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……ソコから砕ける

今回は少し長いです。


エスカがレストを父親認め、レイムはエスカから距離をとることを決めた。

 あれから一週間が経った。

 翌日こそ、お互いに少し気まずい部分もあったが、今では以前と同じ距離感で接することができるようになっていた。


「昨日はすごかったんですよ!」


 父親を称賛するときのエスカはとても嬉しそうで、自身の判断は間違っていなかったのだろうと思えるほどには、問題がないように見える。

 そう……見えるだけだ。


 嬉しそうなエスカに、彼女が今抱えている問題を投げかける。

「……なあ、メアリと少しは話をしたらどうなんだ?」


 すると、途端にエスカの表情に影が差し、少し機嫌が悪そうになる。

 エスカはレストと会うようになってから、メアリとの仲がうまくいってないらしい。

 エスカ自身がメアリを避けているようで、家での会話がほとんどなくなっているそうだ。


「……無理ですよ。お父さんのことでボロを出す訳にもいきませんし、何より、お母さんは少し自分勝手すぎると思うんですよ」

「……そうか」


 そんなことはないと否定するのは至極簡単である。

 だが、これはエスカとメアリ……そして、レストの問題だ。

 例え、メアリにエスカのことを頼まれているのだとしても……本来僕に口出しできることではないのだ。






「最近エスカの様子がおかしいんだよ」


 僕がメアリにそう言われたのは、エスカがレストのところに通い始めてから三日目のことだった。


「そうか? 僕には分からないが……」

「分からないねえ……?」


 親子で良く似たじっとりとした疑惑の視線。最近のエスカには向けられることがなかったので、少しだけ懐かしい気分になる。


「何を疑っているのかは知らないが、エスカもいつまでも子どもじゃないんだ。親に言いづらいことも多少はあるだろう」

「……ふう、まあそういうこともあるだろうけどねぇ?」


 ひと息ついて、メアリは考えを改めるかと思いきや、僕への疑いは変わっていないようで、今度はギロリと睨みつけてくる。


「今まで二人一緒に帰ってきてたのに、どうしてレイム一人で戻ってくるんだい? しかもこんなに早い時間に……」


 メアリの指摘通り、魔道具屋の扉を潜った段階では、まだ相当に高い位置に太陽が君臨しており、どう考えても修行を切り上げるような時間ではなかった。

 だが僕には真実を告げることはできない。


「エスカにも……用事があるみたいだからな」


 昨日の段階で、エスカは僕に「母には用事があるとでも言っておいて下さい。私の事情にレイムさんを巻き込む訳にはいきませんから」と伝えてきていた。

 メアリに怪しまれないようにする為に、二人一緒に帰れるよう、僕がエスカを長時間外で待ち続けていたから、そんなことを言ったのだろう。

 だが……気を使われたのか、突き離されたのか……その感情の内容までは、僕にはよく分からない。


 僕としても誤魔化す為に、ギルドで依頼を受けるなどの選択肢はあったが、どうしてもやる気が出なかった。

 いや……僕はおそらく、メアリに違和を感じて欲しかったのだろう。

 そうすることで、僕はエスカの異常をメアリへ伝えようとしたのだ。

 そして、どうやらその思惑は成功したようだ。


「その用事について心当たりは?」

「……男でもできたんじゃないか?」

「それはない! と思うんだけどね……」


 僕の方をジロジロと見ながら、メアリは言った。


「何故そう思うんだ? 確かに僕はエスカを子ども扱いしているが、あの子はもう成人してるんだろう? そういった関係の人間がいてもおかしくないさ」

「あんたは本気で言ってるんだろうけどさ……ハア……」


 メアリは今まで見たこともないほどに大きな溜息を吐く。

 その中にはエスカに対する心配の他に、呆れたような感情も含まれているように見える。


「母としての私の見立てが間違っていたのかね……」

「お前は母としては申し分ないと思うがな」

「そういう意味じゃ……」


 言いかけた言葉をメアリは飲み込み、僅かに微笑む。


「ふふ、まあいいか。レイムに褒められることなんて、おそらく二度とありそうもないしね」

「別に褒めた訳じゃない……」


 僕はメアリから顔を背け、眼鏡をクイッと上げた。

