指輪の魔道具
久しぶりの投稿です。
おそらく明日も投稿できると思います。
カップル推奨の店に、なぜかエスカとともに入ることになり、そこで大食いチャレンジに挑戦することになった。
結論から言うと、エスカの食事風景は凄まじかった。
あれだけあったオムライスを跡形もなく食べつくして「腹八分目ですね!」と言ったときは、耳を疑ったモノだ。
でもまあ、とりあえず時間内に食べきれたのは、見事という他ない。
「飲み物の方がオムライスよりきつかったですねぇ……」
「……ああ」
エスカはおそらく量のことを言っているのだと思う。
だが、僕が言っているのはそうではない。
鉢の中から飲み物を飲むには、ストローを使わねばならなかったのだが……何故かそれは一本しか用意されていなかった。
もう一本ストローを頼んでしまうと、また恋人ではないと疑われてしまうので、僕達は仕方なく回し飲みをする羽目になった。
エスカなんて、先程は「キスしても良い」などと意味の分からないことを言っておきながら、間接キスというだけで少し顔を赤らめていた。
これが背伸びをしたい年頃ってやつなのか?
子どもの考えることは分からない。
「素晴らしい……! 三十分であれを食べきるとは……愛の力は偉大ということですね!」
(いや、エスカの胃袋の力だ)
気を利かせたのであろうウェイターの台詞に、僕は心の中でツッコみを入れる。
「いやぁ、そんなぁ……!」
いったい何を照れているんだ? エスカは……。
はっきり言って、照れる要素は皆無だ。
「それでは、時間内での完食を達成された特典として、こちらをどうぞ……」
食事が完了し、随分とスペースの空いた机の上に、ウェイターが大きな台座を置く。
それは装飾品を固定する台座で、その上には二つの指輪が並んで供えられており、特殊な意匠を施されたその指輪は、明らかに普通の装飾品ではないことが予想できた。
「これは……普通の指輪じゃなさそうだが」
「はい、愛し合っているカップルに相応しい魔道具でございます」
僕が尋ねると、ウェイターはうやうやしく頭を下げて答えた。
「エスカ……もしかして、これが欲しかったのか?」
「はい、そうです!」
エスカの方に目を向けて確認すると、まる結婚に憧れる少女のように、彼女は目を細めて嬉しそうに指輪を眺めていた。
「それで……これは、どんな魔道具なんだ?」
僕達は指輪を受け取った後、カップルだらけのレストランを後にして、今は商店街への道を歩いている。
そんな中、エスカがあまりにも嬉しそうに指輪を眺めるばかりいるので、僕は思わず質問してしまった。
「ふふふ、レイムさん、よくぞ聞いてくれました!」
「……面倒そうだから、やっぱりいい」
「いやいや! そんなこと言わないで下さいよぉ!」
なんだ、そんなに説明したかったのか?
「分かったから離れろ」
僕へと縋りつくように訴えかけてくるエスカを引き離す。
「それで……結局それは何なんだ?」
眼鏡の場所を整えながら僕は尋ねる。
「コホン、これはですね……片方を着用して魔力を流すと、もう片方の在処が分かるという魔道具なんです!」
なるほどな……。
僕は眼鏡をクイッと上げる。
互いの居場所が分かる魔道具……ウェイターは愛し合うカップルに相応しいなどと言っていたが、確かにそうなのかもしれない。
まあ、愛がなくなったときは、処分に困りそうではあるがな。
「元々父がこれの元となる魔道具を開発していたらしいのですが、今は母がそれの劣化版を作成してあの店に卸してるんです!」
「だからお前は、あの店のことを知っていたのか?」
「はい! どうしてもそれが欲しくって……。あ、それでですね。母が作った指輪はこの町内の端から端くらいまでの効果範囲なんですが、父の作品は、どんなに遠くても、おぼろげに方向が分かるほど、高性能だったらしいのですよ!」
父親のことを話すときのエスカは本当に嬉しそうだな……。
「……お前の父さんは本当にすごかったんだな」
「はいっ!」
父親が褒められて余程嬉しかったのか、エスカは今まで見た中で一番の笑顔を僕に向ける。
そんな彼女の笑顔に、僕の心臓が少しだけ大きく跳ねた。
「……っ、それでその指輪はどうするんだ?」
自身の心に浮かんだ温かなモノを振り切るように、僕はエスカへと質問を投げかける。
「どうするって……レイムさんと私で持っていようかと……」
僕とエスカで……?
