メアリ・イラ
今日から再開です。
予定では、隔日ですが、不定期になる可能性もあります。
もう一つの連載モノと交互に上げる予定です!
よければ『Black Lily』もよろしくお願いします!
「ここがフィリアの言ってたとこか……」
僕達の住む街……ティケルの商店街の一角、少し喧騒から離れた場所にその家はあった。
それは少々古ぼけた木造の家で、一応この店もフィリアの店と同様、『魔道具取扱店』のようで、家の前の看板には『イラ雑貨店ーー魔道具あります』と大きく書いてある。
(とりあえず入ってみるか……)
見た目で少し入りづらい雰囲気があるが、一応店ではあるのだし、問題ないだろうと無遠慮にドアを開ける。
店内は薄暗く、もしかして閉店日だったのだろうかと疑ってしまうが、フィリアが約束は取り付けたと言っていたのでそれはないと思い直す。
(誰もいないのか……?)
店の仲を見回してみたものの、人の気配はない。
「すいません……! レイム・アークという者です……! 誰もいないんですか……?!」
少し声を張り上げてみると、店の奥の方からドタドタと騒がしい音を立てながら、誰かが近づいてくるようだ。
「ああ、待たせて悪いね。ちょっと所用で奥の方に引っ込んでたからさ」
恰幅の言いオバサン……まさにそんな感じの人が奥から出てくる。
「あなたがメアリさんですか?」
用意していた笑顔を目の前の女性に向ける
「ああ、そうだよ。あんたがレイム・アークで間違いないかい?」
「はい、今日から魔法の使い方を教えていただけるようで、とても感謝しております」
僕はうやうやしく、頭を下げ、再び笑顔を張りつける。
誰もが礼儀正しいと思うであろう所作を僕はやってのけたはずだ。
しかし、彼女は僕をジロジロと眺めながら、訝しげに言葉を投げかけてくる。
「……何か聞いてた人物像とは全然違うねぇ?」
「……どういう風に聞いていたんですか?」
僕の顔は笑顔だが、心は違う。
フィリアが変なことを言っていた場合、盛大にお仕置きをしてやる必要がある。一言一句聞き洩らさないようにしないとな。
「いや、大分前からあんたの話は聞いてたんだけどね……悪意のない優しい笑顔を持った人間ってね」
そうか、昔の僕はそんな評価だったのか……。
僕はフィリアからの愛を再認識し、自身の愛が深まるのを認識する。
前回やり過ぎたせいで、フィリアは少し魔眼を警戒しているし、丁度いいかもな。しばらくはお仕置きはしない方が良さそうだ。
「でもね……」
そんな風に愛する人のことを考えている僕を、メアリさんが真っ直ぐ見つめる。
「あんたは確かに優しい笑顔してるけど……ほとばしるような悪意も持ってる。あんたはフィリアさんに、悪意を持って近づいているんじゃないだろうね?」
メアリさんは笑顔であるが、目は笑っていない。
はは、バレていたのか。
「そうか……なら普通に喋らせてもらうか」
僕は眼鏡をクイッと上げ、メアリを見据える。
「一つだけ言っておくが、僕はフィリアに悪意など持たない。フィリアは今の僕の全てであり、命よりも大事な人だ」
僕の言葉を聞いても、メアリは僕の顔を訝しんだ表情で見ている。
僕はそれを笑顔で応じる。
「信じられないか? お前が疑うのならそれでも構わないさ……だがな、もし僕とフィリアを引き裂こうとするなら、僕は全力を以ってお前という障害をブチ壊す」
そこまで言って、僕は笑顔を消し、メアリを睨む。
「もう誰にも……僕から何も奪わせはしない……! お前もそれだけは覚えておけ」
「…………」
メアリは僕の瞳を見てもたじろぐことはなかった。
ただ何かを考えるように視線を彷徨わせるだけだ。
僕はと言えば、一通り言いたいことも言ったし、これが原因で魔法の指導を受けてくれなくても別に構わない。
教えたくないと考えている人間に教えられても、こちらだって気分が悪い。
だから、逆に考えれば、ここで僕の考えをきちんと知ってもらうことができて良かったのかもしれない。
「……いや、やっぱり聞いていた通りだったね」
メアリはやれやれと呆れたような声で言った。
聞いていた通りだと?
