エピローグ ――復讐の始まり――
復讐の約束をメアリと交わして――
「レイム、どうしてこんなことに……」
崩れ去った魔道具店の中央で、メアリの亡骸を抱く僕の背中に声をかける者がいた。
おそらく彼女は走ってきたのだろう。ハアハアと肩で息を吐いている。
「フィリア……」
いつもは愛しい気持ちを込めて呼ぶ彼女の名前……しかし、今はただ何の感情もなく口からこぼれるだけだ。
「メアリは……死んでおるのか?」
フィリアの声はかすれて震えており、今にも泣きだしそうだ。
無理もない。僕より長い付き合いなのだ。メアリとの間にある目に見えない思いは、僕なんかとは比べものにならないだろう。
だがフィリアを気遣う余裕はなく、ただ残酷な真実を告げることしか僕にはできなかった。
「ああ……殺されたよ」
「いったい……誰に?」
僕から淡々と告げられる事実を受けとめ、フィリアは蚊の鳴くような声で更なる追求をする。
教えない訳にはいかない。
いや、彼女は知らなければならないのだ。
「レストだ」
僕の言葉にフィリアの肩がビクリと震えるが、僕は構わずに続ける。
「レストがエスカに近付き、メアリの家の魔宝石を奪い、爆発物を仕掛けていったんだ」
「何故止めなかったのじゃ!」
僕の肩を力強く掴み、フィリアは僕を振り向かせる。
「お主はいつもエスカと一緒におったのじゃろう……!」
その言葉がやつあたりであると、フィリア自身が感じているのだろう。
段々と言葉尻が小さくなっていく。
「レストについて、僕は何も知らなかったんだ。エスカからは悪い人間ではないと聞いていたし、何よりエスカがレストと共にいることを望んでいたんだ。止めることは僕にはできなかった」
自身の言葉が言い訳であることは僕自身感じていた。
だから僕は、フィリアの目を見て話すことができなかった。
しかし、言い訳であろうと事実は事実だ。
僕は何も知ろうとしなかったし、フィリア達も知らせようとはしなかった。
もしレストがあんなやつだと知っていたら――
なんてことを、今更言っていても仕方がないのだ。
結果として今の状況がある以上、責任の所在など最早どうでもいい。
「何故……今になって何故……!」
糸が切れた人形のように、フィリアは力なく崩れ落ちた。十数年前からの想いがフィリアの中に渦巻いているのだろう。彼女の目から幾筋もの涙がこぼれ落ちていく。
そして、そんな彼女にかけてあげられる優しい言葉などない。
僕は当時の出来事を知らないのだ。いくら言葉を重ねたところで、全てが薄っぺらく聞こえてしまうだろう。
「フィリア……教えてくれるか? レストとメアリの間に何があったんだ?」
だから僕は知らねばならないのだ。
部外者から当事者になるには、それしか方法はない。
「そう、じゃな……。こうなるなら、最初から教えておればよかったのじゃ……」
少しだけ落ち着きを取り戻したフィリアが、ぽつぽつと語り始める。
「あやつ……レストが以前に話した魔道具を犯罪組織に売った人間であることは知っておるか?」
「ああ」
「レストはそのときに自身で一つだけ所有し、その中にメアリを閉じ込めた。そして、逃れられぬ場所に追い込み、無理矢理メアリを手篭めにしたようじゃ」
この世界でこういった犯罪は珍しくはない。
V.Lが自身の力の強化に役立つ以上、それを利用しようとする人間は一定数存在する。
クソ女ですらそうなのだ。下半身で物を考えると言われている男が手を出さないはずがない。
「かなり遠くへと連れていかれたようじゃったが、どうにか逃げ出したメアリはこの町に戻ってきた。しかし、すでにお腹にはエスカがおり、もう産む以外の選択肢はなかったのじゃ。今でこそメアリも落ち着いておるが、その頃は――すまん、あまり詳しくは言いたくないのじゃ……」
フィリアは目を伏せ言葉を詰まらせる。
改めて聞いて、やはりエスカに知らせるようなことではないと思う。
おそらくそのときのメアリは、心からエスカを望んでいなかったのだろう。
「それでもまだ悪いことは続くのじゃ……メアリは良いところのお嬢さんでの……。婚約者もおったが、それも破談になり、親子の縁も切られてメアリは天涯孤独になった。そのころはもう生きる気力をなくし、メアリが笑うことはなくなってしまったのじゃ」
非情であると思う。
そのときのメアリは、いったいどんな気持ちだったのだろうか?
恨んだのだろうか? 憎んだのだろうか? 憤ったのだろうか?
男である僕だからこそ、余計にメアリの気持ちを測ることはできない。
だが間違いなく、僕と一緒で、一度はこの世界の全てに絶望したのは間違いないだろう。
「じゃが、エスカが生まれてメアリは変わった。エスカを守るために母になる覚悟を決めたのじゃろうな……それからはお主の知るメアリと変わらぬよ。ただの立派な母親だったのじゃ」
好きでもない男の子どもを産むことになり、その上、親や婚約者など、親しい人に見放される……僕と同じように復讐に走ってもおかしくはないだろう。
だが彼女はそれをしなかった。
それは何の為だ?
