開眼・黎明編 #104 言霊の世界
「雄一君・・。どうしてここにいるの?」
深淵モノクロの世界の中、目を瞑り、雄一の胸に抱きついたままララが溢れ出る喜びを抑えつつ尋ねる。
「あははー。ぼくはずっと一緒にいたよ?」
「そう・・。私、全然気づかなかったわ・・。」
「でも、こうして会えたよ?」
「うふふ・・。そうね・・。」
ララは嬉しそうに頬を緩ませた。緩んだ分だけ雄一の胸に頬が沈む。
「ねえ、雄一君?・・私たち、これからもずっと一緒?」
「あははー。そうだね。きっと、これからは、もっと、もおっと近くにいるよ?」
「うふふ・・。嬉しい・・。」
ララの目から静かに溢れ出る感涙が雄一の胸へ吸い込まれる。
雄一とララ。まるで一つの生き物のようだった・・。
「あのお~、あっしらはいつまで放置されるんでしょう・・。」
優しい時間が流れる中、雄一の人差し指で動きを止められているアンドラスが申し訳なさそうに聞く。
「あははー。「あっしら」って・・。元々ハリガネムシくんは一つでしょ?ほら、動けるようにしてあげるから元に戻って?」
「うぎ!?」
雄一にそう言われると、ニセ雄一とニセアンドラスはふにゃふにゃと一つの塊になった。勾玉の様に太細のある形状全体には縞模様が付いている。太い方の先には正円があった。それがハリガネムシの顔のようで、つぶらな目が付いている。
詰まるところ短い三角形の手を持つ典型的なオバケの形だ。
「雄一君がハリガネムシって呼んでたコレって何なの?ひょっとして私の弱い心?」
ララは雄一の胸にピッタリと頬を寄せ、張り付いたまま聞く。
「んー。ちょっと違うかな?ララ姉ちゃんの能力の一部みたいなものだよ?」
雄一は、そう言うとララを抱いたままハリガネムシの、無い首元をグワシと掴み、持ち上げる。
ギラリ!
「ひいいっ!やっぱり、こちらにはお構いなく!そのまま二人の世界の続きをどうぞ!」
ガタガタと震え、怯えるハリガネムシに雄一の眼光が強くなる。
「目がっ、その目がこええよ旦那!勘弁して下せえ!これもあっしの仕事なんでさぁ・・。」
「うん・・そんなハリガネムシくんには、選択肢があります。答えられるのは二つに一つだよ?」
「うげげっ?それは、「デッド・オア・アライブ」的な・・?」
雄一は荒々しいオーラをハリガネムシに浴びせ、ギリギリと締め上げながら選択肢を与える。早く楽になりたいハリガネムシは頭の中で「アライブ!アライブ!」と繰り返していた。
「ひとつ・・。ぼくはララ姉ちゃんを守るって決めたの。」
「はぁ?そりゃ旦那の抱負でしょうよ、選択肢とはちが・・。」
ギラリ!
雄一の激しい眼光が再びギラリと光る。
「ひいいっ!アライブ!アライブ!だんな!お命ばかりは、どうかっ!」
「ふたつ・・。」
ハリガネムシを更に強くギリギリと締め上げ、ゆっくりと顔を近づける雄一。ハリガネムシは「いやいや」と首を捻じりできるだけ雄一から目を逸らせる。
「・・病気でもない限り、食べ物を残しちゃいけません・・。」
「ちょっ、それは一体何のお話ですか?」
「みっつ・・。」
「ふえてる!ふえてる~!「生か死か」の二択じゃなかったのー!?アライブだってば!あーらーいーぶぅ~っ!」
無い首をぶんぶんと振りだすハリガネムシに更に強烈な眼光を浴びせる雄一。
ビカッ!!
「ひゃあっ!だんな!ギブアップ!ギブアーップ!!」
「みっつ・・ぼくは、魔法使いになりたいんだ。・・どうしても!!キリッ!!」
「そんな・・。だんなの願望をあっしに言われても・・。」
ビカッビカビカ!!
