコアトルからも信用されているアースには、バラダーの死の真相を含め、雄一の5000人組手のこと、「厄災」についても、全て包み隠さず報告された。
「妖精の国イダニコ……。興味が尽きませんな。その麗しの国で、最強の武人であるラーク殿の目から見て雄一君の能力、どの様に評価されていますか。」
「ん? 雄一王婿の力とな。ふうむ、そうじゃな……。」
「一言ではとても表現できんが、敢えて言うなら未だ発達途上の「幼体」と言ったところじゃな。」
「今でも凄まじい力を持っているように思えますが、幼体……ですか。」
「いや、彼はまだ弱い。彼を凌ぐ強者は世界にごろごろいるじゃろう。しかし、雄一王婿は、心眼極めし我も見通せぬ、秘めた力を隠し持っておる。」
「先程話した「鬼」も、その一つじゃが、それらの能力が開眼した時こそ人類最強、いや生物最強となるじゃろう。」
「そしてその力を前にした者は、例え大陸の大部分を支配する凶悪モンスターですら、彼に従うじゃろう。」
「そ、そうですか。なるほど……。いや、参考になりました。では、コリダロス殿は、彼が予言の書にある救世主であると思われますか?」
「間違うでないアース殿。彼は器の規模が違うのじゃ。」
「恐らく雄一王婿は、お主の頭でイメージしている「救世主」などより遥かに大きく、尊大な存在となる。」
アースは終始笑顔を崩していないが、顔色が少し青くなった。
「ふう、聞けば聞くほど驚かされる。やはり君は不思議な少年だ。その、でたらめな力もそうだが、君の心は特に読めないよ。」
「うむ。そこは同感だ。」
アースの言葉にイエラキが、ドンブリのようなカップのお茶を啜りながら頷いた。アースもまた、お茶を口にする。ため息一つついて。
「えっと、でも、大切な剣を折ってごめんなさい。」
「ぶっ。ふふふ……。まったく君には敵わないよ。蒼穹の剣は腕のいい刀鍛冶士に繋いでもらったから気にしなくていいよ。」
お茶を思わず吹き出すアースは、困り笑顔で雄一と目を合わせる。やらかした自覚はあるようで、雄一も困り笑顔で頭を下げた。
「ふぅ。しかし、困った問題も起こってしまったな。これで君に宝珠「白玉」を渡すことが困難になってしまった……。」
「平定失敗で、白玉授与の難しさは察しますが、「厄災」アバドンは、この星の全ての生命体を、焼き尽くす程の力を持った邪神です。体裁などに、こだわっている場合ではないかと。」
「いや、ディスケイニ枢機卿の言う通りではあるが、世界の情勢が大きく変わったのだよ。」
「と、申しますと?」
「雄一君たちが森へ入った直後、プロタゴニス、アルヒネロミロス、ガラクスィアス・ブリッジの3カ国から、ほぼ同時にレインボーカードを持つ「勇者」が現れたのだ。」
「同時に勇者が3人ですか。」
「世界各地に点在する黒石には、共通して「宝珠白玉は勇者たる救世主に授けられん」と記してある。各国共、当然の権利のように、宝珠の受け渡しを要求してきた。」
これまでレインボーカードは、アース以外誰一人として持っていなかった。そのレインボーカードの持ち主が「勇者」の名をもって3人同時に登場した。
この余りに出来過ぎたタイミングに、ティアは、これもまたムウの根回しだと気づき、表情を硬くさせる。
ついでに、ナダルの策により、雄一が蟲毒の儀を正式にクリアしていないことも、世界中にばれてしまっていた。
「勇者の登場で、「極め脳筋」である雄一君への信頼と評価が下がり、結局採択に持ち込まれ3カ月後、プロタゴニスで正式な救世主を決める闘技大会が開催されることに決まってしまった。」
「あ、違うよ、アースの王様。ぼく「脳KING」になったんだよ。」
「雄一。残念だけどその評価、余り変わらないわ。いや、意味不明になった分、むしろ心象は悪化するかも。」
「そうなんだ。ぼくは気に入ってるんだけど……。」
アースは眉間に深くしわを寄せ歯ぎしりしながらティアと雄一を交互に見やる。
「世界は明確な「救世主の誕生」を望んでいる。詰まるところ、闘技とは言っているが、相手が死ぬまで続く殺し合いをさせる気のようだ。」
「ふお。デスマッチか。この平和な世の中で、やらせることは、穏やかでないのお。」
「まさか、蟲毒の儀を再びしろと……。はぁ、そんな内輪揉めをしている場合じゃないのに。」
「プロタゴニス含め、多くの各国要人は自国利益しか考えておらん。「厄災」を打ち払った後の、世界への影響力にしか興味がない様子で、会議場で早くも外交合戦が始まっていた。」
「誠、愚かである。ムウ様の予言に従ってさえいれば未来は約束されていると楽観視しているのだな。」
アースはおでこに手を当て首を横に振る。ティアはあきれ返った様子でため息を吐き、雄一の意思を確認する。
「雄一? 今回の参加の是非は、強制じゃないわ。あなたがボイコットしようと思えば、できると思うけど。どうする?」
蟲毒の儀で殺し合いを拒んだのだから当然雄一は不参加の意思を見せると思っていた。しかし、雄一は少し考えてから笑顔で頷く。
「そうだね。ぼく、それ出るよ。」
「うっ! そ、そう……。」
ティアは右顔面をぐしゃりと歪ませつつも、反論せず、雄一の参加表明をアースに伝えると、アースも険しい表情をしたまま了承した。
『白玉が、一体何なのか知らないから、参加の意義に是非は付けらんないけど、いつもいつもあんたは、私の予想の反対を選択する。私には、それが面白くない。』
はぁ、とティアが寂しげな表情を落とす中、アースがスッと立ち上がるとイエラキとラークに頭を下げる。
「話は、おおよそ分かりました。まずはイダニコ国でお世話になる兵士、及び兵士の家族への配慮、痛み入ります。」
「それから、雄一君が破壊したMKSの修理ですが、チェダック魔道工学博士への紹介状を書きますので、それをお持ちください。ディスケイニ枢機卿、済まないが、間を取り持ってくれ。」
「はい。承知しました。」
アースの姿にラークが歯を見せて笑う。
「ふおふお。我が主は、そなたを愚王と断じていたが、力も強く、読みも深い。どうやら猛虎が、飼い猫を装っているだけのようじゃのお。」
「猛虎だなどと、勿体ない。からかってもらっては困りますよ。それよりコリダロス様。雄一君の「鬼」の話、我も興味があります。特に3本と言う角の数。ディスケイニ枢機卿の部下の証言では1本だった筈。此方としても、協力は惜しむつもりはありませんので、何でもお申し付けください。」
「それはありがたい。では、我がこの国で自由に、好き勝手活動できる。その保証を頂けますかな。」
「勿論構いませんよ。行動とその趣旨を説明した計画書を、提出していただければ、精査した上で、その書面に保証の印を押しましょう。」
「時間はとらせませんよ。」
満面の笑みできっちり条件を付けるアースを見てラークがほくそ笑む。
「ふっ! やはりそなたは賢王じゃ。」
ラークは立ち上がり、イエラキ、MKSと共に応接間を出る。それに続いて、雄一とティアも、席を立つ。
「雄一君?」
「なあに? アースの王様。」
「少し二人きりで話ができないかい?」
「えーと……。」
「いいわよ。私はイエラキたちとドアの前で待ってるわ。」
ティアは、顔色を窺う雄一に、そう言って応接室を出た。アースも、親衛隊などの人払いを済ませた。