開眼・黎明編 #105 ララ生還
意識の彼方、雄一とララは溶ける・溶け合う・混ざり合う。
『雄一君。わたし、とても幸せです。ずっと、このまま‥‥‥。』
「うぐーっ。うぐーっ。」
『あれ? なんだろうこの呻き声は。』
美青年姿の雄一とのキッスで幸せの絶頂の中にいた。はずのララは目を覚ました。
そこには雄一の顔など無かった。代わりに白目を剥き、青ざめたティアの顔面があった。
そしてティアとララは思いっきりキッスしていた。
「ちょっ。ティアちゃん何してんのよ!?」
ドン!
慌ててティアを突き放し、穢れを払うように唇を袖で拭うララ。
ティアはドシンと尻もちをついて、涙ながらに不平を訴える。
「いったーい! それはこっちのセリフよララ。急に襲ってきて、私の体を散々おもちゃにしておいて! わーん。」
着衣の乱れたティアの姿を見て、ララは顔を青くする。
「ええっ。まさか私ったら、夢の中で雄一君にしていたことをティアちゃんにしていたの?」
ガバ!
「おっと。あら、ムーンちゃん?」
ムーンが涙と鼻水で顔面をびしょびしょに濡らしてララに飛びついた。
「ララちゃん、ララちゃん。あーん、良かったぁ、気が付いてホント良かったぁ~。安心して、ララちゃん。ティアには「ちゅう」をした以外は首を絞めたり、鼻の穴を塞いだりしていただけだから。」
「ソレの何処が「だけ」だチッキショー。ララ、私のファーストキスを返せー!」
「まあまあ、落ち着けティア。女の子同士の「ちゅう」など、「ちゅう」の数には入らぬ。それよりもじゃ。」
ティアが爪を立て、ララに逆襲しようとするのを間に入って窘めるケッツァコアトル。
「それよりもララ殿。夢の中で「雄一君にしていたこと」とは何じゃの?」
「えっ。」
ケッツァコアトルの質問にララは少し「んっん。」と喉を詰まらせ、少し俯く。
「そう。私が悪夢に苦しめられていたところに大人姿の雄一君が現れて、救われて‥‥‥。」
ララの「大人姿の雄一」のフレーズに誰もが強い興味を示す。
「ララちゃん大人の雄一様に会ったの? んでんで、それはどんな感じの人だったの?」
「え、あ、うん。背がすらっと伸びてて、シルクのように艶のある黒髪が肩まで伸びてた。私を見つめる奥二重で切れ長の目はとっても透き通ってて、包容力があって頼もしい感じの素敵な男性だった。」
「アダルトな雄一様か。ううむ、妾も是非会って見てみたいものじゃ。」
「ララ!? じゃああんた、私にしていたように「わちゃわちゃ」とアダルト雄一をおもちゃにしてたって訳?」
「ううん。私は雄一君に優しく抱かれていただけだよ。」
「抱かれたって!? じゃあ雄一がララちゃんをおもちゃにしたってこと!?」
飛躍的な発言に、ララは両手を胸の前で強く降る。
「違うよ! 雄一君はそんなことしないよ! 雄一君はとっても紳士的に私を扱ってくれたわ。」
「うーむ。雄一様アダルトバージョンに悪夢から救われ、優しく抱擁されるとは。「夢の中」とは言え何とも羨ましい話じゃ。どれ、妾もちょっと2000年に渡って極めし想像力を駆使して‥‥‥うひひ。」
「そうね。私も夢の中でもいいから雄一様アダルトバージョンに会ってみたい。そして、もし会えたら素直に自分の想いを伝えて‥‥‥うひひ。」
アダルトバージョン雄一に対し、際限なく妄想を広げていくケッツァコアトルとムーン。
そんな変態二人を蔑んだ目でみるティア。
「あーあ。やだやだ。二人とも変態が過ぎるよ。所詮「夢」は「夢」なのに。きもいよねぇ、ララ?」
ティアの発言にハッと何かに気づいたララが目を見開いて呟く。
「あれは夢じゃないわ。」
「えっ? ちょっとララまで理想と現実を混同して妄想モードに突入しないで。」
「いいえティアちゃん。夢なんかじゃない。あれは紛れもない現実。」
まさか、ララまで変態の仲間入りをされては困るとティアは慌てる。
「ララ、ちゃんと目を覚ましてよ! あんたもさっき自分で言ってたじゃない。「夢の中」の話だって!」
「うん。そこはティアちゃんの言う通りだよ。でも、それでも、あれは夢じゃないんだよ。」
「うわああ! ララまでおかしくなっちゃたら私以外みんな変態になっちゃう!」
妄想二人組は「うへへ。」と現在進行形で自作白昼夢の中にいる。ティアはそんな二人を横目にララにすがりつくように訴える。
「アブノーマルな連中をこれ以上相手にするのはイヤだよぉ!」
「そうじゃないよ、ティアちゃん。だって、だってね。」
「だって、なによ。」
「だって。今、忘れていってるんだもの。」
ティアは八の字に曲げていた眉をひそめる。
「そりゃまあ、夢の内容なんて起きるとすぐに忘れていくものだよね。」
