エスカと……
エスカのプロポーズは、フィリアを師匠にしたいという気持ちから出た、彼女なりの抵抗であった。
しかし、レイムはそれを受けずに一蹴した。
「昨日はすいませんでした……」
昨日と同様にメアリに魔法を教えてもらいに来たときのこと……。
僕が魔道具屋のドアを潜ると、うなだれたながら謝罪の言葉を投げかけてくる少女がそこにいた。
「……昨日も言ったが、ガキに何を言われたところで、僕は何も思わない」
僕はあまり関わりたくもないので、にべもなく突き放す。
「お母さん、やっぱりいらないって……!」
「あんたね、こういうのは誠意が大事なのさ」
少女は顔を上げ、母親に抗議の声を上げるが、メアリはそんな姿を見て呆れながら、溜め息を吐くだけだ。
「そういう話は謝る対象がいないところでやってくれ。まあそれより、今日もよろしく頼む」
「ああ……悪かったね」
そこでメアリは僕へと視線を移し、微笑みかけてくる。
「それじゃあ、悪いけど、今日は二人で練習してくれるかい?」
……二人? 僕とメアリ……じゃあないよな。
「もしかして、このガキと一緒に魔法の練習をしろというんじゃないだろうな?」
「……そう聞こえなかったかい?」
「……僕は帰るぞ」
僕は子守ではない。
何故こんなガキと一緒に魔法の練習をしなければならないんだ。
僕は後ろを振り返り、出口へと向かう。
しかし、何故かメアリに回り込まれてしまった。
「大丈夫さ、エスカはあたしなんかよりもずっと、魔法の素養が高いからさ」
こんなガキに教われだと?
ははは……子守をされるのは僕の方だったというオチか?
「ふざけるな! 僕はメアリに教えてもらいに来ているんだぞ! ガキなんてお呼びじゃ――」
「そんなにわがまま言うんじゃないよ! あたしだって暇じゃないのさ、今日はどうしても外せない用事があるんだよ!」
「ぐっ……!」
メアリの逆ギレに思わずたじろぐ。
「……さっきからガキガキって……本当に失礼な方ですね」
いつの間にかメアリの横に並んでいた少女が、僕をじとっとした目で睨んでくる。
この親子……あまり似ていないと思ったが、この目付きだけは確かにメアリに似ているようだ。
全く怖くはないが、激しくイライラするな……。
「チッ……ガキにガキと言って何が悪い」
「あのですね……私にはガキではなく、エスカという立派な名前があるんです!」
ガキ……もといエスカはつつましやかな胸を逸らしながら、偉そうに主張する。
「……ガキ」
「また言った! だから、私にはエスカという――」
「それじゃあ、仲良くなったみたいだし、あたしは行くよ!」
エスカに気をとられていると、フィリアは腕を振り上げ、一方的に別れのあいさつを告げる。
「あ、おい……!」
「あ、お母さん、言ってらっしゃい!」
結局止める間もなく、メアリは体型に似合わない俊敏さで店のドアから走り去ってしまった。
「はぁ……」
逃げられたか……。
残ったのはエスカと僕だけ……。
エスカは未だにドアに向かって手を振っているが、これはもう無視して帰っていいんじゃないか?
そろりとドアに向けて進もうとしたところで、エスカに袖を掴まれる。
「はい、それではお互いに自己紹介しましょう!」
「自己紹介……?」
「はい、とりあえずの礼儀としてですね!」
表情に、体全体から掻き集めたような拒絶の態度を示してみるが、エスカにはどうやら通用しないようだ。
何故か彼女は満面の笑みを浮かべている。
まあいい……それより自己紹介って何でやるか知っているか?
