開眼・黎明編 #103 微睡
闇の淀みが幾重にも重なる深淵。霧深いモノクロの世界。ララはその微睡の中心で塞ぎ込んでいる。
「ララさま~・・たすけて~・・。」
「ララさま~・・くるしい~・・。」
「ララさま~・・ララさま~・・。」
暗闇の中、ララに助けを求める複数の亡者の手と声。
「ごめんなさい・・。みんな・・。ほんと・・ごめんなさい・・。」
ララは両手で顔を塞ぎ、しくしくと泣いている。
ララに救いを求めている亡者たちとはララがステマに操られ、やむなく手を下した者たち。
「喉が渇きが収まらないんだ・・ララさま~・・。」
「ああ・・。苦しい・・。我々は、いつまでこの炎に焼かれ続けなければならないのですか・・。ララさま・・。」
ゆらゆらと揺れながらララの八方を取り囲む亡者の手。
「ゆるして・・みんな・・。私にはどうすることもできないの・・。」
赦しを懇願するララを亡者は非難し始める。
「自分だけ幸せになるというのか?」
「えっ?」
「忠誠を誓った我らを皆殺しにしておいて、自分は好きな男を作り、自分だけ幸せになると言うのか。」
「そ、そんな・・。私は・・ただ・・。」
「お前たち親子を救った我らを救わず、好きになったただ一人の男だけを救うというのか。」
「雄一君は・・。雄一君は・・。」
「忘れたか!お前が自分の弟にすら手を掛けたことを!」
「ア・・アンドラス・・。ううっ。私は・・私は・・。」
ララは手足を折りたたみ、小さく小さくなっていく。それでも亡者はララを罵り続ける。
「お前には人の心など無いのだ。さもなくばあんな簡単に操られたりはしない。我らの血の味はどうだった?答えてみろ!人でなしのララ!」
「勝てなかった・・。私はステマの命令に背こうと必死だったけど、勝てなかったの・・。ごめんなさい。ごめんなさい。」
「お前はそれで全身頭の先からつま先まで我らの血で穢れたのだ。そんなお前を、まさか雄一とやらが愛してくれると思っているのか?はっ!?そいつあおめでたいことだな!?」
「・・・。私は・・愛されなくてもいい・・。誰からも・・愛されなくてもいい・・。」
「はん!そんなことは当然なんだ!お前の手は俺たちの血で真っ黒なんだからな・・。」
「・・うううっ。・・うううっ。・・雄一君・・。たす・・けて・・。」
「まだその名を口にするか!心を持たない殺人鬼め!」
「私は誰かを愛おしいと想うことすら許されないの?」
「当然さ。お前は、我々の希望も未来も全て奪ったのだから。」
「うううっ・・・。」
ララは肩を震わせ、頭をぷるぷる振って泣いている。
「もうララ姉ちゃんをイジメるのはやめたげなよ。」
「はっ!・・雄一君!?」
ララを庇う声にララが頭を上げると亡者の手は瞬時に消え、代わりに一人の男の子が立っている。
「・・ア、アンドラス?」
「そうだよ。ララ姉ちゃん。ぼくだよ?弟のアンドラスだよ?」
ぎゅっ。
アンドラスはララに飛びつき、抱きしめる。
「アンドラス・・。私のこと赦してくれるの?」
「ぼくはララ姉ちゃんのことを最初から恨んでなんかいないよ?だって悪いのはステマ・イクソスだもん。ね?そうでしょ?」
「ううう・・。ありがとう・・アンドラス・・。ごめんね?アンドラス・・。」
「だから、ずっとぼくのそばにいて、一緒にいて遊んでね?」
「・・そうね。アンドラス・・。ずっと一緒だね・・?」
きゅっ。
ララもアンドラスを優しく抱きしめる。
「ダメだよ?ララ姉ちゃん。」
「えっ?」
そんな二人に声を掛ける小さな影。それは、ララに手を差し伸べようとする雄一だった。
「・・雄一君?」
「あははー。ここにいちゃダメだよ?ララ姉ちゃん。ララ姉ちゃんはぼくと一緒に「厄災」と戦うんだから・・。」
「ララねぇちゃん?誰?あの子・・。ぼくあの子怖い・・。」
「あははー。ララ姉ちゃん。ティアとムーンも心配して待ってるよ?ここは危険だよ?さぁ、一緒に行こう?」
ララは怯えて小さくなるアンドラスを庇うように抱き寄せ雄一の影に対峙する。
「雄一君。この子はアンドラス。私のたった一人の弟なの・・。」
「あははー。そうなんだね。でも、ここは寒くて暗いからあっちへ行こ?光の世界へ・・。」
「・・?雄一君?」
「ほら、ララ姉ちゃん・・。ぼくの手を取って?」
雄一はララに優しく微笑んで右手を差し伸べる。
「雄一君・・。」
雄一の手を掴むように左手を伸ばそうとするララ。
「ダメ!ダメ!ララ姉ちゃん!ぼくこの人嫌い!この人はぼくを殺しちゃう!お願い!ぼくを守って!!おねえちゃん!」
「アン・ドラ・ス・・?」
アンドロラスの叫びに、ララの天を向いていた掌は、雄一の顔面に向けられる。
ギュオ!
