彼女は婚約者の王子に裏切られて追放されたようです
お茶濁しに投稿。
だいぶ前に書いて放置してたのを手直し。続くかは未定。
あの日の事を忘れる事は出来ないだろう。
全く身に覚えのない罪状。潔白を示す証言は全て握りつぶされ、彼女は瞬く間に追放処分を受けた。
あの時、誰も気づかなかった。物事があまりにもスムーズに進みすぎていた事に。
唯一、二人の少女だけが気づいていた。
計略にかかってしまった二人の被害者だけが、その裏にあった悪意に。
「姐さん、姐さん……」
………どうやら、うたた寝してしまっていたらしい。
自分を呼ぶ声に、意識が急速に覚醒する。
「もうすぐ到着っすよ。………やっぱり、辛いっすか?」
こちらを気遣うように、彼はそう訪ねてくる。
ギルドの中でも、彼女の事情を知る者は古参の面子くらい。そして彼はその古参に含まれる人間だった。
「そうでもないわ。でも………やっぱり、複雑かな」
自分でも思ってもいなかった。もう二度と踏み入る事はないだろうと、そう思っていたのだから。
こうして再び、この国の地を踏みしめる事になるなんて、あの時の……追放された直後の自分では思いもしなかっただろう。
(………きっかけは)
全ての始まりは、自分と王子との間に結ばれた婚約だったのだろう。
レティアフィア・フォン・エーデルラング。バーゼンタ王国きっての大貴族、エーデルラング公爵家の令嬢として生を受けた彼女は、第一王子エルファウストとの間に婚約が結ばれ
ていた。
絶世の美少女と謳われる美貌。公爵令嬢に相応しい教養に、伴侶を支えるための王佐の才。
王妃としてこの上ない逸材として育て上げられた彼女だったが、15歳を迎えて少しした頃、全く身に覚えのない罪で追放された。
某国と通じ、国家を転覆せしめんとした、国家反逆罪。
突然、公爵家へ押しかけてきた王家の兵たちによって拘束され、全く反論する事の出来ぬまま、国外追放という処分は下された。
全ての事柄を理解しきる前に、彼女は見てしまった。
最愛の婚約者に裏切られた悲劇の王子、エルファウストが僅かながら口角を釣り上げていたところを。
そして、そのエルファウストの隣で、自分と同じくらいに青ざめた表情を浮かべた、フランカ・エズ・ドリスの姿を。
エーデルラング公爵家の分家筋に当たるドリス子爵家令嬢。それがフランカ。貴族令嬢としては多少お転婆なところはあるものの、自分にとっては可愛い妹分のような存在であった。
『殿下、あなたは………!』
理解した。エルファウストが全て仕組んだのだと。
フランカを自分のものにするために、王妃として迎えるために、婚約者に冤罪を着せ、排除した。
そしてフランカも気づいていた。だが、何も出来なかった。あの顔からするに、逆らえば一族その物を潰すとでも脅されているのだろう。
国王やその周囲の者も、今回の事には気づいている。だが、全てが全てエルファウストの思惑通りに進んでしまった。今更何かしたところで王家の醜聞を広める事にしかならない。だから、何も出来ない。
そうして、レティアフィアは国外へと追放された。その後の事にも、エルファウストは手を打っていた。
万が一という事もある。ただ国外に追放し、もし他国へ流れ着きでもすれば、彼女を利用して内部干渉を行う恐れもある。ならば、消しておくべきだ。
国外へ出た直後に、馬車は野盗によって襲撃を受けた。
(ま、あれに関しては本当に幸運だったんですけどね)
エルファウストの策略は完璧だった。
馬車の進路を野盗の襲撃コースに進まさせ、始末させる。野盗とは直接の繋がりもないから、自分の情報が漏れる恐れもない。
………ただ唯一、計算違いが起きた。
野盗が襲撃をかける地点のすぐ近くに、たまたまバーゼンタから出国した直後の冒険者が数名、たむろしていた。
彼らは真っ当な感性の持ち主で、正義感も相応に強い。
そんな彼らのすぐ近くで、馬車が野盗に襲われていたならどうするか。………答えは一択だ。
その日、深窓の令嬢だったレティアフィアは死に、新たに1人の冒険者が生まれた。
「しっかし、早いもんっすね~。姐さんがうちに来てからもう5年。まさかあの時拾ったお嬢様が大陸随一の大魔導師になるなんて思いも寄らないっすよ」
「そうでもないわ。私はそんなたいそれた存在じゃないし」
“銀鎗”のティア。
大陸最強の呼び声高い、大魔導師の名だ。
銀鎗の二つ名は、彼女が美しい銀髪を蓄えているからとか、彼女の使う術がまるで銀の鎗のようだからとか、理由は様々。
