大人になって
可愛い幼馴染みと妹に囲まれた生活を送っていたレイムはーー
「今回も問題なさそうじゃな」
「フィリアさん、いつもありがとう」
眼鏡を受け取り、深々と頭を下げ、フィリアさんにお礼を告げた。
「まあ、仕事じゃからな、気にせんでいいぞ」
「いえ、でも……」
「金のことなら心配するでない。まだお主は子どもじゃ。もう親はいないが、その代わりに我を少しくらい頼っても良いのじゃよ。日々食べていくだけでも大変なんじゃろ?」
「まあ、そうですけど……」
父親は三年ほど前に、魔物に襲われて帰らぬ人となった。
そして、母親もその後、僕達を養う為に一人で働き、無理をした結果、体調を崩してそのまま亡くなってしまった。
それからしばらくは、僕と妹の二人暮らしになり、色々と生活が大変だったのだ。
今は少し改善しているとはいえ、生活が苦しいことは変わりない。
「子供が遠慮するな。お主が大人になってから、少しずつ返してくれれば良いのじゃ。エルフは長生きじゃからの、気が長いんじゃ」
「ありがとう、フィリアさん……」
僕はフィリアさんを見つめ、心の底から感謝した。
思えば、子供の頃からの長い付き合いだ。
今では僕の方が背が高くなり、端から見ると僕の方が少し年上に見える。
昔はただきれいなお姉さんだと思っていただけが、この歳になってフィリアさんに対し、少しドキドキしてしまうようになった。
彼女の見た目は、十人が見れば十人がきれいだと言ってしまいそうなほど、美しい。
男であれば、貢いででも振り向いて欲しいと願ってもおかしくないだろう。
「何じゃ? そんな熱い視線を送ってきおって……我に欲情したか?」
ただ、この発言がなければね……。
年寄りくさい話し方は慣れれば問題ないが、こういった明け透けな物言いが、僕の中でフィリアさんを女として見られない原因だった。
「はは、僕には心に決めた人がいますから」
とりあえず失礼なことを考えていたことは言わないでおこう。
「そうじゃな……なにか困ったことがあれば、すぐに来るんじゃぞ?」
「……ありがとうございます」
そう言って僕は店を後にした。
「……これじゃあ、我の目的すら果たせんな……それと、もう少しすれば、我が、魔眼のことを教えてやらねばならんのじゃろうな……」
フィリアはレイムの両親のことを思い出しながら、そう呟いた。
「ただいま……」
返ってくる言葉はない。
数年前は妹のジャンネが駆け寄ってきたものだが、今はただシンとした雰囲気が僕を迎えるだけだ。
母親が亡くなったとき、誰かがお金を稼がなければならなくなった。
だが、僕達のような子どもが多くの金を稼ぐには、魔物の討伐という危険な仕事をする他なかった。
本来なら、男の僕がそれをできれば良いのだが、僕は戦いの才能に恵まれなかった。
そこで剣や魔法の才能があったジャンネが、ラーナと共に冒険者をする道を選んだのだ。
ラーナを家の事情に巻き込む気はなかったが、「もう将来を誓ったようなものだから」と彼女の両親が言ったことで、せっかくならと、そのときから三人でこの家に暮らしているのだ。
以前はラーナを嫌っていたジャンネも、共に冒険者をしていることもあってすぐに打ち解け、信頼と尊敬の念を込め、今では彼女のことを姉様と呼んでいる。
「ただいまー」
僕が昔を思い返していると、彼女達が帰ってきた。
「おかえり」
僕は玄関へと向かい彼女達を出迎える。
「ああ、もう帰ってたの? ご飯はできてる?」
ラーナが僕の方をチラリと見て、尋ねてくる。
「いや、僕も今帰ってきたからさ」
「言い訳しないでよ、弱いくせに……」
ラーナが忌々しそうな顔を向けてくる。
(弱い……か。その通りだけどさ)
いつからか、ラーナは強さというモノに拘るようになった。
いや……子供の頃から多少そういう兆候があったのだろう。
僕が文句も言わずに彼女に従ってたのが、良くなかったのかもしれない。
強い者は自分の気持ちを優先できる。
彼女はそういった思考にとりつかれているように見える。
「うん、ごめんね」
「そう、なら早く作ってよ。お腹すいてるんだから」
「分かったよ。……あ、ジャンネもおかえり」
僕の横を無言で通り過ぎようとしていたジャンネに声をかけるが、彼女はこちらを見ることなく家の中に入っていった。
「何やってのよ、早くご飯作って」
「うん、分かったよ」
僕達の関係は良好だ。
例え、両親の死から、ジャンネが僕のことを遠ざけていても、ラーナが僕のことを主夫のように扱っていたとしても、僕は幸せであり、何も問題なんてない。
それに、僕は彼女達に多少の負い目がある。
ラーナが強さに拘るようになったのは自分のせいだ。
それならば、僕が彼女に対して責任を持たなければならないだろう。
それに、僕達の家の事情を知っても、見捨てないでくれたのは間違いないのだ。
確かに両親の死は僕のせいだ。
ジャンネが親の愛情をほとんど知らずにいたのも僕のせいだ。
それに、僕が弱いせいでジャンネに負担をかけているのも間違いない。
ならば多少は彼女達を優先しなければならないだろう。
決して、あの頃のようになれなくてもいいんだ。
ただ一緒にいてくれれば。
男は女性のわがままを笑って許せるくらいで良い、という父の教えに間違いはないはずだ。
それで今までうまくやってこれたんだから……。
それに僕は今でも彼女達のことを愛しているのだ。
それだけで何も辛いことはない。
それだけは――間違いない。
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