悪意のないってやつなら、それはないと思うが……。
「昨日フィリアさんが来たときに、散々のろけて帰っていったからね……我を愛してくれる一番の人だってね」
ニヤリとからかうような視線をメアリが向けてくる。
フィリア……そういうのは僕の前だけで言ってくれ。
もしかしたら、僕は今顔が歪んでいるかもしれないな……。
そんな顔を誤魔化すように、僕は眼鏡を指で上げ、視線を逸らした。
「いいよ、魔法の指導をしようじゃないか。元々断る気はなかったし、フィリアさんのことも心配なさそうだしね」
フィリアの心配か……。
「……ところであんたは、フィリアの何なんだ?」
そういえば、事前に聞いた情報はメアリという名前だけだ。
あまりにも興味がなさ過ぎて聞いていなかったが、ここまでフィリアのことを心配しているのだ……少しくらいは興味も出る。
「聞いてなかったかい? フィリアさんは私の魔道具製作の師匠さ」
なるほどな……。
店内を見渡すと、確かにフィリアの店で見たことのあるようなモノばかりだ。
「フィリアさんはこの街で、百年以上前から弟子を取ってて、教え子の中には有名な魔道具職人もいるのさ。まあ、私はそこまで出来のいい弟子じゃなかったんだけどね」
そうだったのか……。
僕の中で、フィリアの魔道具屋としてのイメージは、店の椅子に座って、退屈そうに接客しているというモノだ。
そんなに精力的に活動しているようには見えなかったがな……。
「今でも弟子はいるのか?」
「いいや、十年以上前にパタッと弟子を取らなくなったのさ。……理由は教えてくれなかったけどね」
「……そうなのか……」
それは……僕が原因なのかもな。
でも何だろうか……もしそうだったとして、フィリアの足かせになっていたということは、確かに哀しかったり、悔しかったりするのだが、それ以上に自身を優先してくれたのではと思うと、嬉しくてたまらない。
これは屈折し過ぎだな……。
最初は、魔力の多い僕への興味から、眼鏡を作ることを承諾したと、フィリアは言っていた。
もちろん最初は恋愛感情など皆無であったのだろう。
だが、例えそれでも、僕は今までフィリアに支えられていたのだと、愛を感じてしまうのだ。
「まあ、それはもういいさ。ようやくフィリアさんも伴侶を持つ気になったようだしね。それだと結局忙しさから弟子なんて取ってる暇はなくなるからさ」
ニヤリとメアリが僕をからかうような視線を向ける。
だから僕もニヤリとメアリに笑いかける。
「……そうだな、僕も色々とやっていかないとな」
「からかい甲斐のない子だね……」
おもしろくなさそうに、彼女は手をヒラヒラさせる。
さっきは不意を突かれたが、流石にその程度では僕も動揺したりしないさ。
僕の愛に恥ずかしいところなんて、何一つないんだからな。
「それで……そろそろ始めないか?」
「ああ、忘れてたね」
僕はここにフィリアの話をしにきたわけではない。
魔法の練習をしにきたのだ。
「それで……あんたはどこまでできるんだい?」
「初級魔法を少しだけだな……」
僕は結局、フィリアに最後にお仕置きをしたあの日からずっと、魔法の練習をやっていない。
やろうとはしたが、フィリアに止められていたのだ。
「あんた、その歳でそれなら、才能ないんじゃないかい?」
