幸せな食卓
エスカの子どもじみた行動に腹をたて、彼女と魔法の打ちあいをしたレイムだった。
本日は短いです。
最近筆が進まず、未定ですが、もしかしたら更新が遅れる可能性があります。
申し訳ありませんが、ご了承下さい。
「魔眼が効かなかった……?」
フィリアは驚き、口元へ向かわせていたフォークを止めた。
夕食の時間に、こうやって彼女と机を挟んで今日の出来事を語りあうのも、最早日課になった。
今は異空間で、僕がエスカに魔眼を使用したときのことをフィリアと話しているところだ。
「……というか、そもそも何故エスカに魔眼なぞ使ったんじゃ?」
「ああ……元々の原因はメアリだな。どうしても外せない用事があるとかで、エスカに魔法を教えてもらうように言ってきたんだ。僕も最初は断ろうとしたが、エスカがあまりに強引に話を進めてきてな……その流れで魔法を使わざるをえなくなったんだよ」
流石に子どもじみた怒りをエスカに覚え、それを解消する為だとは言えない。
そんな僕の心の内を疑うように、フィリアがじとっとした目を向けてくる。
「ほんとかのう? 本当はエスカを気持ち良くしてやろうとしたんじゃないのかの?」
「…………」
フィリアの指摘は間違っていないが……善意や好意で行った行動ではない。
僕にはフィリアだけなのだから、そんな浮気を疑うような目を向けられるのは……とても心外だな。
「もしかしてフィリアも気持ち良くして欲しかったのか?」
「な! そ、そんなわけないのじゃ!」
机を叩き、体全体でフィリアは否定する。
「だが、残念だ。今日も魔力切れで魔眼は使えないからな……」
「使わんで良いのじゃ……!」
眼鏡をクイッと上げながら、残念そうに首を振って大げさに嘆くと、フィリアは僕の言葉を強めの口調で否定した。
まあ口だけだがな。
「……まあともかく、今度からはフィリアに魔法を教えてもらっても良いんじゃないか?」
どうにかエスカに魔眼を使ったことから話を逸らすことに成功し、目的の本題に入る。
正直、僕はメアリやエスカとはこれからは距離をとった方がいいと思っている。
これ以上関われば、もしかしたら、僕自身の事情に巻き込んでしまうかもしれないからだ。
僕は他人を信用していなくとも、他人を傷つけたいと思っているわけではないし、巻き込みたいとも思っていない。
言っておくが、僕は別に、あの二人を巻き込みたくないと言っているわけではない。
これは、僕達以外の他の人間全てに当てはまることだ。
「いや、駄目じゃ、我は魔眼の力に馴染み過ぎておるからの」
「馴染む?」
「ああ、魔眼の能力に触れ過ぎて、抵抗力が失われてしまっておるのじゃよ。体も……その……心も、な?」
何故かフィリアはモジモジと恥ずかしそうにしている。
まあ、身も心も魔眼の力を受け入れている、ということは――僕の与える快楽に抵抗できない……いや、したくないと思っているということだから、気恥ずかしいのもうなずけるか。
「ん? しかし、あの空間は魔眼が効かないんだろう? ならば別に問題はないんじゃないのか?」
「そのことじゃがな……あの異空間で完全に防げるのは、魔法と物理的なモノだけじゃ。詳しく教えておらんかったが、実は魔眼は魔法ではないし、もちろん物理でもない。それは精神に作用する力じゃ。多少効果が弱まっておる可能性もあるが、あの空間でもしっかりと作用するはずじゃ」
「それならあいつは何で……」
フィリアの言っていることが正しければ、エスカに魔眼は作用していたということになる。
本当は経験済みだった……ということか?
いや……それはなさそうだったが……。
フィリアも顎に手を当てて、いくつかの可能性を考えているようだ。
「ふむ……本当にエスカには何の影響も出なかったのかの?」
「ああ、出てない……まあ少なくとも気持ちよさそうではなかったな……」
あのときは……バカにしたようなエスカの態度にイラついて、魔法の撃ち合いをして、その後は――
「そういえば、確か魔法の調子が良いとは言ってたか……」
「そうか、おそらくそれじゃろうな……。やはり、僅かでも魔眼の力を浴びておれば、身体能力は上昇するようじゃ」
「……でもそれなら何で、エスカは気持ち良くならなかったんだ?」
「それはおそらく、そういった経験が少なかったからじゃろう。精神に作用するという特性上、それに知識や経験が伴っていない場合は効果が薄いのかもしれん」
なるほどな……。
僕は眼鏡をクイッと上げた。
魔眼が感じさせる快感というのは、自身の経験したことのある快感を呼び起こしていると考えた方が良いのだろう。
「つまりフィリアは、気持ち良くなる為の知識と経験が……非常に豊富だということだな?」
「ぬあっ!」
エスカは橋渡しと聞いただけでも赤面していたし、知識が少なくても不思議ではないな。
「フィリアは本当にいけない子だな……いや、イケる子か?」
「そ、そんなこと言わないでほしいのじゃ! それは二百年以上生きておれば、知識も経験もそれなりにあるのは当たり前じゃ!」
ぷいッとそっぽを向いてしまうフィリアに愛しさが募り、僕は思わず、彼女の頭を優しく撫でる。
「こ、今回はこれくらいでは許さないのじゃぞ……」
と言いつつも、ニヤケそうになる顔を必死に隠そうとしているのはバレバレだ。
「ああ……許さなくてもいいさ」
「え……?」
フィリアは途端に不安げな顔をする。
その表情は、まるで自身にとっての絶対的存在である親から、すげなく突き放され絶望にうちひしがれる子どものようだ。
僕がフィリアを見捨てることなんて、それこそ絶対的にあり得はしないのに……。
だから僕は言う。
とびきりの微笑みを以て、フィリアを安心させる為に。
「二百年も僕を待っていてくれたんだ。僕だって許してもらうまで何年でも待つさ」
「……!」
フィリアの目に涙が浮かぶ。
そして、彼女はそれを隠すようにそっぽを向いて、隠しきれない震えた声でこう言った。
「し、仕方ないから……もう……許してやる、のじゃ……! エルフは、気が、長いが、人間は……そうじゃない……! いつ、心変わりするか……分からんからの……!」
彼女のそんな行動を見て、更に愛しさが募っていく。
ならば、今度も口に出そう――
「そんなことあり得はしない、僕にはフィリアしかいないからな」
――思いは言葉にしなければ伝わらないのだから。
「…………」
フィリアはうつむき、返答まで実に長い時間を要した。
その間、どんな葛藤が、困惑が、躊躇が……様々な複雑な思いが、彼女の心の内で交錯していたのだろうか?
いや、もしかしたら、そんな感情は一切なく、ただ気持ちを落ち着かせる為の準備期間だったのかもしれない。
「………………………………ん」
でも、確かに彼女は僕に返事をしてくれた。
隠しきれない涙と共に。
こうして、僕達二人の夕食の時間は静かに過ぎていくのだった。
お読みいただきありがとうございました、これからも応援よろしくお願いします!