さも当然のようにのたまうエスカに、僕は意味が分からなくなる。
「なんで僕に?」
僕とエスカはただの師弟関係だ。
そんなモノを持ち合う友人関係ではないし、ましてや恋人同士なんかでは決してない。
「あ、えーと、その……レイムさん、その内どこかに行っちゃうんですよね?」
「…………」
どこかへ行く、か。確かに復讐をするのなら、ずっとこの町にいるということはないだろう。
だが、僕はエスカにそのような話はした覚えがない。
メアリか……? いや、メアリにもそんなことを話したことはないはずだ。
「あ、別に誰かに聞いたとかじゃないですよ?」
僕の思考を見透かして、エスカは補足を入れる。
「レイムさんって、偶にどこか遠くを見てるから、多分そうなんだろうと思っていただけなんです。……見事に当たっちゃったみたいですけどね?」
小さく舌を出し、茶化すようにエスカはおどける。
「エスカ……僕は――」
「べ、別に!」
いつかくる別れを告げようとした僕を、エスカが聞きたくないと言わんばかりに遮った。
思った以上の大きな声に、僕だけでなく、彼女自身も驚いているようだ。
「あ、えっと……!」
あたふたと、手と視線をさまよわせながら、エスカは言葉を探している。
「べ、別に……良いんですよ? レイムさんにはレイムさんのやることがあるのでしょうし、関係のない私なんかが何を言っても仕方ないと思いますし!」
エスカは上目づかいで僕ににじり寄る。
「でも……その内いなくなっちゃうかもしれないですけど。その指輪があれば、偶には私……私達親子のことを、思い出してくれるかもしれないじゃないですか……」
エスカのこんなにも哀しげな表情は初めて見る。だけど、どこかで同じような顔を見たことが――
"おにいちゃん"
不意にエスカの顔が……かつての妹、ジャンネの表情と重なる。
僕は無意識の内に、昔妹にしたようにエスカの頭を撫でようと腕を上げた。
「……ッ!」
もう少しで頭に触れるというところで、僕はその幻影を振り切るように頭を振る。
僕は何をやっているんだ……!
手を下ろしながら僕は自問する。
そもそもジャンネとエスカを重ねるなど、あってはならない。
憎き復讐相手と……エスカを同一視するなんて……!
エスカはあいつとは違う……! あいつとは――!
「レイムさん……?」
ある答えに行きつこうとした僕の思考に、エスカの声が響く。
霞む思考がエスカの声に反応し段々とクリアになっていき、しばらくすると、心配そうに僕を見上げているエスカの表情がはっきりと目に映った。
散らばった心を落ち着ける為に、僕は一つ大きく溜息を吐いた。
「ふう……仕方ないな」
僕はエスカへと手を差し出す。
「その指輪……もらっておこう」
呆けた顔を晒しているエスカを僕は鼻で笑う。
「ふっ……まあ、お前みたいな大食らい、忘れようと思っても忘れられないとは思うが?」
「なっ……!」
わなわなとふるえているエスカに、僕はできる限り落ち着いた声で言ってやることにする。
「お前の子供じみた願いくらい叶えてやるよ……僕はお前と違って大人だからな」
僕は眼鏡をクイッと上げた。
「……レイムさんは、やっぱり失礼ですよぉ……!」
拗ねたような言い方だったが……顔は笑っていた。
子ども扱いをする僕と、それに反抗するエスカ……僕達はそんなやり取りと関係を、これからも続けていくのだろう。
このときまで、僕はそう思っていた。
「メアリ……?」
みすぼらしいローブを着た男が、エスカのことを彼女の母の名で読んだ。
その瞬間が、僕達の関係が決定的に変わり始める契機だったのだろう。
商店街の途中、見慣れない露店が彼の足元には広げられていた。
この場所は僕の家とエスカの家のちょうど中間あたりで、毎日この場所を通っていた僕が知らないということは、今日初めてここで店を開いているのだろう。
「いや、まさか、あの頃と同じ姿な訳が……」
店主と思しきみすぼらしい男が、エスカに声をかけた後、ブツブツと何かを呟いている。
正直に言って、あまり関わり合いになりたくないタイプだな。
「メアリって……私の母を知っているんですか?」
しかしエスカに「相手にするな」とは言えなかった。
僕自身、何故エスカをメアリと呼んだのか気になっていたし、彼女にとっては肉親に関わることだ……止められる訳がない。
「母……そうか、母か……!」
得心がいったのか、男はニヤリと怪しく口角を上げる。
「……あなたはいったい何者なんですか? 私の母を知っているんですか?」
不躾な男に、流石のエスカも訝しげな眼差しを向けている。
