第六章 旅立ち編 #108 迎賓館
「ねえララちゃん。ケッツァコアトル、ちょっと可哀そうじゃなかった?」
「うん。名残惜しさにキリがないってことは分かるんだけど、それにしてもティアちゃん、随分淡泊だったわよね?」
雄一との別れを惜しむ、ケッツァコアトルの気持ちに、酌量せずにティアが、さっさと魔法転移したとについて、インレットブノ大聖堂へ戻ってきたムーンとララが、お茶をしながら話している。
スライムのシゲルも居残り組で、ムーンのもふもふの胸に抱かれている。
「メガロスに戻ったティアは、報告やら何やら、忙しそうに飛び回ってるけど、私たちにも、何だか冷たい気がする。」
「うん。イダニコから預かった手紙を配るのも、私たち任せだったし、まるで、人が変わったみたいだよね。」
「それにしても、シゲルちゃん、ムーンちゃんに随分懐いたね。」
「まあね。元女神ちゃんだと思うと、むげにはできないわ。でもやたら、もんでくる感じがして、ちょっといやらしい気がするけど。気のせいかな。」
もふもふ……もふもふ……。
ムーンの胸を、舐めるようにまさぐるシゲルはさておき、メガロスに戻ってからティアの様子がおかしい。
無表情で眼は座り、形式的、かつ必要最低限の言葉しか発しない。しかし、雄一たちと出会うまでのティアは、元々こんな性分だっただけに、違和感を覚えるのは、ララとムーンだけだった。
そのティアは、雄一たちを連れ、首都スメロスアメロスの、王城近くにある、迎賓館に案内されていた。
職命であった「迷いの森の平定」について、メガロスの重鎮たちに報告していた。
「なんだと! イダニコ国、森の番人との戦いに敗れ、平定に失敗した!? では、このラブリーくまたんと、凶悪そうなピンクイービルどもを、何故従えておるのだ!!」
「友達だからだよ?」
「なに?」
『しっ! 雄一、余計なことをしゃべるな!』
メガロスの重鎮たちの前に跪き、首を垂れて敗戦報告をするティアが、能天気に、真実を答えようとする雄一を諫める。
メガロス城の、謁見室に招かれた雄一たち。死んだと思われていた、400名の兵士を帰還させ、雄一は巨体のピンクイービル(イエラキとラーク)を仲良さそうに従えている。いや、上下関係は、雄一が上に感じる。
そんな見た目に、てっきり凱旋帰国を果たした、と思っていたメガロスの重鎮たち。
にも関わらず、ティアから「敗戦報告」を聞かされ、ナダル以下首脳たちは、存分に疑念と不満の声を挙げていた。
「ふう。報告と実情がどうも合致せん。矛盾だらけで、てんででたらめだ。こんな話のどこを信じればよいというのか。」
「しかし、監視役だった、バラダー将軍が戦死したのでは、検証の仕様がないぞ。」
「うーむ。まさか、あの不死身の将軍が戦死するとは、全く信じられん。おい、本当にバラダーは死んだのか?」
「バラダーさん? ああ、髭さんは、死んじゃった。でもバラダーさんは‥‥‥。」
『雄一! 口を動かすなったら! いい加減しばくぞ!』
「まぁ、戻らんのが何よりの証拠。枢機卿の言葉をそのまま信じるほかないか。」
「おいおい、バカ言うな、これでは信憑性がまるでないではないか。到底納得がいかんぞ。そうでしょう? ねえナダル殿。」
官房長官ガボグが、頭をぼりぼりと掻いて、司法長官ナダルに声を掛ける。しかし、ナダルにその声は届いていないようで、ただ、鋭い目つきでティアを観察していた。
『ディスケイニが、妄言を吐いているのは明らかだ。しかし、気になるのはその真偽ではない。あの毅然とした態度だ。以前は、小心翼々。子ネズミが如き震えるだけの臆病者だったのに、まるで我らを恐れている様子がない。』
「ナダル殿?」
『我らの意思など、まるで眼中にないかのように、堂々と嘯く態度。気に入らんな。森で、いや、イダニコ国とやらで一体何があったのか‥‥‥。』
「ナダル殿! 如何なされた!?」
ガボグが、やや強い口調で呼び掛けると、ナダルがようやくティアから目を離した。
「んっ? ああ、ガボク。いや、何でもない。」
「そうだな、ところで、そのバカでかいピンクイービルの背負っている葛篭はなんだ?」
ナダルが、イエラキの異常にでかい葛篭の中身を尋ねると、イエラキがスッと床に下ろす。
ズシン!!
