魔法対決……?
メアリに魔法を習いに来たレイムであるが、何故か娘のエスカに魔法を教わることになり……。
しかし、どうするか……。
エスカがまだ真なる乙女であるのなら、魔眼の効果が表れてしまうかもしれない。
「レイムさん、さっきのセクハラ発言は忘れてあげますから、早く魔法を見せてみて下さいよ」
僕の悩みも知らず、エスカは楽しそうな声色で能天気に僕を急かす。
「あのな……僕にも事情があるんだ、おいそれと魔法を使う訳にはいかないんだよ」
眼鏡を外さないと使えないんだからな……。
「? もしかして、魔法の威力のことを気にしてるんですか? それなら大丈夫ですよ! 知っているとは思いますが、この空間は物理的にも魔法的にも、何の影響を与えませんから、どんな魔法だってへっちゃらです!」
ん? ちょっと待てよ……。
エスカの言葉を聞き、僕は気付いていなかった違和感に気づく。
昨日は深く考えなかったが、物理的にも、魔法的にも影響を与えないのなら、もしかしたら、僕の魔眼も無効化できるんじゃないか?
もし無力化できるのなら、今後はメアリではなく、フィリアに魔法を教えてもらうことだって、可能かもしれない。
試してみる価値はあるか……丁度いい実験台もいることだしな。
僕はエスカを見て内心ほくそ笑む。
――とはいえ、そこまで無茶をする気はない。
僕が眼鏡を外すことで、もしエスカが体に変調をきたしたならば、すぐに魔法の練習をやめて帰れば良いだけの話だ。
その後エスカが、一人でナニをしようと僕には関係ない。
精々発散してもらおうじゃないか。
「分かった……それで何をすればいい?」
「そうですね、昨日はファイヤーボールだったそうですから、今日はウォーターボールでいってみましょうか? 今回は、私が最初に見本を見せてみて、口頭でコツを教えることにしましょうかね」
そう言って、まるで鼻歌でも歌うかのような気軽さで、エスカは人差し指の指先に、コインほどの小さな水の塊を発生させる。
「まずですね……慣れない内は魔力は少しずつ込めるようにします。一気に込めると、暴発することもありますからね。そして、いい感じの量になれば、ゾワッとした感覚がしますから――」
「おい……! それは何だ?」
僕は彼女の人差し指の先にある水の塊を指差しながら言った。
「何って……ウォーターボールですよ?」
「僕が知ってるウォーターボールは、そんなに小さな塊じゃないぞ……!」
僕はそんな小さなウォーターボールでは役に立たない――などと言いたいわけではない。その逆だ。
「どうやれば、そんなに圧縮した状態で魔法を発動できるんだ……!?」
大きいことはいいことだ……なんていう言葉もあるが、それは魔法には当てはまらない。
魔法とは無駄を省く作業である――昔の偉大な魔法使いが残した言葉だ。
魔力消費、魔力抵抗、魔力変換、魔法事象……そのどれをとっても、いかに小さく、そして少なくするかが重要である、というのが常識であり、魔道の真理なのだ。
魔法というモノは発生させる事象が大きくても、威力自体はそう変わらない。
一つ例に出せば、マッチの火だろうが、焚き火の火だろうが、触れば同じ『熱い』であるのと変わらないように、事象が大きかろうが、威力は変わらないのだ。
魔法は大きさだけではどうしようもない……昨日の僕のファイヤーボールなんてモノは最たる例だ。
あんなモノは出現させても、効果範囲は広いが、動かすだけで手一杯、目標へ確実に当てることもできないし、自身の魔力は底を尽きる。
実践なら、自身の身もまとめて焼くか、助かっても取り囲まれて殺されるだけだ。
つまりは、エスカの魔法は非常に無駄が少なく、それができる彼女は素晴らしい才能の持ち主である……ということになる。
確かにメアリもエスカには魔法の才があるとは言っていたが……親のひいき目って訳じゃなかったんだな。
「ふふふ……見直しましたか?」
そんな風に得意げに言うエスカに苛立ちを覚えるが、怒れば逆に認めたことになりそうなので、話題を変えることにする。
「そんなに上手く魔法が使えるのなら、別にフィリアに弟子入りする必要なんてないだろ?」
いつものような――ガキっぽい――反応がくるのだろうと眼鏡を指で上げながら、エスカの言葉を待つ。