「ああ……私はメアリと同じ師に教えを受けた魔道具職人だからな。知っていてもおかしくないだろう?」
「……フィリアにか?」
意外な事実と、フィリアの関わりに、思わず僕も口を出していた。
「メアリの娘……この男は誰だ?」
濁った眼で睨んでくる男に、僕の不信感は更に高まっていく。
「もしかして……お前の男か?」
エスカは予想外の言葉に、最初は意味を理解できていなかったようだが、理解するにつれて段々と顔が紅潮していく。
「な……ち、違いますよ! レイムさんは……フィリアさんの恋人さんですよ!」
慌てるエスカの言葉を聞いて、今度は男の方が予想外だったようで、段々と驚愕の表情へと変わっていく。
「師匠の恋人……?! あの人はそういった俗なものに興味がないと思っていたのだがな。ふ、そうか……あの人も一応は女だったわけか」
ふざけたことを言うやつだな。
町中でなければ殴り倒したいくらいだ。
「……おい。弟子だか何だか知らないが、随分な言い種だな?」
心の奥から噴き出てくる不快感を少しでも紛らわせるために、僕は眼鏡を上げながら尋ねる。
「ん……? ああ、不快にさせたのなら悪かった。私は思ったことは口にしてしまう質でな。悪気はないんだ」
男はお手上げのポーズをして謝っているが、悪びれているようには見えない。
「……少しは気をつけることだな」
「ああ、忠告痛み入るよ」
男のふざけた態度に不快感は収まらないが、ここで怒ったところで何の得にもならないので、これ以上追求はしない。
それにしても……魔道具職人か……。
チラリと露天に並べられた品々を見ると、確かに魔道具特有の独特な意匠や魔法陣をあしらった物ばかりだった。
「そういえば……師匠はまだ弟子を取っているのか?」
「いや、十数年前から弟子をとっていないと言っていたが」
「ふ……まあそりゃそうだわな……」
僕の不快感を隠さない態度を気にすることなく、皮肉に塗れた笑みを男は浮かべた。
なんだ、その表情は……?
「まあそれはいい。折角だ、魔道具でも見ていかないか?」
表情の意味に疑問の声を上げる前に、男はそう提案し、露店の中央に座り込んだ。
「せっかくですし……少しだけ見ていってもいいですか?」
遠慮がちにエスカが尋ねてくる。
そうだな……どうせエスカを家に送った後は家に帰るだけだし、断る必要もないか。
「……まあ、少しだけならな」
「ありがとうございます!」
僕に頭を下げると、エスカは露店の方へと駆け寄っていった。
そんな彼女に少し呆れながら、僕も後を追って、ゆっくりと露店の方へと近付いていく。
エスカは大風呂敷に広げられた品々を興味深そうに眺め、男に色々と質問を投げかけていた。
魔道具職人になりたいと言うだけあって、母やフィリア以外の作った魔道具に興味があるのだろうな。
「これは……?!」
そんなことを考えていると、エスカはある一つの魔道具を手にして驚愕の声を上げた。
「どうした?」
「これ……さっき貰った魔道具と同じ物です……」
僕の方を見ずに呟くようにエスカは言った。
「同じって……互いの居場所が分かるってやつか?」
「はい、そうです……。あの、店主さん。これはいったいどこで……?」
「どこでって……変なことを聞かないでくれ。俺が作ったモノに決まっているだろう」
「そ、そんなはずありません!」
エスカは掴みかからんばかりの勢いで男へと詰め寄る。
「お嬢ちゃん、落ち着けって……そんなはずないっていうのは、どういう意味だ?」
「こ、これを見て下さい!」
エスカは店で手に入れた指輪の魔道具を、男の目の前に提示する。
「これはお父さんが元となるモノを創造して、お母さんがそれを模倣して作ったモノです! 効果だけなら同じようなモノはあるかも知れませんが、肝心な魔法効果の意匠……これの彫り方は父か母にしか分からないはずなんです!」
余程衝撃的なことだったのか、エスカはいつも以上に感情的になっている。
指輪に嵌め込まれた宝石の周囲に掘られた独特な彫刻……改めて、僕ももらった指輪を確認してみると、確かに素人目でも、同じような模様が刻まれていることが分かった。
「お父、さん……? く、ふふふ……クックック……!」
「な、何がおかしいんですか?!」
いきなり笑いだす男に、エスカは不信感をあらわにする。
「い、いや、何にもおかしいところなんてありはしないさ。まあでも、お前の疑問の答えは、もう出ているじゃないか……つまりそういうことだよ」
「そういうこと、ですか……?」
要領を得ないエスカを愉快そうに眺めながら、男は自身の考えを告げる。
「俺が……お前の父ということだ」
お読みいただきありがとうございます。
お疲れさまでした。