難なく置いたカバンが床を揺らす。ナダルの片眉が、ピクリと反応する。
「これか? これは、アダマンタイト、オリハルコン、ヒヒイロカネそれぞれ500kg全部で1,5t分のインゴッドだ。」
「なっ! なんと!!」
にわかに重鎮たちがざわつき、猜疑心で曇っていた目が、欲目に変わり、眉毛が上がる。それもそのはず、イエラキが持ってきた希少金属の価値は総額1兆メタラを軽く超えていた。
ナダルの目にも激しい欲望の火が灯る。何ともやらしい目つきだ。
「ほう、イダニコの王は、礼儀を知るようだな。では、それが、我が国へ対する友好の証と言うことか。」
「違う。」
即答で、これを否定するイエラキ。その巨漢を存分に活かし、蔑むようにナダルを見下す態度を決め込む。
ナダルは、一瞬表情を歪めるが、何とか体勢を立て直し、猫なで声を出してイエラキを誑し込む。
「改めて、イダニコ国からの正式な使者に伝える。世界で最も強大な力を持つメガロス王国は、イダニコ国と、恒久的な友好関係を築き、対等な国交を開く用意がある。」
「こちらにはない。」
再び、即刻申し出を、拒否されるナダル。下顎がしゃくれはじめ、上唇をひくひくと引き攣らせる。
「うぬぅ、では。資源の乏しい我が国に、その金属素材を、1兆メタラで買い取らせて貰えぬだろうか?」
「断る。これは売り物ではない。」
「ぐっ、くっ、では、そのような大量の金属素材を、何に使われるのか。」
「答える義理などない。」
イエラキの「ない」3連発に、ナダルの顔面が崩壊する。
「ぐおおっ! ピンクイービルが調子に乗りよってぇ。おいティア・ディスケイニ枢機卿! この無礼な輩を‥‥‥。」
「彼らは、ピンクイービルではございません。救世主雄一を下した、誇り高きイダニコ国の武人です。くれぐれも、失礼のないように? ナダル長官。」
ぶちん!
ナダルの血管が切れる。
「なぁにが救世主雄一だぁ!? こんなサルを相手に敗走する救世主など不要だ!! こんな小便臭い小僧の試練など不合格だ! 宝珠授与も相成らん!」
極限まで、眉毛と目じりを釣り上げて激高するナダルは、雄一たちを罵り、椅子を倒して席を立つ。
「全く、何が蟲毒の儀の覇者だ! ステータス1オア0のごみカスが!! もうよい! 即刻、貴様らまとめてこの国から立ち去れ!」
「ナダル殿!!」
肩を怒らせ、その場を去ろうとするナダル以下重鎮たち。しかし、それをMKSが許さない。
ボン! バキバキバキ!
次の瞬間、天井に向け、MKSが金色のエネルギー弾を放った。巨大な爆発音と共に迎賓館の屋根が丸ごと吹き飛んだ。
砕けた天井は、全てエネルギー弾に呑み込まれ、瓦礫の一つも落ちてこないほど、綺麗に消滅した。
「ひいっ!」
その場を去ろうとしていたナダルたちは、慌てて頭を庇い、床に伏せる。恐る恐る上を見上げれば、雲一つない青空が広がっている。
「今の言葉がこの国の出した「答え」か?」
「ほへ?」
天は天国、地は地獄。ゆっくりと歩み寄るイエラキに、ナダルが情けない声を漏らす。
「この国の代表が、我らと、偉大な雄一王婿に対する、侮辱の言葉を口にしたのなら。決して、見逃すわけにはいかぬ。」
「ゆ、雄一、王婿??」
ボン! ボン! ボボン!
MKSが立て続けにエネルギー弾を放ち、四方を囲む壁を、全て吹き飛ばした。
「ひええっ! 迎賓館がっ消滅した!? おわっ!?」
ぐいいっ。
「うひゃあ!」
イエラキが、小指の爪で、ナダルの偉そうに広がる襟元を引っ掛けて、持ち上げる。
ナダルは、恐怖と息苦しさで、みるみる顔を青くする。
「再度聞く。貴様の口が吐いた言葉。それが、この国の出した答え。か?」
「‥‥‥ち、ちがいまちゅ‥‥‥。王は、今は外国訪問ちゅうでちゅ、ばぶ。」
べちゃ!
ナダルは、引き絞られた喉を精一杯広げて声にする。それを聞いてイエラキがゴミを捨てるようにナダルを放った。
「ケホッ! ケホ!」
「ナダル殿! 大事ありませんか?」
ナダルを気遣う重鎮たちだったが、イエラキが、引き続きナダルにメンチをキリながら、うんこ座りをキメたものだから、ゴキブリの様に八方へ散らばり、距離を取る。
「なんだ。偉そうにしているから、てっきり王かと勘違いしていた。そうか、キサマは王ではないのか。」
「おっ王だなどと、滅相もございましぇん。私如きは、しがない、法に携わる駒でして、王族でも何でもごじゃりませぬ。はい。」
ナダルは、引き攣った恵比須顔を作り、高速でコクコク頷く。
「そうか。キサマが王なら、この国を、丸ごと灰塵に変えてやろうと思ったが……。今回ばかりは、雄一王婿に無礼を働いたキサマの命だけで勘弁してやろう。」
「うそ……あわわっ、死にたくない。だ、誰か、たしけて‥‥‥。」
イエラキはそう言うと、爪を立てた拳を青空に向け振り上げる。そして、そのままナダルの顔面目掛けて振り下ろした。
「ひいいっ!」
ガシリ!
ナダルの顔面、数cmの所で、イエラキの巨大な拳を、掴み取る華奢な手があった。
イエラキが顔はナダルに向けたまま、ジロリと黒目だけを真横に向ける。
「ん? 誰だ? 貴様は。」
「まずは事情を知りもせず、その拳を止めてしまったことを詫びよう。そして名乗ろう。我が名はアース・ガリファロ。弊国の国王である。」
↑ナダル司法長官
頭皮と髪の毛との関係に、若干の違和感がある。