#9 蟲毒の儀最終決戦の始まり
蟲毒の儀、最終フロア。大理石に囲まれているかのような強固な造り。四方を囲む壁の一つには、出口に繋がっているのであろう巨大な扉がある。
フロア中央に、六つの魔法陣が円を描くよう浮かび上がる。そして、その魔法陣から、各ルートで勝ち残った猛者が現れた。
雄一以外の召喚者の特徴は以下の通り。
銀色の鎧兜を全身に纏った、身長1m60㎝程の小柄な騎士。細身の剣と、大盾を持っている。フルフェイスの兜で、表情は伺えないが、落ち着き払い、堂々とした立ち振る舞いだ。
毛皮を身に包み、獣の髑髏を兜にした、無精髭面の男。背は2mを超える。腕は丸太のように太く、それに比例する太さの胴を持つ巨漢。
手には巨大な斧を持ち、鼻息を荒くし、キョロキョロと、落ち着きなく周囲を伺っている。
目元を残し、後は全身を黒い包帯で覆った、忍者。傍らには、雄一同様、犬のような獣が3頭控えている。170㎝程のスリムな体系だ。
髭の大男を見て、呆れるように鼻で笑った。
魔女。見るからに魔女。漆黒のローブを身に纏い、歪んだ杖の先にはルヴィーのような宝玉が付いている。口角を上げ、ニター、と笑ったまま微動だにしない。そんな中、頭に被る三角帽子には、巨大な目玉が付いており、不気味にギョロギョロと動いている。
最後にじいさん。ん、じいさん? どう見ても、ただのじいさんが混ざっている。白髪白髭の70代位に見えるおじいちゃん。
雄一同様、ボッロボロの服で素足。ヨボヨボと震えている。何かを食べているわけでもないのに、終始、口をモグモグと動かしている。
武器の類は一切持っていない。
今にも、誰かに飛び掛からんとする様子の髭男。それを制するかのように、召喚者の中心部に、ディスケイニ枢機卿が姿を現した。
ホログラム転移の為、実体はない。
「様々な世界から集まりし、勝ち抜いてきた兵達よ。いよいよこれが最後の戦場だ。」
「この6人の内、生き残りし、ただ1人だけが文字通り「最強」の力を得る。この戦場から逃げる術は無い。実態転移魔法も通用せぬ特別な空間だ。」
「さぁ! 戦え! そして最強となれ! 生き残りし者にのみ、道は与えられん!」
枢機卿が水平に片腕を上げ、振り払う素振りを見せ、闘いの合図を出す。
途端に、髭男が真っ先に仕掛けてきた。大斧を両手で時計回りに振り回した。その先には、忍者の姿。
「キサマ! わしを見て笑っておったなぁ!!」
「……ふっ。ばーか。」
髭男の怒号に、再び鼻で笑う忍者。かがみ姿勢で大斧を躱し、「ピィッ」と口笛を鳴らすと3頭の犬が、髭男に襲い掛かる。
髭男は、犬の攻撃など気にも留めず、忍者へ力任せに斧を振り続けた。
髭男VS忍者の様相を合図に、残りのメンバーも対戦相手を決めていく。
魔女が、一番弱そうな老人に目を付け、ターゲットにしようと杖を掲げ魔力を集めだした。
「生き残り」と言う戦闘形式において、最初に強者と相対するのは愚手。魔女は、爺さんと少年を天秤に掛け、前者を選んだのだ。
「まずは、あのジジイからだ。」
不気味な笑顔から、更に口角が上がる。口が、裂けているんじゃないかと思うほどに。
燃えるように光る杖を、振りかざそうとした瞬間、魔女は殺気に襲われる。騎士が魔女の首を目掛けて剣を振る。
ガキィン!