 それは気恥ずかしかったから……だけではなく、真実を語れない心苦しさや、隠し事をしているというやましさからくる行動だった。


「……レイム、あの子のこと……助けてやってくれるかい?」


 一変してメアリは真面目な顔つきになる。

 流石にこんな感情を向けられて、顔を背けたままでいるわけにもいかず、僕もメアリを正面から見据えた。


「僕にできる範囲ならやってやるさ。エスカにはいろいろと魔法を教えてもらった恩もあるしな」

「……そうかい、レイム。頼んだよ」


 満足げに微笑んだメアリの表情が、昔自身の母に見た表情とシンクロし、「これが母親か……」と僕の心を微かに震わせたのだった。






 確かに僕はメアリに頼まれた。だが、僕にできるのはエスカに注意するくらいまで。彼女の本心を曲げるような真似はできない。

 メアリと話すことを望んでいないのであれば、僕は容認するしかないし、レストとの関わりを望んでいるのであれば口出しできないのだ。


「でも……今日で全部おしまいです。そしたら、お母さんにも話を通さないと……」

「おしまい? どういうことだ?」


 小さくエスカの口からこぼれ出た不穏な言葉に、僕は思わず聞き返した。


「お父さんがお母さんと仲直りをしてくれるかもしれないんです。その為に、私も色々と尽力しましたからね」


 エスカはそう言って、ニコリと微笑む。


「子はかすがい。親を繋ぎ合わせるのは子の役目ですから」

「……そうか。僕はエスカがそれでいいなら構わない。今日も早く依頼を終わらせよう」

「そうですね、お父さんが首を長くして待っているでしょうから!」


 父のことを思う笑顔は、以前僕に向けられていた笑顔と重なって……再び心に原因不明のざわつきを生みだす。

 僕はその不快なざわつきを振り切るように、何も考えずにただ脚を動かすのだった。


 これが最後の、子ども(エスカ)らしい笑顔とも知らずに。






「レイム……今日も一人かい?」


 メアリはいつも通り魔道具店の定位置に座っていた。

 しかし、雰囲気はいつも通りではない。

 メアリは日を追うごとに気落ちしており、今日は目に隈のようなモノまでできているようだ。


「……大丈夫か? キチンと睡眠はとったのか?」

「エスカと久しぶりに喧嘩をしてね……少し眠れなかっただけさ」


 本当に少しなら良いのだが、どう見てもそうは見えない。


「なあ、レイム。本当のことを話してくれないかい? 話してくれるまで待つつもりでいたけどね……思っていたより、私は堪えてたみたいだよ……」


 その言葉にはいつもの覇気はなく、メアリが相当に参っていることを明示していた。


「…………」


 メアリは今日で終わりだと言っていたんだ。

 それなら、彼女の口から伝えても、僕の口から伝えても変わりないだろう。

 僕は少しだけ後ろ暗い思いを抱えつつ、意を決して、メアリに真実を伝えることにする。


「エスカは……父親と会っているんだ」

「ちち、おや……?」


 僕の言葉にメアリは呟くように聞き返す。


「ああ、エスカはレストと会っているんだよ」


 僕が繰り返しメアリへ告げたときだった。


「ふざけるんじゃないよ!」


 メアリは激昂し、目の前の机を思いっきり叩く。


「あいつは、あいつはね……!」

「どうしたんだ……? あいつは父親じゃないのか?」


 興奮するメアリに、僕が考えていた一番の可能性を提示する。


「いや、レストはエスカの父親で間違いないさ……! だけど、私のあいつへの感情は怒りや憎しみしかないね……!」


 メアリは吐き捨てるように、レストへの感情を吐露した。


「あいつは異空間の魔道具を悪用して、犯罪組織に売り払った外道だよ……!」


 フィリアに聞いていた話を思い出す。

 確かフィリアは、才能のある悪人の弟子のことを語っていた。

 それがまさかレストのことだったとは……。


「そして……婚約者がいた私をさらって手篭めにした、正真正銘のクズ野郎さ……!」

「な……!」


 衝撃的な事実を告げられ、言葉を失う。


「レストは本当の人でなしさ。まさかこの町に戻ってきていたなんて……」


 悔しそうに唇を噛むメアリを見て、僕は彼女に言っても仕方のない言葉をぶつける。


「何故そんな大事なことを、エスカに教えていないんだ……?!」


 もし伝えていれば、あいつとはすぐに引き離せたのに……!


