エスカの願い
フィリアとの幸せな夕食の次の日の話
とうとうストックが切れました……
二日に一回投稿はなるべく守りたいので、日曜日に書き上げるつもりです。
もし難しい場合は、もう一つの作品を連続であげるつもりなので、よろしければそちらをどうぞ……
「今日もエスカと?」
昨日は予定を聞き忘れていたので、今日もメアリの元へやってきたわけだが、やはり今日も僕と魔法の練習をするのは娘のエスカであるらしい。
「いや、申し訳ないけど、今日も……というよりずっとエスカで良いかい?」
「いや、いいわけないだろ」
精神的にエスカといると疲れるし、魔眼の効力的にも、これ以上は一緒に行動しない方がいいだろう。
「それがさ……エスカの方があんたに教えたいって言いだしてね……」
メアリは自身の後ろに隠れるエスカへと、困惑気味な表情を向ける。
そのエスカはと言えば、メアリの向こう側から、僕の方をチラチラと窺っているし、何故か僕と目が合うと露骨に反らしてくる。
こいつは何をやってるんだ?
「おい……こいつはどうしたんだ?」
「それが……私にも分からないんだよ。今日の朝いきなり言いだしたんだから……」
メアリも困惑した様子で理由は分からないようだ。
これは本人に聞くしかないか……。
別に聞く必要もないだろうが、後でゴネられても面倒だ。
「おい……僕はお前に教わるつもりはないと言ったはずだが?」
「え、あ、そ、その……やっぱり、ダメ、ですか?」
なんだこいつ……昨日と全然態度が違わないか?
「駄目……というか何で教えたいのかを言って欲しいんだが?」
いや……駄目で良いだろ……。
僕もおそらく、エスカの態度の変容に少なからず動揺しているのかもしれないな……。
失敗したと思いつつも、聞いてしまったからには聞かねばならないだろう。
「いや……私、最近魔法使ってなくて……それで、少しリハビリというか、私も魔法を使おうかなって……」
なんだその理由は……子どものわがままに付き合ってる暇はないぞ……。
しどろもどろな彼女の態度に呆れ、僕は思わずため息を吐く。
「はあ……そんな軽い理由で教えられても困るだけだ。僕はお前の子守じゃないんだぞ?」
「そ、そうですよね……。すいませんわがまま言って……!」
エスカはそう言うと、いきなり後ろを向いて店の奥へと引っ込んでいく。
「あ……おい……!」
エスカは僕が止める間もなく、見えなくなってしまった。
何なんだよ……あいつは……?
子どもの気まぐれっていうのは分からないな。
これが俗に言うジェネレーションギャップってやつなのか?
そんなことを考えながら、僕は呆然と立ち尽くしていた。
メアリもエスカが去っていった方向を気にしているようだ。
しばらくした後、メアリが突然僕に声をかける。
「……レイム……あたしもエスカのお願いを受けてあげて欲しいんだよ」
「……なんでだ?」
正直意外だな……。
こういったことは本人同士に任せるって考え方だと思っていたんだがな。
「あの子……魔道具職人になりたいって言ってるけど、そっちの才能は私と似たり寄ったりだと思うのさ……だから本当は得意な魔法を生かせるような職について欲しいんだよ」
まあそれは親心だろうな。
子どもの好きなように生きて欲しいとは思うが、子どもに苦労をして欲しいわけではない。
もちろん子どもを意味もなく束縛し、言い付けを守る人形であるように強いる者もいるだろうが、メアリはそういったタイプではないだろうと思う。
「あたしの後を継ごうっていうのは、嬉しいんだけどね……。まあ、それでさ……あんたに魔法を教えることで、魔道具職人以外に道があることを考えてくれるかもしれないだろ?」
「……なるほどな」
僕は眼鏡をクイッと上げる。
確かに魔法を使うことで、エスカは何かを掴む可能性はあるだろう。
僕に教えることで、教師の道が見えるかもしれない。
魔法が上達することで、冒険者の道が開けるかもしれない。
