開眼編 #99 雄一の鬼
ラークは雄一をなぶり続けながら、雄一の作り出した「鬼」を探している。
電磁波を利用した空間把握技術。ラークの20年掛けて成熟させたこのレーダー技術は雄一を圧倒した。
しかし、そんなラークだけには唐突に現れた「鬼」を捉えられないでいた。
25000人全員の観衆の目には見えてもラークには見えない。紫外線、赤外線を含めた様々な波長、種類の電磁波で目標捕捉に尽力するがどれも空振りに終わる。
『ううむ。なぜじゃ!なぜわしには見えん!なぜ、わしにだけは見えんのじゃ!盲目だからか!?いや、わしの技術は目の持つ機能を踏襲して遥か上をいくもの。わしに見えぬモノなどないはずじゃ!!』
と、その時、ラークの頭の中で強烈に引っ掛かる違和感。
『モノ・・。モノ・・?・・まさか・・!?』
空間把握において卓越した技術を持つラークは会場中の物質全てを電磁波により網羅することができる。
その揺るがない自信が、ラークをある仮説を導く。
『仮に、雄一の作り出した鬼が物質ではないもので、このわしの放つ電磁波そのものがわしへの目くらましとなっているとしたら・・?』
ラークは自分で考えていることが、荒唐無稽でバカげたことだと分かっている。
「ふふふ・・まさかな。遂にわしもボケが始まったか・・。しかし、どの道わしの残された手段はあと一つしか残っておらん。・・やってみるか・・。」
ラークはそう呟くと雄一への攻撃を止め、放っていた全ての電磁波を遮断した。
「あ。ラークじいちゃん・・。」
ドサリ。
打撃による支えがとれた雄一は姿を現したラークの腕の中へと落ちた。
そしてラーク自身は闇の中へと落ちた。
「ぐわ・・。こ、こいつは・・???」
ラークに鬼の姿が見えた。空間把握能力の全てをシャットダウンすると、ご名答と言わんばかりに至極当然に「そいつ」は姿を現した。
「そいつ」は、ラークの目の前にいた。
「そいつ」は、ムウの世界においてもまごうことのない幻想の存在。
ラークの、光の無い漆黒の闇の中に膝を三角に折って座り、背を丸めている鬼の姿。燃え滾る炎の如き朱に染めた躰から伸びた肢体がラークを囲んでいる。
刺々(とげとげ)しい頭髪を蓄えた頭には立派な艶のある赤黒い角が生えている。ネプチューンオオカブトのような立派な流線形の長い角が、頭部両脇から二本と、額中央から一本。合計三本、天に向かって伸びている。
巨漢の赤鬼が無表情のまま、覗き込むように首を伸ばし、漆黒の瞳をラークの潰れた瞳に合わせている。
ドン!
ラークは鬼の睨みに心臓が止まりそうになる。
「ふお・ふお・ふぅ・・。まさかここまで近くにいて気が付かなかったとは・・。」
ラークの心臓がキリキリと痛む。
眼光をラークに合わせ続けている赤鬼から放たれている気は、殺意とも憎悪とも取れる非常に危険な香りを漂わせていた。
「・・お・お・・。この邪悪な気配・・。キサマこの世の者ではないのぉ・・。」
盲目の目に精一杯力を入れ、堂々と言い放ったつもりだったが、自分の声が微かに震えていることにラークは気が付いていた。
『キサマ・・一体何者じゃ。』
ラークは心で鬼へ問いかけてみる。すると鬼が微かな声で答える。
『・・ぼくは・・守天・・雄一・・どうしても変わっていく・・ぼく・・』
『なっ!?小さな少年のような声・・。』
ゾワゾワゾワ・・。
「守天雄一」確かにそう聞こえた。と同時に、ラークの背中に途轍もない悪寒が走った。
恐怖心とは年齢と経験を積むにつれ鈍っていく。
老齢ラークもまた、多くの経験を積む中で恐怖の炎を一つまた一つと消し続け、もはや、遠くない将来、確実に訪れる「寿命」と言う名の「死」への恐怖ですら克服し消し去っていた。筈だった。
だが、そんなラークの、鉄のようになったその心に忘れた筈の「恐怖の感情」の種火が再び灯る。
『ふおおっ。こ、こわぁ~っ。』
抱きかかえている雄一にラークは背筋を凍らせながら声を掛ける。
「のぉ・・雄一。お主が出しているあれは一体何のじゃ?」
雄一はキョロキョロ見回し、首を傾げた後にハチマキを押し下げた。少し眩しそうにする雄一は肉眼でまたキョロキョロ辺りを見回し、やっぱり首を傾げる。
「ラークじ・・師匠。あれって何のこと?」
「なぬ?あの鬼はお前が出したのではないと言うのか?」
雄一の言葉にあっけに取られ声が裏返ってしまったラークたが、気が付けば眼前の鬼は消え去っていた。ラークの前にはただ暗闇だけが何処までも広がっている。
観衆も「消えた」「消えた」と騒いでいる。
突如現れ、突如消え去った赤鬼。白昼一体何が起こったのか分からないままだったが、ラークは仕方がないので通常の心眼を展開し、抱きかかえていた雄一を下ろしてやる。
雄一はハチマキをおでこに締め直して精一杯身なりを整える。
「ラークじい・・師匠。ありがとうございました。結局最後まで師匠の姿がわかんなかったけど、いいお勉強ができました。」
丁寧にお辞儀をする雄一の目と心を注意深く洞察するラーク。しかし、無垢としか言いようのないほど一点の曇りも認められない。
『アレは一体何じゃったのだ?』
放心状態のラークに雄一はお礼を言い終えるとラークに向けて満面の笑みを零し、右手を差し出した。
「いや・・。わしこそこの歳になって、尚まだ「見知らぬ世界」があることを教えてもらった・・。ありがとう。雄一君。」
小さな雄一の手を摘まむようにして握り握手を交わすと、スタジアム全体が震えるほど大きな拍手に包まれた。
「ラークじいちゃん!」
ボフ!
雄一がラークの髭に飛びつくように両手を広げ張り付いた。
「おっ!ふおっふおっ。」
「ラークじいちゃん大好き~。」
ラークも目を細め雄一を優しく抱きしめるように抱き上げると拍手に応えながら舞台を後にする。
「くーっ。くーっ・・。」
雄一は疲労のピークとあってか、ラークにしがみついたまま眠ってしまった。
「ふおっふおっ・・。まっこと、本当の孫のようじゃて・・。」
ラークは雄一を愛おしそうに優しく抱きかかえ、ケッツァコアトルの王城へと足を向けた。