しかし、僕の思惑は全くを持って外れてしまう。
「……私みたいな子どもでも……譲れないモノくらいあるんです……」
僕はその言葉にハッとし、とっさに彼女の顔を確認した。
うつむき、張りつめたような表情のエスカは、いつものような子どもらしさが消え、随分と大人びて見える。
なんだよ……その顔は……。
「おい……」
何故かは分からない、僕自身、エスカに何と言おうとしていたのかも分からない。
だが、僕はエスカに声をかけ――
「えい!」
「ぶわ!」
僕は思わず、無様な悲鳴を上げてしまった。
彼女は自身の生み出した水の塊を噴きつけてきたのだ。突然のこと過ぎて完全に不意を突かれた。
茫然とエスカの顔を見ると、悪戯が成功したと言わんばかりの笑顔でこちらを窺っている。
「ははは、ぶわ! って……! レイムさんっていつもかっこつけてるのに、そういう反応もするんですね!」
楽しそうなエスカの表情には先程の憂いは一切感じられない。
演技だったのか……?
裏表のなさそうな人間だと思っていた。
だからこそ、先程の彼女の裏とも言うべき表情に、動揺してしまったのだが……。
そんなことはもうどうでもいい……!
こいつは、こういうことをするからガキだっていうんだよ!
こうなったら仕方がない……!
もうどうなっても知らんからな!
僕は眼鏡を外し、遠慮という言葉を投げ捨てた。
躊躇なく魔眼を発動し、怒りのままにエスカの体を見回す。
どうだ、思い知ったか!
エスカの表情を確認すると彼女は――
「そんなにマジマジと私の体を見て……もしかして、今頃、私の大人の魅力に気づいたんですかぁ?」
そこには勝ち誇ったように、ニヤニヤとしているエスカがいる。
「は、はは……!」
効かな、い……そうか、そうか……効かないか……。
「うつむいちゃって、どうしたんですか? もしかして図星でしたぁ? いやーモテる女はつらいですねぇ! 謝ってくれれば、ガキと言ったことも許してあげますよ?」
死ぬほど腹立たしい彼女の顔を見て、僕は心を決める。
僕は先ほど言われた通りに、少しずつ魔力を込めて、ゾワッとした感覚と共にウォーターボールを形成していく。
エスカのように小さくするのは無理だ。
僕の頭より大きい水の塊が頭上に浮かぶ。
だが……数ならば用意できる!
一つ、また一つと僕の頭上をウォーターボールが増えていく。
「今更私に惚れ……え?」
空を埋めつくさんばかりのウォーターボールが出現し、ようやくエスカは頭上の光景に気づいたようだ。
「な、なな……!」
「控えめに言って……生理的に無理なんだよ!」
僕は異性に言われたくない言葉と共に、水の塊をエスカに向かって打ち出していく。
「ひ、ひどい! そこまで言うこと――って怖い! 顔を狙うのはやめてください! こわい、こわいですからぁ!」
んー? 何か聞こえる気がするが、水のぶちまけられたような音のせいで、よく聞こえんな?
まあ気のせいだろう。
「こ、こうなったら……! 私の魔法も食らえぇぇぇ!」
小さな水の塊が、まるで弓矢のような早さで僕の顔に飛んでくる。
「お、おい! これは人に向けて良いような魔法じゃないぞ!」
「ひ、人に向けて良い魔法なんてないんですぅ! だからやめて下さい! 調子に乗ったのは謝りますからぁ!」
「悪いが、それはできないんだよ! もう全ての魔法がお前にぶつかるまでは終わらない! そういう命令を既に施したからな!」
「そんなぁ! ……でもそれなら、こっちも止まりませんよ!」
「だから、やめろといってるだろ! こっちもお前が止まらない限りは止まれないんだよ!」
この騒がしい言い合いと、激しい魔法の撃ち合いは、僕の魔力枯渇まで終わることはなかった。
つい子どもと対等な目線で戦ってしまった……。
気だるさと吐き気に襲われ、床に座り込みながら、僕は自己嫌悪に陥っていた。
何故あんなことをしたのかと問われれば、僕は自信を以って「分からない」と答えるだろう。
それほどまでに自身の行動は不可解だった。
僕は極力、他人と関わり合いになりたくない。
それはもちろん、目の前でハアハアと荒い息を吐いているエスカも同様だ。
先程のやり取り……もしも、言葉で表すとするなら――戯れではないだろうか?