答えは決まっている。エスカの為だ。
ならメアリの復讐は……僕が肩代わりしてやる。
先程約束したのだ。
メアリの代わりに、全部僕が復讐してやると。
「すまない……フィリア。言わなければならないことがもう一つ。……レストにエスカがさらわれた」
「……! それは本当か?!」
「ああ、レストは『アストレイ』にエスカを売るつもりだ」
「レスト……! あやつはどこまで……!」
フィリアは怒りのあまり、魔力の奔流を起こし、自身の髪や服を宙に舞わせている。
人は感情が高ぶると、無意識に魔力を放出することがある。
しかし、フィリアがこうなったのは初めて見た。
つまり、我を見失いそうになる程に、はらわたが煮えくりかえり、自身の感情が抑えきれないのだろう。
だが、それは僕も同じだ。
魔力の放出こそしていないが、メアリの復讐の火種を受け取ったことにより、僕の心にはあのとき以上の炎が燃え盛っている。
「フィリア……僕は決めた。レストと『アストレイ』……両方潰すぞ」
フィリアは僕の言葉を聞いて息をのむ。
「よいのか……? あやつらとは何の関係もないのじゃぞ?」
その疑問はもっともだ。
僕の第一目的はクソ女達への復讐だ。
だけどな……。
「良いも悪いもない。理由はなんだっていい。僕は今、あのとき以上に腹が立っているんだ。必ずエスカは取り戻す。そして、メアリの復讐も僕が果たす!」
僕はもう当事者なんだ。部外者などとは誰にも言わせない。
僕はエスカを守ってやれなかった。
そもそも、もう少し彼女のことを知ろうとしていれば、今回のことは防げたのだ。
僕一人の責任だとか言うつもりはないし、メアリ達が僕に事情を説明しなかった理由だって納得できている。
だがそれでも、僕はエスカから目を離すべきではなかった。
子ども扱いしておきながら、肝心なところで大人として扱い、僕はエスカを遠ざけた。
それでは駄目だった……陰からでもどこからでも良い。見守っておくべきだったのだ。
「そこまでお主が背負うことはないのじゃぞ?」
僕の考えを見抜いたようなフィリアの気遣う声が、僕の頭に浸透していく。
「違う……背負うとかじゃない。僕がやりたいんだ」
僕は確かにメアリに復讐の約束をした。
少し一方的だったが、メアリだってそれを少しは望んでいるはずだ。
でもそれだけじゃなくて、僕自身の意思も、レストへの復讐を望んでいる。
その理由は……信じていた者に裏切られたエスカに、あのときの僕を重ねているからかもしれない。
「それにクソ女達に復讐するには、犯罪組織を潰すくらいできなければ、どの道達成できやしない。今の僕の力を試すのには丁度いい」
僕は眼鏡を外さずに、手に炎を生みだす。
魔法の技術が上がったおかげで、眼鏡ありでも、多少は魔法を使いこなせるようになった。
この力を本当に復讐に役立てようと思うなら、そろそろ魔物ではなく、人間で試さなければならないだろう。
「……分かった。あれこれ言ったが、我に反対するつもりは一切ない。一緒にエスカを助けに行くのじゃ」
フィリアはゆっくりと頷き、僕の目を見る。
動揺はもう影も形もなく、フィリアはただ一つの目的を見据え、決意に満ちたまなざしをしていた。
「ああ、行き先については僕にアテがある……。だからメアリを埋葬した後、荷物をまとめよう」
「大丈夫じゃ。いつでも旅ができるように魔道具に荷物は詰めておいた。今からでも出発できるぞ」
そうか、フィリアも色々と準備をしていてくれたんだな。
「なら、野次馬が面倒だし、転移の魔道具を使って、町の外へ行こう」
「ああそうじゃな」
フィリアがネックレスに魔力を込めると、町の外にあらかじめ設置していた魔法陣へと向かって、僕達の体は飛んでいく。
こうして、僕達の町での生活は終わりを告げた。
メアリの一番の願い――エスカを救う――を叶えるためにも、僕はエスカを追わねばならない。
そして、エスカをメアリの墓前へ連れていく。
例えエスカが……もう二度と無邪気に笑えなかったとしても。
これにて第二章は終わりです。
しばらくは更新は休止します。
再開予定は未定なので、楽しみにしているという方は感想などいただけるとありがたいです。
感想があまりいただけないので、この作品はあまり求められていないのかなと不安になったりもしております。
なので短く楽しみにしてるとだけでも書いてもらえると、モチベーションが上がり、更新速度も上がると思います。
長々と喋りましたが、見ていただきありがとうございました。
またいつかお会いしましょう。m(_ _)m




