情報と、エスカへの報酬
投稿遅れて申し訳ありません。
おそらく今後こういったことが増えるかもしれませんが、応援を続けていただければ嬉しく思います。
「ここでいい……」
ギルドからそう離れてはいない開けた場所で、リーダーの女性はそう告げた。
「まずは自己紹介だ。私の名はリーフ、ティエルの町を拠点に冒険者をやっている」
ティエルか……クソ女達が、比較的頻繁に遠征に向かっていた場所だったな。
確か、漁港があって、魚が特産品ののどかな場所だと言っていたような覚えがある。
リーフは僕に握手を求め、手を差し出す。
「僕はレイム……冒険者だ」
僕は自身の名を口にした後、差し出された手を握った。
(冒険者か……)
一瞬悩んだが、職がないなどと言えるはずもない。
強いていえば主夫だったが、最近は魔法の練習にかまけて、家事はフィリアに任せっきりだったので、それも当てはまらなくなっている。
冷静に考えると……僕はただのヒモじゃないか?
その考えに辿りついたところで、僕は思考を断ち切る。
そんなはずはない。確かに今は金を稼いではいないが……これから稼げばいいのだ。
魔法も強力なモノを使えるようになったし、おそらく昔のクソ女達よりは強くなっていると思う。
眼鏡の維持費もあるのだし、その内、金策も考えないと駄目だな……。
「冒険者……? レイムさんって登録すら――」
「エスカ、お前は黙っていろ。大人にはいろいろ事情があるんだ」
円滑に話を進める為にも、ここで水を差される訳にはいかない。
決して、職がないということを恥じているわけではない。
「そうか、あんたがレイムか……」
「……知っているのか?」
「昔、ラーナに聞いたのさ、将来を誓った……っと、これは言わない方が良いかい?」
気まずそうな表情で、エスカの方に視線を移すリースに、僕はおそらく苦々しげな顔を向けていただろう。
「別に構わない……僕の中ではもうあいつとの仲は決着がついている。それに、こいつと僕はそんな関係じゃない」
「え? そうなのか?」
リーフは何故か心底意外そうな表情で、僕の顔とエスカの顔を見比べる。
「そんなに不思議がることか? 僕達はまだ出会ったばかりで、お前は僕とエスカの関係など知らないだろ?」
そこまでエスカとは仲良くしていないし、勘違いされるようなことをした覚えもない。
「いや、さっきギルドで殺気を向けられて、怖がってた嬢ちゃんを助ける為に頭まで下げたから……てっきりね」
「……フン、教えを願う立場なのだから、下手に出るのが当たり前だと思いなおしただけさ」
僕は眼鏡をクイッと上げながら、リーフに告げる。
エスカの師弟関係と一緒だ。
僕は別に特別な感情で行動を起こしたわけではない。
そんなはずは……ない。
リーフは僕の言葉に納得していないのか、腕を組んで何事かを考えている。
「……まあ別にいいか」
しかし、それが意味のない思考だという答えに思い至ったのか、話を進めることに決めたようだ。
「それで……ラーナの話しが聞きたいんだったな?」
僕は無言で首肯する。
「あいつがティエルに来たのは、一週間ほど前だったかな。いきなり意味の分からないクエストを依頼して、町の男どもを集めたのさ」
あのときの宿屋での出来事が僕の頭をよぎり、言いようもない不快感が襲ってくる。
つまりは、ラーナはティエルでも同じような真似をしていたわけだ。
「……その顔を見ると、知ってるみたいだね?」
チラリとリーフはエスカの方を確認する。
子どもには聞かせられるような話ではないからな。
「ああ、詳しくは言わなくていい。それで?」
「私の姉がラーナへ抗議しに向かったんだ。流石にあんな真似を、自分達の拠点の近くでやられたら不愉快だからね。それで抗議に向かった姉さんを……ラーナは容赦なくボコボコに痛めつけたのさ。少し前まで姉さんには逆らおうともしていなかったってのに……ギルドに来たときも妙に横柄な態度で挑発してくるしね……!」
リーフはそのときのことを思い出したのか、段々と声に怒気がこもっていく。
クソ女にとって、強さは絶対的な意味を持つのだろう。
自分より強い者には従い、弱い者には有無を言わせない。
想像以上のクズになり下がってるな。
「それで、ラーナと戦った後に姉さんは言われたらしいんだ。『王の誘いを断らなければ、ここまでされることもなかったのに』ってね……!」
王の誘いを断った?