それは相手のことを知ろうとする行為だぞ。
相手を知りたく思い、相手に知ってほしいからこそ、やることだ。
つまり――
「自己紹介などやる意味が分からんな……」
そう……やらずともよいということだ。
「まあそうですね……」
ああ、意外と話が通じるじゃないか……。
「もうお互い名前は知っていますし、わざわざ時間をとるまでもないですよね」
いや、全然通じてないぞ、これは……。
「それじゃあどうしますか? もう始めます?」
エスカがあの異空間の魔道具をぶら下げて、いつでもイケるとアピールしてくる。
いや、まずやるとは言ってないんだがな……。
「あのな……僕はお前には教わる気はないぞ」
「……なぜですか?」
「……何故と言われてもな……まあ強いていえば、僕はお前のことを信用してないからだ」
メアリはまだフィリアが紹介してくれたということもあるし、昨日のやり取りで最低限は信用できるだろうと判断できた。
しかしこいつは、僕からフィリアを奪おうと画策していたし、理由はうまく説明できないが、何かが根本的に気に入らない。
「信用ですか……やはり、昨日のことを気にしているんですよね?」
「……まあ要因の一端ではあるな」
「うーん……そう言われましてもね……」
エスカは顎に指を当て、何事かを考え始める。
「そうですね……それなら、どうすれば信用してくれますか?」
考えても答えが出なかったのか、エスカは僕に意見を求めてくる。
「どうもこうもない。信用なんてできないと言っているんだ」
「何でですかー?」
エスカは唇を尖らせ、抗議の声を上げる。
「信用っていうのはな……簡単にできるようなモノじゃない。長い時間をかけ、様々な出来事を経て築くモノだ」
まあ、僕が時間をかけても、誰かを信用できるとは限らないがな。
他人なんて信用しても、何をされるか分からない……そういう考えに思考が支配されている内は、他人を心から信じることなどできやしないだろう。
「ああ、確かにそうですね……」
どうやら納得してくれたようだな……。
「なら、これからの私を見ていて下さい!」
「はっ?」
「信用が時間をかけて築くモノなら、最初からあきらめてちゃ、一生信用なんてできませんよ」
邪気のない笑顔で僕にそう告げるエスカ。
一理ある……いや、一般的に考えれば、彼女の言っていることに全く間違いなどはないだろう。
人という存在は互いに疑い合いながらも、どこかで折り合いをつけ、適度な距離というモノを測る。
こいつは、コレは許すが、これは許さない。
そいつは、ソレはできるが、それはできない。
あいつは、アレはあるが、あれはない。
そういった判断を経て、最終的に信用するか、信用しないかを決めるのだ。
だが僕はそれを拒む。
信用するか、信用しないかの判断ではなく、要るか、要らないかで判断するのだ。
僕にとって、要るモノとは愛する者だけだ。
それ以外は――不要――関わりたくないのである。
「ああ、僕はそれでいいんだよ。信用なんてしないし、して欲しくもない。僕にとって必要じゃないやつからはな」
僕を必要とし、必要とされるのは……フィリアだけで良いんだ。
「……そうですか……分かりました。信用してもらうのは諦めますね……」
そうか、やっと分かったのか。
そろそろこいつは本物のバカなのかと思い始めた頃だったからな。
少しくらいは見直してやっても良いかもな。
もちろん信用はしないが……。
「それでは、いつ始めますか?」
「は?」
「は? じゃないですよ! 魔法の練習をしに来たんですよね?」
いや、それはそうだが、お前今信用してもらうのは諦めるって言ったよな?
「だから魔法の練習はやらないと……」
「でも、これしないと私、今日の晩ご飯抜きなんですよ! お願いします! 私を助けると思って!」
エスカは突如頭を下げ、掌を合わせる。
「……いや、そんなことされてもな……」
頭を下げられた経験がない僕は少し動揺してしまった。
頭を下げていた覚えは多少あるがな……。
「お願いしますよぅ……昨日も「おかわりはなしだ」って言われて、あまり食べられなかったんですからぁ……」
そんなこと知らん!