ただ、一つだけ確かだと言えるのは、今ここにいる彼女は冒険者として最高位にいるという事だ。
「………でも姐さん、本当に良かったんですか? 旦那も言ってたっすけど、わざわざ姐さんが来なくたって」
男の言葉に、ティアは無言で返した。
今回、彼女達が所属するギルド「誘いの鐘」に、バーゼンタから依頼が入った。
王家直轄領に竜が住み着いた。これを退治して欲しいと。
竜の強さは種類と格に依存する。さほど強くない竜なら、一国の軍隊が損害軽微で退治する事が出来る程度。
しかし、中には神話級にも及ぶ、強大な力を持った竜種も存在している。
今回住み着いたという竜は、話を聞く限りかなり強力なもの。ならば、竜を倒せる人間に話を通した方が早い。そう考えたのだろう。
竜を倒せる者は、「誘いの鐘」に何人かいる。ティアもその1人だが、わざわざ因縁のあるあの国に行く必要はない。行けば余計なトラブルが起きる可能性もあるのだ。
「そうね。あの腹黒王子からしてみれば、私が今も生きているなんて想定外だろうし」
あの後、御者と兵士の死体はそのままにしたが、馬車を襲ってきた野盗の死体は見つからないように始末した。
もし野盗の死体が残されていたら、何者かがティアを助け、連れ去った事が判明してしまう。野盗の死体を隠せば、「何者かに馬車が襲われた」という曖昧なままで終わらせられる。少なくともエルファウストは「野盗に襲われた」という事実を知っているので、特に追求はしないだろう。
「ティアの死体がない」という点から、仮に生き延びたという推察が出て来ても、女1人の足で隣国まで行けるはずがない。そう帰結する可能性が高い。
「私がのこのこ出て行けば、今度こそ息の根を止めようと仕掛けてくるかもしれないわね」
「だったら」
「だからこそ、よ。私としてもいい加減にケジメを付けておきたいし」
あれから5年経った。
恨んでいないと言ったら、きっと嘘になるのだろう。だが、復讐したいと言えるのかどうかは分からない。
この5年間の中、何度も自問自答を繰り返したが、答えは結局見つからなかった。
なら、自分の手で決着を付けるべきだ。直接目で見て、言葉を交わして、その上でどうするのかを決めたい。
「………強いっすね、姐さん。旦那が惚れ込むわけだ」
「あら、私の方こそあの人に一目惚れしたんだけど?」
空気が凍り付く。そんな比喩表現がある。
空気中には水分が含まれているが、あくまで比喩表現なので、実際に空気が凍るわけではない。
だが、今のこの場は間違いなく、その表現が最も似合っている。
その理由は、彼女が姿を現したからだ。
「………「誘いの鐘」構成員、ティアと申します。こちらは同じく構成員のエリック」
目上に対する敬語や態度がどうもうまくいかないため、エリックの方は静かに頭を下げるだけに留まる。
「…………………………」
玉座の間は静まり返っていた。
重鎮たちはもちろんの事、国王ですら、言葉を失っている。
………5年前の当事者である第一王子、エルファウストもまた、彼女の姿に驚愕を憶えていた。
(10年以上、婚約者でいたけど………あそこまで驚いた顔というのは初めて見るかもしれないわね)
昔から、エルファウストはとても頭のいい男だった。
何かを仕組んでも、自分が手を回したとは全く思わせない。冷徹な策略家であった。
そんな彼が今、驚愕を隠し切れていない。………無理もない、死んだはずの女がこうして姿を現したのだから。
「今回の竜退治につきましては、我々2人で担当致します。報酬等につきましては、既に担当の者との話し合いが済んでいる、と聞き及んでいますが」
「う、む………竜を討伐した証拠が確認され次第、成功報酬として支払われる事になっている」
驚愕こそしていたが、そこはやはり年の功。
ティアの質問に対し、威厳を損なわないままに答える。
………国王や重鎮達がエルファウストの謀に気づいたのは、全てが終わる直前だった。
ティアの追放。それが決定する直前に真実に気づき、そしてそのまま見ないふりをした。
全て王子の仕業だったと表沙汰にしたところで、王家の醜聞を晒し、国が混乱するだけ。それならば、大貴族の令嬢で第一王子の婚約者とはいえ、女1人を生贄にした方がまだ綺麗に片が付く。
臭いものに蓋をする。エルファウストの行いは褒められたものではないが、誰にも気づかれずに事を進めた手腕は、確かに為政者としての才あっての事だ。