もしかしてリーフの姉は、ハーレー王に会いに来るように言われていたのか? あのときのクソ女達みたいに……。
「おそらくこの件に関しては、王の圧力がかかるのは間違いないと思う。王に盾突いても握りつぶされて終わりさ。だから、ラーナの狂言という可能性に賭けて、この町に抗議に来たんだけど……。まあ、無駄足だったってわけさ」
話し終えて、少し落ち着いたのか、リーフは溜め息を一つ吐いた。
「……そうか、悪かったな。嫌なことを思い出させて」
「いや、いいさ。あんたにも色々あるだろうしね。私達はもうティエルに帰るよ。縁があったらまたね」
「ああ……縁があったらな」
リーフは僕の言葉を聞いて、呆れたような笑いを浮かべ「出会いは大切にな」とエスカと僕を見て意味の分からない発言をする。
「それはどういう――」
僕が言葉の意味を尋ね終える前に、その一団は振り返りもせずに去っていった。
「……あの、レイムさん?」
おずおずとエスカが問いかけてくる。
「なんだ?」
「その……ラーナさんって――」
「…………」
「――いえ何でもないです」
僕の表情を見た瞬間に、エスカは目を伏せ、質問を取り下げる。
質問をやめたエスカの真意は分からないが、僕には元々その質問に答える気はない。
ならば、ここは話を変えてしまうのが手っ取り早い。
「……早くギルドに行くぞ。早くクエストを終わらせて、報酬で何か美味い物でも食べるとしよう」
エスカは食い意地が張っている。食事で釣れば大抵のことは解決するはずだ。
「……え? いいん……ですか?」
やっぱり食いついてきたな。
「普段魔法の練習に付き合ってもらってるからな。まあ礼を兼ねてってやつだ」
「そ、それじゃあ、私行きたい店があるんです!」
「ああ、どんな店でも連れて行ってやるよ。報酬の範囲内で賄えるならな」
「言いましたね、レイムさん! 後で『やめた』はなしですからね!」
エスカははしゃぎながらギルドへの道を駆けていく。
全く……そういうところが子どもだっていうんだよ。
そんなエスカの無邪気な姿を見て、僕の口元は少し歪んでいた。
しかし、それは僕を含めて、おそらく誰も気づいていなかっただろう。
「やめた」
僕の口から出たのはその一言だった。
「レイムさん、やめたはなしって言ったじゃないですかぁ!」
エスカは僕の腕を抱き、店の中へと僕を連れ込もうとしてくるが、僕はどうにか踏ん張って、抵抗を試みる。
「そうは言ったが、これは予想外だ!」
ギルドのクエストは思いのほか早く終わった。
なにせ、エスカが張り切って複数のクエストをまとめて受けたにも関わらず、僕の知らない策敵の魔法や、遠距離からの的確な魔法の使用方法などで、あっという間にほぼ全て終わらせてしまったのだ。
「あっ! そういえばレイムさんの魔法の練習をしてないですね!」
最後の方でエスカがようやくその台詞と共に今日の趣旨を思い出し、居場所も対策も全てエスカの指示で分かりきっていた魔物に魔法をブチ込んだのが今日の僕のハイライトだ。
それからギルドで報酬を貰い、エスカが行きたいという店まで来たのだが……。
「なんだ、この店は……! カップルばかりじゃないか!」
テラス席から店内まで、見える範囲のところには男女のペアばかり……。
こんな場所、フィリアとでも抵抗があるぞ……!
「こんなところにいられるか! 僕は帰らせてもらう!」
「そんなミステリーで真っ先に死ぬような人間の台詞を吐かないで下さいよぉ! ここは男女ペアでしか入れない店なんです! だからお願いしますよぉ! こういう機会でもないと、絶対に来れないんですからぁ!」
駄々をこねる子どものように、エスカは僕にしがみついて離れようとしない。
「……分かった、分かったよ! どうせ何かを食べるだけだし、少しくらいは我慢してやるさ。……一応約束だしな」
「わーい! レイムさんならそう言ってくれると思ってました!」
両手を上げて体全体で喜びを表現した後、エスカは再び僕の腕に抱きついてくる。
「お、おい……!」
「一応ここはカップル限定なんで、バレないようにしないといけませんよ」
その言葉を聞いて、自身の発言に若干後悔しつつも、僕は手を引かれるまま店内へと入る。
適当に開いているテーブルにつき、しばらくするとウェイターがやってきた。
「ご注文をどうぞ」
「カップル大食いチャレンジで!」
「……かしこまりました。こちら三十分で完食できない場合、金貨一枚となりますが、よろしいでしょうか?」
「はい、もちろんです!」
「少々お待ち下さい、準備に時間がかかりますので……」
そう言って、うやうやしく頭を下げた店員は、店の奥へと引っ込んでいった。
「……おい、金貨一枚って……今回の報酬じゃ足りないぞ?」
今回手に入れたのは銀貨七十枚ほどだ。
金貨一枚は銀貨百枚の価値なので、まあどう考えても足りない。
「大丈夫ですよ。完食すればタダですし、残りは私の自腹で払います!」
「あのな……ここで金を全部使う気はなかったんだが?」
「それは……すいません。食べきれる気だったんで、そこまで頭が回ってませんでした……」
シュンとしたエスカを見て、僕は一つ溜息を吐く。
元々は折半する気だったのだが、エスカが勝手に報酬の使い道を決めたのなら話は変わってくる。
このまま何のお咎めもなしなら、また同じようなことを起こすだろう。
無条件で許容はできない……ということは、報酬のなくなるリスクを僕が負うなら、僕に何かリターンがあれば良い。
つまりはエスカに言い訳を用意してやるのだ。
「まあ、完食できたら、報酬を全部もらえるなら許してやるさ……」
別にお金欲しさで言っているわけではない。
これで、少しは反省してくれればいいだけだ。
「はい! 元々お金を多く受け取る気はなかったので、それで大丈夫です! レイムさん……本当に申し訳ありません……」
「フン、僕は金がもらえるならそれでいいだけだ。だから謝る必要はない」
「これからは気をつけます……」
エスカの殊勝な言葉と態度に思わず、しょうがないなという気持ちがこもった息を吐く。
「……そうだな、これからは――ッ」
僕は優しげな自身の言葉を、咳き込みそうな勢いで思わず飲み込んだ。
これから? これからだって?