「言えるわけがないだろ!? 望んで生まれた子供じゃないなんて……あの子に伝えられる訳がないじゃないか!」


 メアリの憎しみと怒りをぶつけられ、冷静さを失いかけていた僕の心に若干の余裕が戻る。

 当事者からしたら、確かにそんなことを言えるはずがないのだ。

 自身の為にもエスカの為にも。


「……そうだな、すまない、忘れてくれ」


 僕は魔道具店から外へ出ようと踵を返す。


「どこへ行くんだい?!」

「エスカを迎えに行く」

「あんた一人でかい?」

「……ああ、これは僕にも責任がある。それにメアリには言いにくい部分もあるだろう? だからここは僕に任せてくれ」


 僕は返事を待たず魔道具屋を飛び出す。

 目的地はあの行き止まりの路地。

 息を切らせながら、僕は進む。


 これで僕も当事者だ。

 あの悪人から守る為なら積極的にこの事情にも関われる。

 そんな言い訳のような思考を繰り返しながら、ただ僕は走る。

 後はあの角を曲がれば――というところで僕に声をかける人物が現れた。


「レイム君……こんなところで何をしている?」

「お前には関係ない……と言いたいところだが、お前に用事だ、レスト……!」


 もう変装する気がないのか、工房のときと同様の格好で、レストはそこに立っていた。


「そうか……意味のないことは嫌いなんだが」

「お前にとっては無意味でも僕にとってはそうじゃない……! エスカはどこだ……?!」

「エスカ? ああ、俺の娘の名か。あまりにも興味がなさ過ぎて、未だに忘れてしまうことがあるんだよ。俺は自分の興味があることしか覚えられないタチでな」


 とても娘に対する言葉とは思えない。

 僕は腹立たしい気持ちを抱えながらも、努めて心を静める。

 こいつにはまだ聞きたいことがあるのだ。


「どうしてエスカに近付いた?」


 レストは僕の質問を聞いて少しだけ考え込む。


「どうして、か。難しい質問だが、強いて言えばうまく行きそうだったから、だな」

「うまくいくだと?」

「ああそうだ。元々姿を隠す為にこの町を利用するつもりだったが、思った以上に娘が私を慕っていてくれていたからな。そのおかげで無理だと思っていた代物が簡単に手に入ったよ」


 レストが嬉しそうに指で弄んでいるのは宝石……いや、違う。アレは前にフィリアに見せてもらったことがある。

 魔道具作りに必要な、魔力を帯びた石、魔鉱石。それより更に貴重で、純粋な魔力を帯びている魔宝石だ。


 あれは僕の眼鏡にも使われており、眼鏡の維持に金がかかるのはこの魔宝石を使っているせいだ。

 だが、僕が知っている魔宝石は青色であるが、あいつの持っているのは紫色だ。

 おそらく用途が違うのだろうが、僕には詳しくは分からないし、今は意味のないことだ。


「それをどうするつもりだ?」

「どうするも何も……魔道具を作って以前のように売るに決まってるだろう?」

「『アストレイ』にか?」

「知っていたか……そうだ、メイデンハントの『アストレイ』だ」


 フィリアの話で聞いていたから、なんとなく予想はついていたが……。


「そこまでして金が欲しいのか?」

「何を当たり前のことを……。誰だって金が欲しいに決まってるだろう?」


 レストの目が、おかしなことを言うなと言外に告げている。

 こいつは本気でそう思っているのだろう。


「それに俺がこの町に潜伏していた理由はな、奴らに脅されていたからなんだよ」

「脅されていただと?」

「ああ、昔売ったのと同じ魔道具を渡さなければ殺すとな。だから俺は逃げた。そして、奴らも故郷の町に潜伏するとは思わないだろうとここを隠れ家に選んだのだが……エスカと出会えたことで、魔道具は問題なく作成することができた。それに、魔道具とは別に手土産を持ってくれば、逃げていたことは不問にするとも言ってくれた……これでしばらくは遊んで暮らせそうだ」

「手土産……?」


 僕は思わずレストに聞き返す。

 答えが分からないからではない。

 話の流れで、彼の言う手土産が何を指しているのか察しはついているが、心のどこかでそんなことがあるはずないと否定している自分がいるからだ。


 おそらく「親子というのはお互いを尊重し、思い合う存在である」という僕の頭に刷り込まれた考えが、手土産の内容を認めたくないのだ。

 例え親子であっても、そういった考えを持てない存在がいるということを考えたくないのだ!