と言いたいところだが……。
「仕方ないか……育ち盛りのガキだからな……」
まあ、自身の食欲の為と正直に言われた方が、何か奇麗事を並べたてられるよりは、よっぽど言葉としては信用できるし、流石に飯抜きになるのは、同情の余地もある。
メアリが本当にそれをするかはともかくとしてな……。
それに、やはり、魔法の練習自体は早めにやっておきたい。
メアリの予定を聞いていない以上、今日を逃したらいつになるかも分からないからな。
「うう……またガキって言われたけど、それに助けられるなんて……複雑な気分……」
エスカが何かを憤っているが、そんなことは知ったことではない。
「ほら、早く魔道具を展開しろ。始めるんだろ?」
やると決めた以上は早く行動に移したい。
時間は限られているんだからな。
「分かりました……いきますよ」
エスカが魔道具に魔力を込めると、昨日と同じ現象が起こり、紫の空間が展開された。
まあ、魔法を使う前に一つやることがあるな。
「おい、エスカ」
「えっ……? わ、私……ですか……?」
僕に声をかけられたエスカは動揺しているのか、キョロキョロと視線をさまよわせ、おずおずと聞き返してくる。
「この場にお前以外のエスカがいるのか?」
「い、いえ、ただ……初めて名前を呼ばれたので驚いてしまいました」
「別に名前くらい呼ぶだろう。それともガキと呼べば良かったか?」
僕がそう聞くと、エスカは大げさなくらい手脚をバタバタとさせ、僕の言葉を否定する。
「いいですいいです、エスカでお願いします!」
「ああ、それでな、少し聞きたいことがあるんだが……?」
「え、あ、はい! 何でも聞いて下さいよ!」
エスカは胸にドンと拳を叩きつけ、任せろと言わんばかりに胸を張る。
「そうか……」
よかった遠慮せずに聞けるみたいだ。
僕としても流石に普通に聞くには躊躇してしまうからな。
「あのな、お前……橋渡しは終えたか?」
「へ…………?」
「聞こえなかったか? お前は男とヤッたことあるかと聞いたんだ」
「え、あ、え、そ、えぇぇぇぇっ!」
やかましいな……動揺し過ぎだろう。
しかし、これは重要なことだ。
魔法を使うときは眼鏡を外さなければならないのだから、当然魔眼が誤ってエスカに作用してしまわないように留意しなければならない。
だが、もし彼女が経験済みなら、なんの問題もない。
僕も思い切り魔法を使えるというモノだ。
「な、な、なな、なんてことを聞くんですか、レイムさん!!」
エスカが顔を真っ赤にして、焦ったように突っかかって来る。
「あ、いや……もう分かった。その反応で分かった」
もしかしたら、僅かな確率で、橋渡しという言葉を知らないくらい初心なのかとも思ったが、どうやらその心配はなさそうだ。
こいつは未経験で間違いない。
「なっ、決めつけないで下さい!」
ズイっと体を近づけて、エスカが文句をぶつけてくる。
「決めつけも何も……紛れもない事実だろ?」
「わ、分からないじゃないですか! 私のV・Lもみてないのに!」
「見なくても分かるから言っているんだ」
「わ、私は……!」
わなわなと肩を震わせながら、何かを言おうとエスカは口をぱくぱくとさせている。
なんだか妙に突っかかってくるな……。
「私は、大人の女です、から……」
「はあ……そういうことを気にしているから、ガキだっていうんだよ」
「な……! またガキって言いましたね!」
ガキなんだから仕方がないだろ……。
「そういうのはな、一時の感情で失うモノじゃなく、そのときがくれば自然とそうなるモノなんだよ」
僕もフィリアにそんなことを言われたような覚えがある。
自身の経験談じゃないところが少し心苦しいがな。
「……やっぱり、フィリアさんとそういうことしている人は言うことが違いますね……」
エスカは感心するでも、イヤミを言うでもなく、ただしみじみとそう言っただけだ。
だけど、その言葉が僕に少なくないダメージを与えたことを……彼女は気付かないのだろうな。
だが、僕はあえて言わずに、心に秘めておくことにしよう。
僕もまだ経験してないということは……。
最近少しスランプ気味で筆が進みません……。
今の流れのままでいいのか、悩みながら描いているからでしょうかね?
お読みいただき感謝します。
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これからもご愛読していただけると嬉しいです。