何をバカなことを考えているんだ僕は……!
エスカとの間にこれからなんて言葉は――
「……? レイムさん?」
心配そうなエスカの声で僕の意識は現実へと戻る。
「……なんでもない、少しお腹が空いてきたなと、思っただけだ」
ありえない。
変な店に入ったせいで……周りにカップルがたくさんいるせいで、僕はそんな思考に至ってしまったのだろう。
一刻も早く食事を終えて、店を出なければ……。
「あっ! きましたよ! カップル大食いチャレンジ!」
エスカが嬉しそうに指を指している方向に目を向ける。
「ありえない……」
先程までの懊悩はどこかへと消え去り、今は自身の目の前に繰り広げられる光景にただ驚くばかりだ。
机の上には、その半分以上を埋めつくす大きさのオムライスが皿の上に鎮座し、もう半分には、蒼い液体が入った鉢のようなモノが添えられている。
この青い液体はおそらく何かの飲み物なのだろうが……量が多すぎる。
飲むだけでお腹が膨れてしまいそうだ。
「すごいですよね! このボリューム! 味の方も絶品らしいんですよ!」
「はい、お客様に満足いただける仕上がりとなっております」
ウェイターが恭しく礼をする。
「お前……これを全部食べきるつもりか……?」
「え? そうですけど?」
なんだその「当たり前じゃないですか」ってな感じの反応は……僕の方が異常なことを言っているみたいじゃないか……!
「それでは合図をしてから、三十分経過するまでに食べきって下さい」
どこからかウェイターが取り出したのは砂が落ち切った砂時計。
「はい、いつでもいけます! レイムさんも準備は良いですか?」
エスカはスプーンとフォークを持って準備万端だ。
「……待ってくれ、取り分ける皿をくれないか? 男女が同じ物を一緒に食べると、何かと外聞も悪いだろう?」
流石にこのまま二人で一つのオムライスを食べるのは行儀が悪い。
それに同じ物を食べていると……やっぱり、その……エスカも嫌がるはずだ。
「え、あーそれは……」
エスカも同じ考えに至ったのか、少しばつの悪そうな顔をしている。
「はい? お二人はカップルでございますよね? そんなお二人が今更そんなことで……」
と言ったところで、ウェイターが僕へと顔を近づけ、少し低い声で言葉を発する。
「これは疑っているわけではありませんが、カップルと虚偽の発言をした者達には罰則があります。それを踏まえて、この質問にお答え下さい。……あなた方はカップルでございますよね?」
罰則だと……!? そんなこと聞いてないんだが……。
チラリとエスカの方を見ると、首をブンブンと振っている。
バレると余程不味い罰則があるのかもしれない。
「……僕達は純然なるカップルだ。そうだな、エスカ?」
「は、はひい! か、かか、カップルですぅ!」
おい、うろたえすぎだろ……! いくら疑われてるからといって、それじゃあバレバレだろ……!
「ふむ……少し疑わしいですねえ。こうなったらお二人には証明の為に……キスでもしてもらいましょうか?」
「きききき、キスぅ!」
先程以上のうろたえっぷりを見せるエスカに僕は内心溜め息を吐く。
こいつに演技は無理だな……。
「……悪かった、小皿などはいらない。さっさと始めよう」
「ですが、あなた達がカップルでない場合……」
「いまから、どうせ一緒の皿で食べるんだ。それが何よりの証拠になるだろう? それに……初めてのキスをこんなロマンもへったくれもない場所で交わす程、僕は愚かしい人間ではないつもりだ」
ウェイターの目を真っ直ぐ見て伝えると、彼は目からうろこが落ちたような顔で僕を見つめる。
「なるほど……! これは失礼しました。 初々しいカップルはそれでよろしいと思います。……良かったですね、お嬢さん。しっかりと考えて下さるパートナーで」
ニコリと人の良い笑みをウェイターはエスカへと向ける。
「は、はい! でも……」
エスカが僕の方をチラチラと窺ってくる。
何だ? 何か言いたいことでも……?
「キスしても……良かったんですよ?」
上目づかいでそう言ってくるエスカに、僕の心は微かに動かされただろう。
しかし、それを頭が感じ取る前に怒りが僕を包み込んだ。
(せっかくまとまりかけた話をややこしくするな!)
「はは、彼女さんはこうおっしゃっていますが?」
「知らん、早く始めてくれ……!」
僕は頭を抱えながら、大食いチャレンジの開始を催促するのだった。
読んでいただきありがとうございました!