もしかしたら魔法など関係なく、他の道があるかもしれない。
僕には関係ない……だが、フィリアと共にこの街でずっと暮らしていくのなら、何かしらの恩を売っていてもいいかもしれないな。
「良いだろう……僕だって鬼じゃないさ。子どもを見守るのは年長者の務めでもあるしな」
「……そうかい、感謝するよ」
そう言ってメアリは少し微笑んだ。
「……レイムはこう言ってくれてるよ。そこにいるんだろ、エスカ?」
メアリが店の奥への通路に目を向けて声をかけると、エスカはおずおずと通路の影から顔を出した。
近くにいたのか……だからメアリはそちらを気にしていたんだな。
全く、僕には子どもの気まぐれは分からんが、親にとってはそうでもないらしい……。
「……早く支度しろ。魔法の指導をするんだろ?」
僕は仕方ないなと思いながらもそう言うと、エスカは満面の笑みになる。
「は、はい! 今すぐ準備して来ます!」
この日から僕の師匠は、メアリ・イラから、エスカ・イラへと変わったのだった。
「はい、やはりスジがいいですね!」
僕の魔法を見届けた後、エスカが賛辞を述べる。
こいつが魔法の師匠になってから、一週間ほどが経ち、僕は中級程度の魔術はほとんど使えるようになっていた。
「世辞はよせ……お前に言われると、才能の差ってやつがよく分かる」
確かに魔法の修行を始めた時期を考えると、差があるのは仕方がないことなのかもしれないが、納得できるかと言えばそうではない。
「こういうのはパッとやってピッとすれば簡単なモノですよ!」
こいつは感覚型だ……。
最初に教えてもらったときも、ゾワッとしたら……などと言っていたし、抽象的な表現が多過ぎるのだ。
確かにコツというモノはあるし、なんとなくは言っていることも理解できるのだが、彼女の感じているモノが僕と同じとは限らない。
おそらく彼女の魔法に対する感覚はかなり敏感なのだろう。
「……やっぱり、メアリに代わってもらうか……」
「あ、いやいや、ちゃんと教えられますから! 大丈夫ですから!」
このやり取りも一週間ずっと続けている気がする。
「まあ、今日はこの辺りにしておくか……」
最近は魔力枯渇まで魔法を使うということはしておらず、余裕を持って切り上げるようにしている。
肉体も魔法も鍛えるときは、全力でフラフラになるまでやっても、高い効果は得られない。
それどころか、逆に体を壊すことになりかねないのだ。
魔力も空にするより、少し余裕があった方が、増加しやすいとも言われているしな。
「もう終わりですか?」
「まだやりたいなら僕が帰ってからまたやってくれ」
子どもの体力には付き合いきれんからな。
「でも、それじゃあ意味が……」
「意味? 何か理由があるのか?」
僕がいぶかしんで聞いてみると、エスカは慌てながら、手をバタバタさせて否定する。
「い、いえいえ! 何もないですから、私もやめますよ!」
「そうか、勝手にしてくれていいぞ」
僕が帰った後のことにまで興味はない。
「……レイムさんは本当に意地が悪いですね……」
「悪口は僕のいないところで言ってくれ」
僕達は最初の頃に比べると、大分自然に会話をするようになった。
なんとなく互いに距離感も分かってきたようで、最初の頃のような言い合いもなくなった。
でもそれは、別にエスカに心を許している……というわけではない。
ただ、教えてもらう者として最低限の礼儀をわきまえているだけだ。
「さて……帰る前に一つ質問してもいいですか?」
質問か……こういった脈絡のない会話の起点は、エスカと一緒にいればよくあることだ。
おそらく質問自体に意味はない。
意図は分からないが、彼女は帰ろうという段になると、こういう風に時間を伸ばそうとしてくるのだ。
だが、先程言ったように、教えてもらう者として、すげなく断るような真似もできない。
「……内容にもよるな」
とは言っても答える気はあまりない。
一度答えると、そこから際限なく時間が引き延ばされていくことを、僕は知っている。……もちろん、一度失敗したからだ。
