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脳筋だもん  作者: 妖狐♂
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開眼・黎明編#107 別れの始まり

 イダニコ国の外れ、「迷いの森」への入り口に400人ほどの人が集まっている。メガロス王国への帰還を希望したメガロス兵たちだ。


 メガロス兵たちから少し離れた小高い丘に雄一たちが集まっている。そこには、巨大な葛篭つづらを背負ったイエラキ・ワルドと、メガロスで修理を必要とするMKS。それから、ジェラルミンケースを持つラーク・コリダロスの姿もあった。


「ううう~っ。名残惜しいのじゃ。雄一様~。」


 見送りに来たケッツァコアトルが雄一の手を取りしくしくと泣いている。


「あははー。ケッツァコアトルちゃんは泣き虫さんだね。ほら、もう泣かないよ? いい子いい子。」


 雄一に頭を撫でられてもケッツァコアトルはお別れが辛くてえっくえっくとしゃくり上げている。


『ねえララちゃん。4000のロリッ子ババアが10の子供に慰められてるわよ。』


『しっ! 聞こえるよ? ムーンちゃん。思うのは仕方ないことだけど、口に出しちゃダメだよ?』


 小声でララとムーンがケッツァコアトルの陰口を言っている。


『つーか、ケッツァコアトルとモモカにはゲノム・イン・ゴッドができなかったみたいだね。」


『そうみたいだね。やっぱり基本的にスライムと同じ不変質な体だからかな。』


 ララとムーンの会話に一切混ざろうとせず、無視するように目を座らせたティアが苦虫噛み潰した表情で、みんなが見渡せる場所へと立ち全体に声を掛ける。


「静粛に。」

「帰還するメガロス兵たちに告ぐ。今から、メガロスへ向け魔法転移する故その場を動くな。」


 ティアの言葉に皆が驚き、メガロス兵たちがざわつく。

 するとムーンがティアの元へと駆け寄った。


「どういうこと、ティア。ここに転移装置は無いよ?」


 問いかけるムーンに目を合わせることなくティアは憮然とした表情のまま言葉を続ける。


「メガロス兵たち、心配は無用だ。女王ケッツァコアトル様に迷いの森の結界を解いてもらっている間は、私の転移魔法「テレポ」でメガロス王国へ瞬間移動できる。」

「安全を考慮し、行先はインレットブノ大神殿の丘だ。さぁ、心の準備は良いか! いくぞ!」


 帰還希望兵たちの驚嘆する声が辺りを包む中、ティアが右手を天に左手を兵たちの集まる地を指さした。


 シュワワワ‥‥‥。


「おおっ!こっこれは魔法陣!?」


「で、でかい。流石メガロス王国大司教枢機卿なだけのことはある。」



 天地を挟むように出現した円周300m程の巨大な魔法陣。慌てふためく兵士たちの気持ちなど無視するかのように天の魔法陣は地へ、地の魔法陣は天へと向かうと、そのまま兵士たちを呑み込み消し去った。


「ティアすごーい。これもゲノム・イン・ゴッドのおかげだね!」


 ティアは未だ雄一の手をまさぐるケッツァコアトルをジロリと一瞥し、「ふん」と鼻を鳴らして再び転移魔法を展開する。


 シュワワワワ‥‥‥。


「なっ!? えっ!? うそじゃろおいっ! まさか、もう行ってしまうのか? テレポがあるなら出発はもちいと後でもよいじゃろ。」

「邪神アバドンとの戦いが待ち受けていると分かった今、今度はいつ会えるか知れんのじゃ。ティア後生じゃ、もうしばらく待ってくれ。なっ? なっ?」


「世話になったわね、ケッツァコアトル。私も名残惜しいけど、メガロスでの仕事が山積してるからもう行くわ。」


 雄一たちの上空と地上に魔法陣が現れた。血相を変えたケッツァコアトルは、それでも雄一から手を放さず、想いを早口で伝える。


「ふがふが! 雄一様、妾はいつも、いつみゃでもあなたを見守り続けておりましゅ! あにゃたの無事を祈っておりまちゅ!」


「カミカミディオウサ、今生の別れでもあるまい。今すぐ魔法陣から離れろ!」


「きっとじゃ! 約束じゃぞティア。必ずまた雄一様と共にこの地を訪れるのじゃぞ?」


 また会う約束を取り付けケッツァコアトルは渋々雄一から手を離した。

 そんなケッツァコアトルに雄一は優しく微笑む。


「またきっと会えるよ? それまでさよならだね。ケッツァコアトルちゃん。」


「およよよ~。雄一ざま~っ。」


 両手を突き出したまま、後ずさりで魔法陣から出ていくケッツァコアトル。その顔は、泣き濡れる梅干しのようになっている。


「ゆ~いちざま゛~っ。ゆ~いちざま゛~っ。いぢゅも、いぢゅまでも、おじだいじでおりまじゅる~。」


 指折り数えて2000年。ようやく会えた想い人との時間は4日間にも満たない。

 雄一と契約の契りを交わし、モモカを授かり念願叶ったものの、ケッツァコアトルは耐え難い悲しみと寂しさを味わっていた。


 と、ケッツァコアトルの足元に、ぽとりとハチマキが落ちる。


「??」


「それ、あげる! ぼくの大切な物だから‥‥‥。」


 その瞬間、目の前にいた涙で滲む雄一の姿が消えた。


 両膝を着き、小さく震えながらケッツァコアトルは雄一がくれた薄汚れたハチマキをその小さな胸に抱き抱え、固く握り締める。


 ぎゅううっ! ぎゅううっ!


「うああ‥‥‥。」


 女として、彼の肌のぬくもりを知らずとも、雄一のハチマキから心のぬくもりが強く伝わった。それが余計に辛かった。


「うわあああああん。うわああああん。妾も、妾も国など捨てて、あなたと共に行きたかったああああ。」


 

 イダニコの地にぽつぽつと、季節外れの雨が落ちる。

 ケッツァコアトルの、力の限りぶちまける涙と鼻水と本音を雨は優しく流すのだった。


「ママ‥‥‥。」


 そんな小さく丸まるケッツァコアトルを、モモカは遥か上空から見守り続けていた。

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