「分からないか? 『アストレイ』に売るのだから、純潔の乙女(エスカ)くらいしかないだろう」


 レストはなんの感情もなく、当たり前のように告げる。


「まさか俺の役に立つ為に、V.L(ヴァージニティ・ライン)をとっておいてくれるとは思わなかったな」


 レストの挙動は、それが事実であると信じて一切疑っていないようだ。

 お前の為な訳がない。エスカの貞操観念がしっかりしていただけだ。こいつは……このクズは、エスカを娘とすら思っていないのかもしれない。

 そんな思いを抱き、僕は思わずレストへと尋ねてしまう。


「娘に……エスカに悪いと思わないのか?」

「……悪いとは思っているさ。でもな、彼女は言ってくれたよ。お父さんの為なら苦労も辛くないとな」


 僕はそのレストの得意げな表情と軽薄な言葉に、頭が沸騰するかのような怒りを覚える。

 その言葉は……! エスカが父と母に仲直りしてもらいたいと思ったからこそ出た言葉のはずだ……!

 それがこんなクズ野郎に曲解され、良いように利用されているだと? そんなことがあっていいはずがない!


「ふざけるな……! お前はあの子がどんな思いで……!」

「思い? 何だか知らんが、そんなこと言ってる場合か?」

「なんだと……!?」


 僕の言葉など最初から聞く耳を持っていないようで、つまらなそうにレストは答える。


「この魔宝石は、メアリが家の地下に大事に隠していたらしい。そして、その魔宝石の代わりにエスカにはあるモノを置いて来てもらった」

「あるモノ……?」

「まあもう遅いとは思うがな」

「お前は何を――」


 僕がレストの真意を尋ねようとしたときだった。



“ドグワアァァァン!”



 けたたましい爆発音と何かが崩れるような轟音が僕の耳へと届き、同時に微かな地響きの感覚も伝わってくる。

 振り返り空を見上げると、ある方角からもうもうと砂煙が立ち込めているのが目に入った。

 その方角には……メアリの魔道具屋がある。


「さようならメアリ。娘をここまで育ててくれて感謝する。……まあ魔道具作りの才能はお前と同じくらいで、奴らに売るくらいしか用途はないが」


 レストは小さく鼻で笑った。

 自身には既に関係のないことだとでも思っているのだろう。その表情はまるで童話の登場人物を嘲笑しているかのようであった。

 不快なレストの言動とエスカの魔道具屋に起こったことが、僕の頭の中でぐるぐると暴れまわる。

 だがそんな中、僕はどうにか落ち着きに向かって思考を切り替える。


 クズ野郎の罵倒はいつでもできる。だから今は……いや、今だからこそ状況を把握することを優先しなければならない。

 殴りかかりたい衝動を抑えながら、レストを睨み、僕はどうにか言葉を絞り出す。


「お前、何をしたんだ……?!」

「俺は何もしていない。やったのはエスカだ」


 手を広げ飄々と告げるレストに、落ち着ききれない僕の怒りが顔を出す。


「そんな詭弁は聞いてない!」

「……真実なんだがな。まあいい。行ってみれば分かるさ。俺はここから退散させてもらう」

「逃がすと思うのか……?!」


 レストはまるで出来の悪い子どもを見るような目で、大きく溜息をつき、おもしろくなさそうに告げる。


「早く行けば、まだメアリを助けられる可能性はあるぞ。……だが彼女を助けられなければ、例え娘を取り戻しても、心に多大な傷を負うだろうな」


 レストはそう言った後、僕に興味はないと言わんばかりに、後ろを向いて去っていく。


「くそっ……!」


 悔しいがこいつの言う通りだ。

 何が起こっているか分からない以上、すぐに爆発音の元へと向かうべきだろう。それに、あの爆発……メアリが無傷である可能性は限りなく低いだろう。

 悠々と歩き去ろうとするレストの背中に向かって、僕は小さく叫ぶ。

 例え負け惜しみだろうと、これだけは言っておかなければならない。


「エスカは、必ず取り返してやるからな……!」


 僕が叫んでもレストが振り返ることはない。いや、おそらく彼は僕の言葉を聞いてすらいないのだろう。

 自身の力不足を悔しく思いつつも、僕はメアリの魔道具屋のある場所に向かって走り出す。

 今の僕に選べる選択肢など、それくらいしかないのだから。



 以下『プロローグ?』へと続く――

お読みいただきありがとうございました。


次回はエピローグになります。

それが終われば、またしばらくは更新が止まるとおもいます。

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