「違うの、ティアちゃん。私の記憶が、「忘れたくても忘れられなかった」過去の記憶が消えていってるの。」
「えっ!? まさか、あんたのカメラアイによる記憶が!?」
ララの瞳に涙が溢れる。
「そう。消えていく。私を縛り付けていた過去の記憶が。心の痛みと共に。」
「ひょっとして夢の中の雄一が、ララのカメラアイ能力を破壊したってこと?」
ゲノムインゴッドによりララの生まれながら「持たされた」一瞥記憶能力「カメラアイ」の弊害で残されていた忘れ難き記憶が、忌まわしき戦慄の映像が次々と削除されていく。
「あ、あ、ああ、消える。深く抉られ、刻まれた記憶の傷が、暖かな安らぎで埋められていくかのように。」
ララはぎゅっと目をつむり、次々と溢れ出る涙を交互に指で拭っていく。
「うわっララ? あんたのその目。」
「え?私の目がどうしたの?ティアちゃん・・。」
押し出されるように出た最後の涙を拭い去った後のララの目はまるで生まれ変わったかのように別人だった。
「ほう!なんと澄み渡るような綺麗な目じゃ。こりゃあ妾もますますアダルトな雄一様会いとうなるな。」
「えっ!?ケッツァコアトルちゃんまで?私の目、おかしい?」
妄想モードが終了したケッツァコアトルがララの目を見て羨望の眼差しを向ける。
「ハッハッハッ。ねーねー、ララちゃん! さっきの話の続き聞かせてよ。結局、アダルト雄一様とはどうなったの? わんわん。」
犬のような荒い息遣いをしつつ、尻尾をぶんぶん振って、より高度な妄想を求めてネタを仕入れようとするムーン。
「えっ!? えっ!? 雄一君と私は? 結局?」
「ふっ。妄想ご苦労ムーン。残念だけど、どうやらララは脳KING雄一の脳菌に侵されて記憶能力が著しく低下したみたいよ。」
ティアが肩を上げ、ほくそ笑みながら数回小さく首を振る。
「うがあーっ、なんだってー! こんな中途半端な妄想じゃ生殺しだよー! わぉ~ん!」
ムーンは残念で頭を抱えぶんぶんと首を振る。
項垂れるムーンをよそに、ララは自分の人差し指を自分の唇にそっと触れる。
「夢の中で私、雄一君に、キスをした。」
「なにいっ。」
深淵のモノクロ世界だったにもかかわらず、ララの頭に蘇りし記憶は、美麗で色鮮やかな雄一とのキスシーン。
「雄一君の唇は少し湿り気を帯びていて、とても滑らかだった。唇を重ねるとまるでマシュマロのような甘さを感じて、私とても熱くなって、私、私ったら、はっ!」
ララの目が瞬きなしで潤み、無意識向けた先の雄一と視線が重なる。
「雄一君は、私のどこまでを知ってるの?」
小さくポツリ呟くララと目を合わせる雄一は、にこりと笑顔を一つだけ返す。
『頭のてっぺんから、足のつま先まで、髪の毛一本一本、全部だよ?』
『ララ。』
ララの頭の中に優しく囁いた雄一の一言一句が正確に蘇る。
ララの目が大きく見開き、全身が炎の塊にでもなったかのような火照りを感じ、どきどきと他人にまで聞こえそうな胸の高鳴りが抑えきれない。
「だ、だめ。私、とても、雄一君を直視してられない。」
ララは慌てて雄一から目を逸らし、恥じらう顔を両手で覆いつくした。
この破壊力抜群の記憶。カメラアイの記憶どころではない。眩しく鮮明に残る「愛のメモリー」にララの心は満ち満ちて、満ち満ち溢れ、零れ、ララは溺死寸前だ。
と、ティアが顔面を引き攣らせながら声を震わせる。
「ララあんた。要するに雄一と間違えて私に無理矢理ちゅうしてきたってわけかえ?あ?」
夢とはいえ聞きたくもない雄一との甘いキッッスシーンを聞かされ、ティアの堪忍袋は限界だ。だがしかし、ララもまた胸の高鳴りが限界だ。
「そんなこと、どうでもいい。」
ぶっちーん!
「殺す! ララ殺ーす!キサマ今すぐ闇へと還るがいい!」
両手を頬に当て「きゃっ。」ともじもじし続けるララに、かつての夜叉ララ顔負けの形相へ変貌したティアが飛び掛かる。
「まあまあ、ティア。別にいいじゃん「夢の話」なんだし。」
「そうじゃ、そうじゃ。ララの夢はララだけのものじゃ。大人げないぞティア。」
「そこをどけ! ムーン、ケッツァコアトル。この阿婆擦れを永遠の夢の世界へ送ってやるのだ!!」
「あははー。みんな楽しそうだね。ぱりぱり、もぐもぐ。」
「どこがじゃこの脳筋すけこまし! そのせんべー炭に変えてやるぞ!!」
かくして、ちょっとした悶着と遺恨は残りながらも、全員無事に過去マシーンから生還した。
しかし、ムウは過去マシーンに「ある細工」を施していた。ティアたちがそれによる異変に気づくのは翌朝のことだったーー。
↑どきどき♪ララちゃん
スキル「一瞥記憶」消滅。スキル「愛のメモリー」獲得。