戯れ、ふざけ合うというのは、仲の良い者同士がする行動……もしくは、仲良くなる為に行う行動だと僕は思う。
しかし、それでは、まるで僕がこの少女と仲良くなりたがっているみたいではないか。
そんなことはあり得ない……あってはならないのに!
「はあはあ……レ、レイムさん……すごい魔力量ですね……!」
僕の動揺に満ちた思考などお構いなしに、エスカが息を切らせ、寝転びながら僕に微笑む。
無視をすると負けたような気がするので、返事を返すことにする。
「……お前はまだ余裕がありそうだがな……」
「わ、私のは……消費が少ない……だけ、ですから……!」
苦々しくひがむように言葉を紡ぐが、彼女には通用しない。
これでは僕が拗ねているようではないか……。
相手は子どもだ……僕が熱くなってどうするんだ。
とりあえず先程のことは忘れて、気持ちを落ち着ける為にも、少しは普通に会話をしてみるか……。
「随分息が切れているようだが……? 魔法を最近使ってないんじゃないか?」
とりあえず当たり障りのない質問をエスカへと投げかける。
魔法の使用は、体を動かさなければ体力が落ちるように、あまりにも使わなければ、体力を奪われやすくなり、すぐに息切れを起こすようになる。
僕は眼鏡の効果により、常に魔力を消費している状態のおかげで、その息切れとは無縁だ……もちろん魔力枯渇は別ではあるが。
しかし、彼女はこんなに魔法を使えるのに、思った以上に息切れが早かったのだ。
途中からは息切れのせいか、ただうずくまって、僕の魔法の脅威から目を逸らしていただけだったからな。
「私は、魔道具職人を、目指してますからね……最近は魔法も、必要なときしか、使っていませんでしたよ……!」
少しばかり息が落ち着いてきたエスカが、おもむろに立ち上がった。
「それに、つい力が入り過ぎちゃったんですよね、何故か今日は魔法の調子がすこぶる良かったので……」
エスカは少しだけ考え、ニヤリと笑った後で僕の顔を覗き込み とびきりの笑顔で首を傾げながら告げる。
「もしかしたら、レイムさんと一緒だからですかね?」
こいつは何をバカなことを言っているんだ……。
いくら、顔が整っていようが、今僕に見せている笑顔がとても魅力的に見えようが、今の僕が心を動かされることは絶対にない。
「ふん、そんなわけあるか……」
僕は一笑に伏し、体に力を込めて立ち上がる。
「子どものくせに変なこと言ってるんじゃない……」
「子ども子どもって……! え……?」
エスカのいつも通りの反応が、彼女自身の驚きによって止められる。
「どうしたんだ?」
「ふふ……レイムさん、今ガキじゃなくて、子どもって言いましたよね?」
……確かに言ったな。
だが、別に良いだろ……どっちだって同じ意味だしな。
決して、僕の心境に変化があったわけではない……と主張したいところだが、誰に言えばいいかは分からない。
僕は心の動きを隠しながら、エスカへの返答を吟味する。
「……ああ、悪かった、ガキだったな。つい間違えたよ」
「もう! そうじゃないですよ!」
「ほら、もういいから戻してくれ……! 僕は家に帰って休みたいんだ」
「わかりましたよぉ……!」
こうしてエスカの不満に満ちた声と共に、この日の魔法練習は終わりを告げたのだった。
この第二章は修行パートです。
冗長だと思われるかもしれませんが、今のままだと復讐を果す以前に返り討ちに合います。
なので、まだしばらくは修行が続きますが、ご了承いただけるとありがたいです。
続きが気になるという方は、ブックマークなどしていただければ嬉しいです。