「きゃーっ!もう嫌!もうやめて、その不毛な選択問題!もういい!もう生を諦める!死んでもいいから早く楽にしてー!」
ぱっ!
「!?」
すると、ハリガネムシの願いを聞き入れたのか、雄一はハリガネムシから手を放し、解放する。
「ひい・・、ひい・・。あれ?たすかっ・・た・・?」
だが、雄一の鋭い眼光はハリガネムシに向けられたままだ。強烈な眼光を浴びたハリガネムシは蛇ににらまれた蛙。力なくヘニャヘニャとへたり込んだ。
「・・それじゃあ、聞くよ?あなたはこれからどうしますか?」
「うそーん!ここでまさかの回答例無限の質問がキターッ!」
ハリガネムシは支離滅裂な展開に「これは雄一の冗談」ではないかと思い、茫然自失の表情のまま、雄一の顔を覗き見る。
キリッ!キリリッ!
『うわっ。こいつマジで聞いてるのかよ!』
雄一の一切崩れない真剣な表情に絶望するハリガネムシ。
『誠に遺憾ながら・・。このお方は本物のアホだ・・。』
ハリガネムシは雄一を改めて評価し直す。より突き抜けたアホの方向へ。
『この方には如何なる精神攻撃も通用しない。何故なら悩みの無いアホに精神攻撃など無意味だからだ・・。しかもこのお方は単なるアホではない。究極のアホ、「至純の白痴」なのだ・・。あっしでは絶対に勝てない・・。あっし如きが絶対に逆らっちゃいけないお方なのだ・・。』
そう。そもそも「悩む」という思考を持たない脳KING雄一を前に精神攻撃で勝てる道理などありはしない。
ハリガネムシはある覚悟を決め、そのつぶらな目に力を宿す。
『だとするならば、あっしが選ぶ道は一つしかない・・。』
ハリガネムシはできるだけ胸を張ると礼を尽くしてお辞儀をする。雄一は厳しい視線でハリガネムシを見下ろす。
「きまったの?」
「はい。できることなら、貴方様へ忠誠と忠義を誓わせていただきとう存じます。」
雄一は微動だにせずハリガネムシの言葉を受け取る。
「・・ココで、ぼくに対するその言葉は言霊になるよ?それは、君がハリガネムシではなくなると言うことだけど、それでも本当にいいの?」
雄一は真剣な表情のままハリガネムシを気遣うように声を掛ける。
「無論。承知の上にございます。今後は旦那様の望みます通りに。」
「そっか・・うん。分かった。」
ハリガネムシの覚悟を見た雄一はゆっくりと頷き、少しだけ憂いを含んだ笑みを零す。
ララは雄一の一連の発言と行動を見て、身も心も雄一の方が遥かに大人なのだと感じていた。
「・・・雄一君は何でも知っているのね?」
「あははー。ララ姉ちゃんのことなら何でもね?」
雄一の答えを聞いてララがうっとりとした目を雄一に向ける。そしてゆっくりとした口調で尋ねる。
「ホント?雄一君はどこまで私のことを知ってるの?」
「頭のてっぺんから、足のつま先まで、髪の毛一本一本、全部だよ?」
「ふふふっ。雄一君、それってとてもエロチックな言い方だよ?」
「??そう?」
「ええ、そう。だって私、今とっても興奮しているもの・・。」
ララはそう言うと雄一の顔に首を伸ばし軽く頬にキスをした。
「お願い。雄一君。私のことララって呼んで?」
「・・ララ・・。んっっ!?」
ララが再び雄一にキスをする。今度はララと呼んだその口に。
重ねられる唇と唇。
・・・・。
『雄一君・・大好き・・。』
・・・・。
長いキス。永遠に続くとも思えるような長い、長いキス。
ララは幸せの絶頂の中にいた—―――。
↑ハリガネムシくん。ララに持たされた能力の一部。
ララの肉体乗っ取りに失敗し、今後は雄一によって別の能力に生まれ変わって、ララを支える。