帰って……
王の悪い噂があると聞き、王都に呼び出されたラーナとジャンネを心配するレイムだが……。
「今日はもう帰ってよいぞ」
僕が戸棚を整理していると、後ろから声が掛けられた。
「えっ? まだ昼前ですよ?」
「……予定では今日帰ってくるのじゃ、色々準備しておいたほうがいいじゃろ?」
……確かに嬉しい申し出ではあるのだが……。
「でも、今日帰ってくるとは限りませんし……」
「……全く、そんなんじゃ駄目じゃぞ?」
フィリアさんは、心底呆れたと言わんばかりに溜め息を吐く。
「曲がりなりにも今日は久しぶりに恋人同士が再会する日じゃ……。となると、二人の愛が燃え上がり、今日こそ橋渡しの絶好の機会に……!」
「はいはい……」
本当に懲りない人だな……。
「でも、ラーナは遠出した後はゆっくりしたいみたいで、話しかけると機嫌が悪かったりするんですよ」
僕はフィリアさんに呆れながらも、ベクトルのおかしい彼女の気遣いの言葉を否定した。
「まあそれでもじゃ……今日は早く帰るがよい。年長者の言うことは素直に聞くもんじゃぞ?」
「フィリアさん……分かりました、ありがとうございます」
僕はフィリアさんの言葉に従うことにした。
フィリアさん……年齢的にウィンクはキツイです……。
そんな言葉を胸に秘めながら。
「ただいま」
もう一カ月も続く沈黙の返答も、おそらく今日で終わるだろう。
「折角だし、料理を作って待つとしようかな」
今日帰ってこない可能性も考えて、少し日持ちするモノと……。
後は……彼女達の好物を作ろう。
ラーナはがっつりとした肉料理が好きなんだよね。
美味しい肉料理を作ったときは彼女にしては珍しく、褒めてくれたりもするし。
ジャンネは小さな頃からアップルパイが好きだったね。
今でもそれを作ったときは機嫌が良いのを僕は知っている。
「よし、二人に喜んでもらえるように頑張るぞ」
とりあえずアップルパイは下ごしらえだけして、肉料理は温め直せるように煮込み料理にでもしよう。
「早く帰ってこないかな……」
僕は自身の胸に湧いた寂しさを紛らわせるように、誰にともなく呟いた。
「遅いな……」
日が沈んでもう大分経つ……。
予定がずれ込んで今日はやっぱり帰ってこないんだろうか。
ギイイ
一人の静寂の中で、ドアの開く音が響き渡った。
(帰ってきた!)
僕はそう思った瞬間に急いで玄関へと駆けだした。
「おかえ……!」
出迎えの言葉を紡ごうとして、ドアを開けた人物が僕の待ち人ではないことに気づく。
「あ、えっと……どなたでしょうか……?」
マントをつけて顔の見えない人物を、僕は少し訝しく感じながらも、誰何の声を上げる。
「お前がレイム・アークスか?」
男からギロリとした目で見据えられ、感情の見えない声で逆に質問を返されてしまう。
「はい……僕がレイム・アークスですが……」
どうやら僕の質問に答えてくれる気はないようだ。
「お前への手紙を預かっている。お前の待ち人からのな」
「手紙ですか?」
男から差し出された手紙を受け取ると、彼は後ろを振り向いて、ポツリと一言だけ告げた。
「橋はもう既に落ちたぞ?」
彼の声に感情が……少しの嘲りが混じっていたような気がした。
「それはどういう……」
すぐに言葉の意味を尋ねるが、僕の言葉を最後まで聞くことなく、彼はドアを開けて帰ってしまった。
「一週間予定が伸びた?」
「……はい」
場所はフィリアさんの店、僕達はただいま休憩中。
昨日のアップルパイの残りをつまむフィリアさんに、僕は昨日の出来事を説明していた。
男から受け取った手紙には、『諸事情により帰りが遅くなる』とだけ記してあった。
「どうやら橋が落ちたらしくて……それで帰りが遅れているんだと思います」
「……手紙にそう記してあったのか?」
「いえ、伝令の人がそう言っていたので……」
僕の言葉を聞いて、フィリアさんは顎に指を当て、少しだけ考え込む。
「確かに王都へ続く道には幾つか橋があるからな……。遠回りして遅れているのじゃろう」
「大丈夫ですかね……」
「……まあ、そう深刻に考えるでない。別に怪我をしたというわけでもないしの。とりあえず無事だということが分かっただけでも良いじゃろ?」
ふふ、もうフィリアさんのウィンクをバカにできないな……。
彼女の気遣いとおどけた仕草に随分と心が軽くなる。
「そうですよね……よし! 後一週間、僕、毎日手伝いに来ますからね!」
「そうか……それならこれを持っておれ」
フィリアさんは、おもむろにポケットからペンダントのような物を取りだす。
「これは?」
「それは我の作った魔道具でな、魔力を込めれば、この店にすぐにテレポートできる優れモノじゃ! しかし、戻ることはできんし、対応距離もこの町一帯くらいじゃから、町に入るまでは歩かなければならんがの」
それでも十分凄い魔道具だ。
こんなモノを作れるなんて……やっぱりフィリアさんって凄い人なんだな。
「とりあえずこの一週間は借りておいてよいからの」
「ありがとうございます! それでは手始めに店の戸棚を少し整理してきますね!」
「ありがたいが、無理をするでないぞ?」
呆れたように微笑むフィリアさんを視界にとらえながら僕は立ち上がる。
僕はフィリアさんに心配をかけないように、努めて明るく振る舞いながら仕事へと戻っていくのだった。
「全く、無理をしおって……。それにしても橋が落ちた……か」
フィリアの頭にあるのは王の悪評。悪い噂であった。
「まさか、な……」
もうダメだ……おしまいだ……!
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