すると掌にどす黒い暗黒魔法の球体が現れた。
「あははー?ララ姉ちゃん?どうしちゃったの?まさかこのぼくをその暗黒魔法で撃つの?」
「雄一君・・。」
濃縮されていく暗黒魔法を掌に纏わせるララ。
「あははー。」
お構いなしにララの手を取ろうと近づく雄一。
「ララ姉ちゃん!こんなやつ殺しちゃえ!」
「・・ゆう・・いち・・くん・・。」
シュオオオオオ・・。
ララの左手から暗黒魔法が消えていく。
「??ララねえちゃん??」
「あははー?ララねえちゃん?」
バッ!
突如ララが我に返ったように目を見開いてアンドラスを振り解き、その場を離れる。
「痛い!ララ姉ちゃん・・どうして・・?」
「あははー。ララ姉ちゃん?そっちじゃないよ?こっちだよ?こっちおいで・・?」
「違う・・はぁっはぁっ・・何かが違う。いや、何もかもが違う!!アンドラス・・。雄一君・・。あなたたちは一体何者・・?」
眉を下げ目に力を宿すララ。額から汗が吹き、少しだけ呼吸が荒くなる。
パチパチパチ。
「「「!!??」」」
と、突如鳴り響く手を叩く音にララとアンドラスと雄一の肩がビクリとなる。
「あははー。よくできました。」
手の鳴る方には見知らぬ青年が佇んでいる。180cm程の身長にスラリとした体形。サラリとした黒髪を肩まで伸ばした美しい青年。
初めて会う美しい青年にララは目を見張る。
「あははー?ぼくは神谷雄一です。あなたはだあれ?」
雄一がララに近づくよう歩を進めながら青年に声を掛ける。
「・・・。」
しかし、青年は含み笑顔を浮かべたままじっとララを見つめたままだ。
すると、ララがその青年に向かって、はっきりとこう呼んだ。
「雄一君!!!」
青年はとても優しくララに微笑みかける。
「あははー。せーかい!よくがんばったねララ姉ちゃん?」
そう言うと青年は嬉しそうにララに近づいた。
「だ・・騙されないでララ姉ちゃん!コイツは悪魔だよ!?」
アンドラスがそう言ってララに両手を広げて飛びつこうとする。
ピタ!
「うが!?」
瞬く間に青年がアンドラスに距離を詰め、人差し指をアンドラスのおでこに当てて、その動きを止める。
「あははー、まずは、コイツがララ姉ちゃんに抱きついた時に止めた心臓を動かしておくね?」」
「なっ・・キサマ!何故そんなことを?」
「あははー。知っているのかって?それとも、できるのかって?」
ニセ雄一が慌てた様子でララに向かって飛び掛かる。
「こうなりゃ、この場で壊すしかない!」
でん!
「ぐえーっ!」
青年はニセ雄一を踵落としで叩き落した。
「あははー。悪いけど、ララ姉ちゃんがぼくを見つけたからには、君に勝ち目は無いよ?だから、もう暴れないでね?」
「ぎ・ぎ・ぎ・・。何者だ・・キサマ・・。」
「初めまして。ぼくは神谷雄一です。」
「ぐぎぎ・・あと一歩であっしのモノにできたのに・・。」
「あははー。残念だったね。ハリガネムシくん?」
「・・ハリガネムシって言うな!」
青年の顔。よく見れば雄一の面影があるにはあるが、雄一にしては大人過ぎる。一見して18~9だ。
その青年雄一をララは見て、目をしぱしぱさせている。
「雄一君。どうしちゃったの?その姿・・。」
大人の魅力を纏った雄一に見惚れるララは少し頬を赤らめ、ぽーっとした表情で質問する。
「あははー。分かんない。ぼくは、ぼくのことが見えないから・・。」
その雄一の答え方にララは刹那ハッとした表情になり、直後涙を浮かべて微笑んだ。
「・・ぷっ。・・うふふ。間違いない。あなたは神谷雄一君。正真正銘、本物の雄一君!」
ガバッ!
ララは雄一に抱きついた。そして身も心も全力を尽くして強く、強く抱き締めた。