「才能は……どうだろうな? 僕は今まで一度も本気を出したことないからな」
「……あんた、その言い訳が通用するのは成人前までだよ」
「…………」
じとっとした目線を浴びせられ、僕も自身を省みる。
……自分で言っていて何だが、僕もとても情けないことを言っていると思う。
僕はまだ本気出してないではなく、僕はまだ本気出せていないなのだが、メアリにとってはどうでもいいことなのだろう。
「まあ、いいさ。それじゃあ場所を移動するとしようか」
「移動?」
「ああ、師匠が作った魔道具に、魔法の練習にぴったりのモノがあるのさ」
そう言って、メアリが取りだしたのは、僕がフィリアに借りていた魔道具のようなペンダントだった。
「それでどこか別の場所に行くのか?」
「いや、どうだろうね。別の場所と言えば別の場所だけどね」
「どういう意味だ?」
「すぐに分かるさ……行くよ?」
「……ッ!」
メアリがペンダントに魔力を込め、魔道具を作動させると、視界が暗転し、僅かな浮遊感を感じ、僕は思わず声を出してしまった。
「こ、ここは……」
暗転した視界が回復し、ぼくは周りを見渡した。
なにか、不思議な感覚のする場所だな……。
確かに先程と同じ場所に違いないのだが、全ての色が紫色になり、周囲の空間が歪んでいるような状態になっている。
「これが師匠の開発した異空間の魔道具さ」
「異空間?」
「ああ、この空間は間違いなく先程の場所なんだけどね……自分達を含めた全てのモノに、物理的にも、魔法的にも何の影響も出せない空間になっているのさ。……まあ見てみなよ……!」
メアリはおもむろに彼女の頭ほどの火の玉を発生させ、僕の頭に向けて発射する。
「な……!」
僕はそれを避けることもできず、腕で顔をガードした。
しかし、衝撃は一切襲ってくることはない。
「分かったかい? 魔法は発動するけど、燃えもしないし、熱くもないだろう?」
メアリは腰に手を当ててニヤリと笑う。
「本当に当たったのか?」
イラっとした感情を抑え、一応の可能性を尋ねてみる。
もしかしたら、手前で魔法を消したという可能性もあるからだ。
「もう一回やろうか?」
「……いや、いらない」
メアリのニヤリとした笑いに、僕は眼鏡を指で上げ、顔を逸らす。
さっきのアレは心臓に悪すぎるだろう。一言言ってくれても良かったような気はするがな。
心で悪態を吐くが、メアリに伝えたりはしない。面倒だしな。
「それじゃあ、やってみるか……」
僕は眼鏡を外し、折りたたんで胸ポケットのケースに入れておく。
このケースは、眼鏡の破壊防止と、魔力の吸収防止の為に、フィリアが作ってくれた物だ。
「それじゃあ、初級魔法……ファイアーボールからいってみようかね」
「分かった……」
メアリの指示を聞き、精神を集中し、いつも通りの感覚で魔法を紡ぐ。
「え……な、なにを……!」
メアリが何かを言った気がするが、魔法を紡いでいるので、集中力を緩めるわけにもいかず無視をする。
「や、やめ……!」
よし、そろそろいいだろう。
せっかくだ、さっきのお返しに少し脅かしてやろう。
今僕の頭の上にあるであろう火の玉を、メアリの元へと向かうように操作する。
「あ、あんた……!」
別に良いだろう?