「レイムさんは何で魔法を?」
にこやかな顔でエスカは質問を投げかけてくる。
僕はこの質問に答えたくない。理由なんて分かってる……子どもに聞かせるようなことじゃないからだ。
それに僕にこの質問に答える義務も義理も責任も必要も全くない。
ないはずなのに――
「復讐だ……」
僕の心と裏腹に口から飛び出た、どす黒くて燻った熱を持った言葉……。
やはりまだあるのだ。
僕の中に、この醜く、その身を焦がしかねない真っ暗な感情が――
「え……?」
聞こえたから聞き返したのか、聞こえなかったから聞き返したのか……どちらかは分からないが、今は都合がいい。
僕は自身に都合の悪い話題を変える為に、逆に質問することにする。
「お前こそ……なんで魔道具職人になりたいんだ?」
答えは知っている。
この質問は答えが欲しくてした訳じゃない。
ただ、自身の中の醜いモノから、エスカの目を逸らしたい……ただそれだけなのだから。
メアリが言っていたことが本当なら、確か彼女の後を――
「……私、お父さんを尊敬しているんです」
エスカは少し嬉しそうにその言葉を口にして、僕は思いがけない単語に動揺し、思考を打ち切られる。
父親……? 何故父親がでてくるんだ?
そんな疑問をよそにエスカの嬉しそうな声は止まらない
「私が生まれる前に亡くなったらしいんですけど、父はすご腕の魔道具職人で才能に溢れた人だったらしいです」
そういえば、今までエスカの父親の話は聞いたことがない。
もしかしたら、彼女達にとって、亡くなったこと自体あまり触れてはならないタブーなのかもしれない。
「小さな頃からそう聞かされてきたのでやっぱり憧れるんですよね! 父のような魔道具職人になりたいって……!」
「だからフィリアに弟子入りを願っていたのか?」
「はい、お母さんは私と才能はあまり変わらないって言いましたけど、実際やってみないと分からないじゃないですか! もちろんお母さんやフィリアさんが魔道具職人だからっていうのもありますけど……」
なるほどな……。
僕は眼鏡をクイッと上げた。
死人という存在は基本的に美化される。
そして、生者というのは、常に誰かしらに評価されながら生きていくモノだ。
評価は悪い行いをすれば下がり、良い行いをすれば基本的に上がる。
逆に死人とは、言うなればそれ以上評価が下がらない存在だ。
もちろん死んだあとに何か悪行が発覚すれば、下がるかも知れないが、大半の者は死んだ瞬間に評価が上がり、後はそのままの評価が残り続ける。
つまり、エスカにとっての父親はそういうことなのだろう。
近くにいない存在、自身にいやな思いをさせない存在……だからこそ美化され、評価が下がらないのだ。
「そうか……まあ、お前の人生なんだから、好きにすればいいさ……」
何も子どもの夢を壊すことはない。
僕は本心を深く語らず、当たり障りのない返答をする。
「……でも、もしかしたら、お父さんって……レイムさんみたいな人なんですかね……」
何気なく……本当に何気なく、エスカはそう言った。
しかし、その言葉の中には、そんな何気なさなど吹き飛んでしまいそうなくらい、幾重もの感情――感慨深そうで、せつなそうで、懐かしそうで、泣き出しそうで、微笑みそうな心情――が込められていた。
気のせいか、エスカの目は少し潤んでいるような気もする。
僕は彼女のそんな表情から目を逸らすように、眼鏡の位置を直すふりをした。
エスカが何を考えているかなんて分からない……分かるはずもない。
だけど理由は分からないが、僕はそんな彼女の姿を見ていられなかったのだ。
「……失礼なことを言うな。僕はまだ二十にもなっていないぞ」
「ははは……! すいません、冗談ですって!」
いつもの空気が戻ってくる。
そして僕達はいつもの場所へと帰っていく――
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