事を明らかにすれば、そんな彼に処分を下さなくてはならなくなる。だからこそ、見ないふりをしたのだろう。
「では、より詳しく竜に関する情報をお聞かせ願えますか? 我々にも準備がありますので」
「現地の者を用意させよう。ところで、ティアと言ったか。………レティアフィア、という名に聞き覚えはないか?」
随分と直球勝負で来たものだ。
だが、それくらいで取り乱すようならば、魔導師なんてやっていられない。それにこういう風に攻めてくる事は想定内だ。
「………レティアフィアというのは、聞くところによれば5年前、他国と通じた咎で追放処分を受けたという公爵家の令嬢では? 確か、彼女の乗った馬車が何者かに襲われ、亡くなられたのでは? 少なくとも生きているという話は聞いておりません」
肯定はしない。否定もしない。
ただ、ティアは事実を話すのみ。
「ですが、5年前のあの日、たまたま馬車の近くにいた冒険者によって助けられ、その後も彼らと行動を共にし、今も冒険者として生活している。………確かにそのような可能性も否定できませんね」
つまりは、そういう事だ。
ティアが今も生き延びているのは、単に幸運だったから。
広大な砂漠の中で、一粒の宝石を拾い上げる。そんな幸運によって、エルファウストの仕掛けた策略は最後の最後で失敗し、今も今まで気づかなかった。
エルファウストにとっては屈辱だろう。必死に押し殺しているが、その表情には己に対する怒りが見て取れる。
(詰めの甘い人。万全を期すなら、追放ではなく処刑しておけば良かったのに)
10年近く婚約者として過ごしてきた相手を、さすがに直接殺すのは躊躇われたのか。
もしそうされていたら、自分はここには立っておらず、きっとギロチンの刃に露と消えていただろう。
「それで、その亡くなられた公爵令嬢と一介の冒険者である私に、何の関係が?」
「………いや、もういい。下がれ」
これ以上追求したところで意味は無いと察したのだろう。
国王は項垂れたまま、下がるよう命じる。
ティア達は一礼すると、そのまま玉座の間から離れる………直前に、一瞬だけエルファウストとの視線が交差した。
「…………………………」
「…………………………」
あの頃はただ、何を考えているのかよく分からない人だと、そう思っていた。
とても頭のいい人だというのは知っていた。ただ、自分と話している時も、誰かと話している時も、笑顔を浮かべてはいるが、本当は笑っていないんじゃないかと、そう思ってしまう時があった。
今ならば自信を持って言える。その時の直感は正しかったと。
視線を外し、振り返らぬまま玉座の間を後にする。………エルファウストの視線を、その背に浴びながら。
ティア
主人公。ギルド「誘いの鐘」構成員で、「銀鎗」の通り名で知られる大魔導師。20歳。
本名は「レティアフィア・フォン・エーデルラング」。バーゼンタ王国きっての大貴族、エーデルラング公爵家の令嬢だったが、5年前、婚約者だったエルファウストの策略により、国家反逆罪の冤罪を着せられ、追放処分を受けた。
さらにダメ出しとばかりに国外へ向かう馬車が野盗に襲われるも、たまたま近くにいた冒険者たちによって助けられ、その後も彼らと行動を共にする事に。5年の時を経て、大魔導師へと成長する。
エリック
ギルド「誘いの鐘」構成員。25歳。
5年前、野盗に襲われていた馬車を見つけ、ティアを助けた冒険者の1人。「誘いの鐘」最古参メンバー。
「~っす」という語尾を付けるのが特徴で、ティアの事を「姐さん」と呼ぶ。
エルファウスト
バーゼンタ王国第一王子で、次期国王最有力候補。20歳。
ティアとは婚約関係にあったが、彼女の妹分であるフランカに一目惚れした事がきっかけで、ティアを国外追放にし、フランカを手に入れようとする。
ティアの事を愛していたわけではないが、政略結婚ながらも行く行くは愛を育めるようになると考えてはいた。しかし、フランカとの出会いが全てを変えてしまった。
元婚約者を直接殺すのは躊躇われたのか、野盗に襲わせる手段に出るが、皮肉にもそれが彼女を生き延びさせる原因となってしまう。
フランカ
バーゼンタ王国の貴族。子爵令嬢。19歳。
家はエーデルラング公爵家の分家、ドリス子爵家。ティアとは幼馴染の関係で、彼女を実の姉のように慕っていた。
ティア追放にて、エルファウストから圧力をかけられていた可能性がある。
数年前にエルファウストと結婚。それを彼女自身が望んでいたかは不明。