レイムの秘密
寸でのところで最悪の状況から逃れたレイムだったが、彼は男としてつらい現実を突き付けられるのだった。
今日も二話投稿の予定です。
後編は少し閲覧注意ですね。
「……落ち着いたところで、我はお主に告げねばならぬことがある」
フィリアの家で夕食をご馳走になり、居間でお茶を飲んてくつろいでいるときに、彼女は深刻そうな顔でそう告げてきた。
僕とフィリアは小さな机の前で、お互いに向かい合っている状況だ。
「別れ話なら拒否するぞ」
「……冗談でもそういうことを言うでない……!」
眼鏡をクイッと上げた僕を、フィリアがじろりと睨む。
良く見ると、彼女は少し震え、目には涙がたまっている。
やれやれ……こんなことで愛情を感じようとするなんて、僕も末期症状だな。
「ごめん、悪かったよ。……それで大事な話ってなんだ?」
頭をポンポンと撫ぜると、最初は驚いていたフィリアが徐々に気持ちよさそうな顔に変わる。
「えへへ……」
僕が手を離すと、彼女はハッとして、自身がしていた反応を思い出したようだ。
顔を赤らめた後、一つ溜息を吐き、恨みがましい目をこちらへ向ける。
「お主……性格まで少し変わっておらんか?」
「……そうかもな」
先程までは丁寧にしゃべっていた為、言葉に引っ張られていたが、今の僕は少し……言葉では表現しづらいが、とにかく昔とは何かが間違いなく違う。
いうなれば、生まれ変わったような……そんな感じだ。
でも、それが悪い変化だとも思えない。
率直にいうと、僕はただ、現実というモノと向き合っただけなのだ。
善性の人間にこの世界は優しくないこと。
愛というのは与えるモノで、与えられるモノではないこと。
人は損得勘定により、簡単に他人を裏切るのだということ。
親の教え全てが、間違っていたとは言えない。
だが、それらは全て、子どもの僕に向けられたものだった。
汚く穢れた世界を、綺麗で穢れないモノだと教えることが、親の子どもへの優しさだとするなら、現実を知り、うちひしがれた人間を救うのはーーそれは愛する者なのだろう。
「僕の性格が例え変わっていたとしても、フィリアへの愛と信頼は変わらない……それで充分だろ?」
「そ、そう……じゃな……」
頬を染めるフィリアの頭を再び撫でる。
やさしく慈しむように……。
そう、僕はフィリアを信じている。
しかし、いくらフィリアを信じると決めたとはいえ、それ以外の人間は違う。
僕は人を信じるのが美徳だと教えられ、自身もそれが真理であると思っていた。
だが、今では『吐き気がしそうなほど甘々な理想論だ』と自信を持って言える。
今日僕は知った。
他人という存在は、もっと疑ってかかるべきなのだと。
その駆け引きは出会ったときから始まっている。
相手をどう利用してやろう、相手よりどうやって上に立とう、相手から何を奪ってやろう。
そういった際限ない欲望に、人は塗れているのだ。
損得勘定のない関係というのはあるわけがない――何て言うつもりはない。
純粋に信頼し合う関係だって、確かに存在すると思う。
だがそれは、何十何百何千何万、いやそれ以上に無数にある縁の中のほんの一握り……。
月並みな言い方をすれば、それはまさしく奇跡であろう。
起こるか起こらないかも分かりやしない、不確かな確率の末にあるモノがそれ――真の信頼関係――なのだ。
僕とフィリアの関係は――決して、そうだとは言い切れないだろう。
確かに僕は彼女を信頼し、彼女も僕を信頼してくれているだろうと思う。
だが、疑いの心がゼロかと問われれば、僕は首を縦には触れない。
あいつらの――あのクソ女とイカレ女のせいで、僕は疑念という感情が膨れ上がってしまった。
信じたい気持ちが大きければ大きいほど、僕の中の疑念の炎が大きく燃え上がってしまうのだ。
無理に押さえ付けようとすれば自身を燃やしかねないほどに……。
もうフィリアには、僕がそういう状態であるということは、告げてある。
しかし、彼女は一言……「それでもよい」と言ってくれた。
僕は本当に、彼女に甘えっぱなしだ……。
僕はそんなことを思いながら、彼女の頭を撫で続ける。
「えっとじゃな……嬉しいのじゃが、話ができんのでな……? そろそろ手を離してくれぬか?」
「ああ、悪いな」
僕が手を離すとフィリアは少し残念そうな顔をした。
おいおい……お前がやめろって言ったのに……。
そんなフィリアを可愛らしいと思いながらも、話を進める為に僕から声をかけることにする。
「それで……どんな話なんだ?」
「ああ、お主のその眼鏡のことじゃよ」
「これがどうしたのか?」
僕は眼鏡を外して、手にとる。
「っだ、だめじゃ! それを外されたら落ち着いて話ができなくなるのじゃ!」
慌てて僕から目を逸らすフィリア。
何で、眼鏡を外すと落ち着けないんだ?