さっき僕にしたことをされるだけだ。
メアリが焦ったような声を出すが僕には関係ない。
「あんた、上を見なよ!」
僕はそう言われてようやく上を向く。
「……あっ……」
僕は思わず間抜けな声を出す。
そこには大きな火の玉が一つ。
そしてそれは、あまりにも巨大すぎて、メアリどころか僕すら包んでしまうほどの巨大な炎の塊だった。
「……ッ!」
悲鳴はあげなかった……いや、あげられなかったといった方が正しいか……。
確かに熱くも、痛くもなかったな……。
しかし、生きたまま炎にあぶられているようなあの恐怖は、おそらくこれからも忘れることはできないだろう。
「あんたね……ファイヤーボールに、ほぼ全魔力を注いでどうすんだい?」
「……悪かったな……」
あの後、僕は紫の空間でメアリに説教を受けていた。
どうやら、いつも通り――全力で――やったことで、僕はさっきの地獄絵図をつくり出してしまったらしい。
正直、魔力が枯渇気味で辛いから勘弁してほしいのだが……。
魔眼も魔力が少ないと休眠状態に入るようなので、今日はもう眼鏡をつけないでいよう……もしつけたら、死んでしまうかもしれない。
「魔法には適正魔力っていうのがあるのさ。ソレを超えると、威力はあまり変わらないのに、極端に魔力消費が多くなったり、魔法が全く発動しなかったり……まあ、色々な弊害があるのさ」
僕があの大きな炎の塊を出せたのは、魔力量がそれほどまでに膨大だということだろうな。
「分かってるとは思うけど、あんな魔法の使い方はもうしないようにね。……ここが異空間だったからよかったものの、現実ならこの街の二割近くは壊滅しちまうさ。少なくともうちの店は全部おじゃんだね」
そうだな……ここが異空間で良かったよ。
流石にフィリアがこの街に住めないような状況にはしたくないからな。
「とりあえず、今日は戻るかね……もう魔法は使えないだろうしさ」
メアリは再びペンダントに魔力を込める。
この空間にきたときと同じように、視界の暗転と僅かな浮遊感を感じながら、元の空間へと戻る。
「……それじゃあ、今日は愛の巣に帰って、ゆっくりしなよ」
「ああ、今日はすまなかったな。次は……また明日で良いか?」
「構わないよ……でも、修行の仕方はきちんと考えないと駄目だね。どうやら魔力はケタ外れに多いようだし、初級魔法の感覚を掴むところから始めようかね……」
「ああ頼んだ……」
そこら辺は任せておこう。僕にはどうすればいいかは分からないしな。
「ただいまー」
魔力枯渇気味で気だるい思いをしていた僕の、ちょうど後ろにあるドアから少女の声が聞こえ、僕は思わず身構える。
誰だ……こいつは……?
今は知らない女というだけで僕にとっては警戒対象だ。
思わず後ろを振り返り、少女をねめつける。
「ああ、おかえり、エスカ」
「あ、お母さん……もしかして、お客さんだった?」
お母さん……こいつはメアリの娘か。
そういえば娘がいると、フィリアが言ってたような気がするな。
「ごめんなさい邪魔してしまいましたね……」
僕に向かって、申し訳なさそうな顔をする少女に、メアリは少し悩んでから言った。
「……まあ、一応客……みたいなもんか……」
確かに客と言われれば客かもしれないが、僕もメアリと同様で、自身達の関係がどういったモノか判断はつかない。
師匠と弟子というには、まだ何も教えてもらっていないような気がして、気が引けるし、友人というには付き合いが浅すぎる。
「ほら、前に言ってただろう? フィリアさんの良い人さ」
「えっ……!」
その言葉を聞いた少女は驚き、僕の顔をマジマジと見てくる。
なんだこいつは……失礼なやつだな。
「あの、お願いしたいことがあるんですが……」
そう言って、少女は上目づかいで僕の顔色を窺ってくる。
こいつは何を言ってるんだ?
出会って間もない男にお願いだと?
このそこはかとない無遠慮さは、クソ女を思い出すようで、不快な気持ちになる。
「僕にお前のお願いを聞く筋合いはない……」
突き放すように声に険を含ませる。
こういう人間は一度でも甘い顔を見せると、つけ上がるのだ。
しかし少女は僕の雰囲気にのまれることなく、ニコリと微笑む。
「いえ、大したことじゃないんですよ?」
いや、そういう問題ではない。
大きかろうが小さかろうが、僕にお願いを聞く気がない以上は、この話自体が成立しないのだ。
「いい加減に――」
イライラが募り、大声で怒鳴ってやろうかというときであった。
少女は……名も知らぬ少女は、とてつもなく意味が分からないことをのたまった。
「私と……結婚して下さい!」
この日、僕は初めて女性からプロポーズされた。
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