#10 魔導老子
老人と雄一の、やり取りを見ていたディスケイニ枢機卿が、赤虎紅に問いかける。
「あのご老人、ムウ様の名を出したが、何者だろう?」
「詳細は分かりかねますが、ダンジョン内では様々な魔法を繰り出し、まさに無双状態でした。」
「雄一以外にも、こんなユニークな者が召喚転移されていたのだな。まぁ、我々の想定を、遥かに超える存在が集まることは、有り難いことだが。」
「んー。しかし、どこかで見覚えがあるようなご老人だな。この世界からの転移者だろうか。」
ディスケイニ枢機卿が顎を指で押さえ少し上を向きながら思い出そうとしている。
「あーーっ!!」
突然大声を張り上げる魔導士に紅がびっくりして少し飛び上がる。しかし、それ以上に驚愕の表情を見せるディスケイニ枢機卿。
「う、うそ、うそだ。いやいやいやいや。でも、見れば見るほど本人にしか見えない。」
「ヤダ、どうしよう、有り得ない。いや、ある意味この場なら有り得るのか?」
困った様子の主人を見て紅がそっと聞く。
「主、一体、何をそんなに困ってらっしゃるのですか?」
ティアは、青い顔をして、ゆっくりと話し始めた。まるで、信憑性のない話を、信じてもらおうとするように。
「あのご老人は、マブロ・フイスイ王国の魔導老子。アラーフ・タクフィーラ様にそっくりなのだ。私も7年ほど前にお会いしたことがあるだけだが、あのお姿。非常によく似ておられる。」
「何よりあの魔法能力。タクフィーラ様に間違いない。と思うのだが……。」
「その強さ、ムウの世界において五本の指に入ると言う、あの魔導老子様ですか!? あ、それでは、タクフィーラ様は、この世界から転移された。ということですね。」
「いや、そこが、私も信じられんのだが、タクフィーラ様は、4年前に老衰で亡くなられているんだ。偉大な大魔法使いの逝去に国王も大いに嘆かれ、国葬が行われている。」
「ええ!?」
一体どういうことなのか、整理がつかない二人。頭には「幽霊?」とよぎる。首を激しく横に振りその考えを振り払う。それでも、「でも幽霊?」とよぎる。よぎっては振り払い、振り払っては「幽霊」の二文字がよぎる。
それから暫く、二人とも首振り運動を繰り返しながら沈黙を守る。間違えようもない人物が、人違いであること、それ以外考えられないからだ。
沈黙を破ったのは紅だった。
「異世界の……他人の空似……とか?」
「よし! それだ!!」
二人は結論を「他人の空似」とした。
拭いきれない違和感を覚えつつも、何とか辻褄の合う理屈に縋るかのように納得した。間もなく崩されるまでの、束の間の平穏を味わう二人なのだった。