いつも整備のときは外していたじゃ……いや、そういえば外してしばらくすると、いつもどこかに引っ込んでたな……。
まあいい、とりあえず眼鏡は着けておいた方がいいようだ。
「ほら、着けたから……続きを話してくれ」
「全く……ただでさえ、中途半端なのに……」
「ん? 何か言ったか?」
ゴニョゴニョと何かを呟いているが、全く聞こえない。
「何でもないのじゃ!」
何故か怒ってるし……。
「話を戻すぞ? コホン……それでな、実はその眼鏡はお主の『魔眼』の効力を抑える為の魔道具なのじゃ」
まがん?
聞いたこともないな。
「なんだ、それは?」
「まあ、かなり珍しいモノじゃし、知らんじゃろうな。魔眼の定義は目に常時発動している特殊能力のことじゃ。基本的に魔眼で見たモノに対し、何かしらの影響を与えるのじゃ」
「どうして僕にそんなモノが……?」
「……それはな、お主の母親の血筋によるモノじゃ。まだ我が生まれるよりも前のことじゃが、お主の先祖はここらを治める王族じゃったそうでな。稀にその魔眼を持つ者が生まれたそうじゃ。そしてあるとき、一人の男がその魔眼を悪用したせいで国は滅び去ったそうじゃ」
「もしかしてそれが……」
「ああ、ライン活性化の魔眼じゃ」
「ライン活性化……」
「ああ、名前だけではよく分からんかもしれんがな」
国を滅ぼす程の魔眼って……。
想像もつかないような、災厄をもたらすようなモノなのだろうか?
復讐に役立つなら良いが、自身を滅ぼすようなモノなら願い下げだ。
「その魔眼の能力はな――V・Lを活性化させ、新たな能力を生みだし、身体能力の強化を施せる……というものじゃ」
新たな能力を生みだし、身体強化を施せる?
「……ちょっと待ってくれ、それのどこが国を滅ぼす力なんだ?」
確かに新たな能力を与えるような能力はすごいと思う。
身体能力の強化だってそうだ。
だが、国を滅ぼせるような力……そんなに大それたものか?
それにわざわざ能力を封じようとしていた理由も分からない。
僕の質問に、フィリアは何故かモジモジとして、伏せ目がちになる。
何か、自身の恥ずかしい秘密を打ち明けようとしているような……そんな反応だ。
「あのな、それは……その、ライン活性化はな、その……気持ちいいんじゃよ……」
「気持ちいい?」
「ああ、その……人間の本能を刺激する快楽……と言ったら良いんじゃろうか……フワッとして、キュンとして……プチュンとするんじゃ……」
「……抽象的すぎて良く分からないが、集中できないほど、快楽で心がかき乱される……ということか?」
「ああ……そんな能力を、常時まき散らすわけには……いかんじゃろ?」
だからさっきも眼鏡を外すなと言っていたのか。
顔を赤らめながら語るフィリアを見て、僕は納得した。
「なるほどな……その男はその力をどう悪用したんだ?」
「……魔眼の力を使って、平民、貴族問わず、国中の美しい美女を囲っておったらしくてな……相当にひんしゅくを買ったようじゃ。まあ一応そやつは王になったらしいが、あまりにも跡継ぎが多過ぎて、内乱が起こり、そのまま他の国に侵略されて滅亡したと伝わっておるの」
ご先祖さんは何をやってるんだ……。
国の滅亡ストーリーにしては陳腐過ぎやしないか?
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