寸での所を杖で防ぐ魔女。
「ちっ! 邪魔するんじゃないよ! ゴミくずが!!」
「失礼。あの老人より、隙が大きかったもので。」
「なにぃ、なめんじゃないよ! グレイト・ファイア・ストーム!」
魔女が杖から豪炎が放たれる。騎士は左腕の盾で、これを防ぐ。魔女VS騎士と相成った。
さて、残された「老人と子ども」は暫く他の4人の様子を並んで見ていた。その姿はまさに「祖父と孫」みたいな感じだ。衣服は破れ、雄一の隣には狼姿のシルバーウルフが居るもんだから、更に落ちぶれた、浮浪者感に満ち溢れている。
老人が雄一に話しかける。
「君が、神谷雄一くんじゃの?」
「おじいちゃん、ぼくのこと知ってるの?」
「ふぉっ、ふぉっ。少しだけじゃがの。ムウに頼まれて、お前さんの相手をしに来た。わしと戦ってくれんかの?」
「ムウってだぁれ。と言うか、ぼく別に最強の力なんて欲しくないし。」
「それに、人とは、どうしても戦いたくないんだけど。」
「ふぉっふぉっ。そうじゃな。しかし、他の皆はそうは考えておらん。ここで皆を倒し生き残らなければ殺されてしまうぞ。」
「んー。でもぉ、やっぱり、ぼく「夢の中」でも人と戦うのは嫌だ。」
「ふぉーっほっほっ、夢の中か。確かにそうかもしれんの。しかし、ここで生き残らねば、夢から覚めても、同じことじゃないのかの。ん?」
「……。」
「さぁ、わしと闘い、倒してみろ。雄一君。」
「まぁ、ムウには悪いがおぬしを倒し、わしが最強となってやるのも悪くないがのぉ。」
雄一に対する返答に含みのある答えを出す老人。
「戦いたくない」意志を示す雄一に、構うことなく攻撃を仕掛け始める。
ズゴゴゴゴ……。
前触れもなく、老人の真上に、直径3m程の巨大な球状の炎の塊が現れた。
「!!?」
戦闘の中、他の4人も手を止めて、その異常な光景を見る。生死を決する戦いの中、相手から目を離すなど自殺行為に等しいが、あんまりの非常識な事態に、誰も目が離せなかった。
「ファイア・ボール。」
「あぶない!」
老人が呟くと、雄一とムーン目掛けて巨炎が飛び込んだ。雄一とムーンは、各々左右に跳び回避する。
ズドドーン!
老人のファイア・ボールは、地面に着弾すると大きく爆ぜた。
「うわぁ!」
「きゃいーん!」
熱波と共に、爆音と爆風が八方に広がる。雄一とムーンは、それぞれ吹き飛ばされた。いつも通り、シゲルはいつの間にか姿が見えない。
「なんじゃあ、ありゃあ。ただのジジイじゃなかったのか!?」
髭男がぽつり呟く。すると忍者が溜息を吐く。
「ただのジジイが、ここへ辿り着けると思っていたのか。お前じゃあるまいし。」
「ふんがああぁ!」
忍者の応えに、髭男が狂ったように攻撃を再開する。
「バカな、あれが、ファイア・ボール?」
「確かに……。グレートファイアーストームとかって言う、名前だけはご立派な、誰かさんの魔法とは雲泥の差があった。」
魔女の反応に、騎士が皮肉たっぷりに応える。
「だったらコレを喰らいな! インテンス・テンペスト(激烈暴風)」
杖から、強力な風が巻き起こる。騎士は、距離を取りながら、暴風直撃を避けている。皆、それぞれの戦闘が再開される。
じいさんは、雄一と距離の離れたムーンに、向け次なる魔法を放つ。
「ちょいと、どいておいてもらうぞい。オーディナリイ・ウィンドウ(軟らかな風)」
そう呟くと、突風に包まれたムーンが、成す術なく20m程飛ばされた。ただ、地面に叩きつけられることなく、まるで優しい風に包まれるように、ふわりとムーンは着地した。
「ちっ! くっそジジイ! その、もがもがした口の震えを止めてやる! わおーん!」
ムーンは、すぐさま起き上がり、じいさんに飛び掛かろうとした。
「わんちゃんはしばらく、そこで大人しくしておいで。キャッスル・ウォール(城壁)」
老人が呟くと、じいさんと雄一を中心に、半径15m程の半透明のドームが現れた。一瞬、その場にいた全員が「まじで!?」と一瞥するが、目の前の相手にすぐ向き直った。
じいさんの規格外魔法に、いちいち反応していたら、今度こそ命とりになることを、皆、知っていたからだ。
ただ、同時に皆は、生き残れば、じいさんとの戦いが不可避であると悟り、頭で「じいさん攻略法」を模索し始めながら、相対する敵に向かうのだった。
「これで、そう簡単にわしらの邪魔はされんじゃろうて。のう雄一君?」
まるで孫に「おいで」をするように、軽く両手を広げる仕草をし、にっこりと笑う。歯抜けた笑顔に不気味さと殺気が籠る。
「おじいちゃんて、何歳なの?」
↑圧倒的な魔法能力を持つ謎のおじいちゃん。