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後編③ 熱き焔を胸に抱いて

 ついに始まった、シュリとカンタのバッティング対決。2人の実力は、どうやら互角らしい。練習嫌いでも相変わらずセンスのいいバッティングをなさるカンタ君。それに食らいつくシュリちゃん。中々やるじゃん。


 1年生ピッチャーが投げてはカンタが打ち、投げてはシュリが打ちを繰り返している。1年生の守備練習も兼ねることとなり、後輩達は二人が交互に打つ球を必死に追いかけていた。いよいよ投球が、10球目に差し掛かったとき。


 打順はシュリ。振り下ろした金属バットとボールがぶつかり、響いた金属音。白い球が高めの角度に打ち上げられる。それをなんと、ジャンプしてキャッチしようとするピッチャーの1年生。


 何か、懐かしい光景だな。


 どこかで見たような――。それまで穏やかに見守っていた俺であったが、その記憶が何なのかを思い出した、その時。


「危ない!」


 突如、自身でも気付かない内に俺は大声を出していた。


 全員が俺の方を振り向く。


「え?」


 呆気に取られる、仲間達。シュリが打ち返した球は、1年生ピッチャーの突き上げたグローブの、はるか上を過ぎ去っていた。


「大丈夫かよ、トオル。顔が真っ青だぜ」


 隣のヒデシが心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。


「ああ、ごめん、ちょっと目眩が」


「マジかよ、ちょっと休んでろ」

 

 そんなヒデシの奥で、コウが不安げにこちらを見つめていた。




 さて、勝負の結果は。監督が判定を下す。


「実にいい勝負だった。だが、10球目の打球は、目を見張るものがあった。フォームを少し直せば、ホームランだって狙えるだろう。勝者、焔君!」


「きゃーっ! トオル様、私、遂にやりましたッ! 夢の野球戦士です!」


 間髪入れず俺に抱きつくシュリ。おいおい、やめろよ人前で。あと戦士じゃなくて選手です!


「良いな? 焔君。試合になるともっと大変だ。覚悟は出来ているんだな?」


 と、厳しい表情の監督。


「ハイ! 頑張ります」


「頑張れよ、シュリちゃん」


 握手を交わす、カンタとシュリ。カンタ君、俺、君が何で女の子にモテるのか、少しだけ分かった気がするよ。


 でも、あれ? でもシュリは女の子なのに、どうやって選手登録するの? 出来るの? その謎は監督の城之内氏のみぞ知る。




 次の日、いよいよ迎えた強豪校、蛍光学院との対決当日。


 この日の朝、シュリは再び皆の度肝を抜いていた。彼女の長いポニーテールを、なんとバッサリと切って登場したのである。


 ピンク色のスポーツ刈り、というよりベリーショートの髪を見せ、えへへと笑って見せるシュリ。


「シュリちゃん、その髪!!」


 タツヤが驚いて短くなった髪を指差す。


「えへへ。覚悟を決めて切って参りました」


「俺の言った覚悟ってのはぁ、そういう意味じゃないぞ」


 シュリに昨日、覚悟は出来ているのかと尋ねた監督は、眉間に皺を寄せて呆れている。そんな周りの戸惑いをよそに、シュリはにこりと微笑む。


「案外スッキリして、気に入っています。一度にバッサリいったから、どうなることかと思いましたけど」


 ん? 一度にバッサリ? もしかして、それは件の『焔カット』ですか? 俺の髪を一発の炎玉で、キレイサッパリ坊主頭にしてくださった、あの?


 ……つるりん坊主ヘア以外に、ベリーショートというメニューもあったんですね。




 ついに待ち望んだ対決、蛍光学院VS山森第一。ベスト4進出をかけた戦いの火蓋が切って落とされた。


 試合開始後、序盤からホームランを放つ、相手チームの怪物打者。マウンドで悔しがるコウ。点差はあっという間に2‐0。


 この状態がしぱらく続き、あっという間に7回まで終了。カンタの分析が随分と功をなしており、この点差で押さえられているのは奇跡のようだった。


 試合が再び動いたのは8回裏。攻撃は山森第一。ヒデシが三遊間にヒットを打ち、1塁へ出塁。その後のマモルがフェンスギリギリに飛ばしたヒットによって3塁へと進んだ。


 その後、キャプテン、アタルの犠牲フライによってヒデシが帰塁しての初得点。ようやく巻き返しにかかるが、惜しくもすぐにスリーアウト。


 試合はあっという間に9回表。またもやあの怪物2年生によって1点を奪われる。しかし、これ以上点を奪われてたまるかと俺達バッテリーの粘りを見せ、続く打者達から三連続三振を奪った。


 いよいよ9回裏、最終局面である。俺は手に汗を握りながら、バッターボックスに立つコウを見守る。


 そんな中、ベンチで突然シュリが俺に声をかけてきた。


「トオルさま、約束してください。私が魔界へ帰った後の4番バッターは、貴方が務めてくださいませ」


「!?」


「……中学時代、最後の練習中のことですね? トオル様の打った打球、それを捕ろうとしたコウ様。鋭い球は運悪くもコウ様の腕に当たってしまった。それ以来コウ様はバットを思うように振り切ることが出来ない」


「……そこまで調べてたのかよ」


「誰かに怪我をさせる恐怖心から、トオル様もまた、バットを思うように振れなくなってしまったのですね」


「……そうだよ」


 俺はカンタとシュリの対決の際にも頭をよぎった、忌まわしき記憶に思わず俯いた。何で大事な試合の大事なときに、そんな事言うんだよ?


「だけど、コウ様は貴方に気を遣わせまいと、内緒でリハビリに通われています。私の偵察によりますと、かなり良くなってきているみたいですよ」


「!? それは知らなかったよ」


「コウ様が前に進まれた時、親友の貴方は隣にいなくて良いのですか?」


「……」


「約束してください。トオル様。必ずや、魔界にも届きそうな大きなホームランを打ってくださいませ」


 シュリはニコリと笑い、俺の肩をぎゅっと抱き締める。


「では、行って参ります」


 彼女はバッター用ヘルメットを被ると、俺を振り返ってもう一度満面の笑みを見せた。


 晴れ渡った秋空。

 スタンドから聞こえる沢山の応援。


 現在、試合は9回裏。3‐1で蛍光学院がリード。攻撃は山森第一高校。場面はピンチとチャンスの2死満塁。


 やがてスピーカーから聞こえる、次の打者を呼ぶアナウンス。


「4番、大田君に変わりまして焔君。バッターは、焔君、山森第一高校、背番号18」


「シュリーー!! 打て!」


 振りかぶる投手。

 投じられた、賽。

 ベンチまで響く金属音。


 上昇していく打球。それはやがてフェンスを越え、スタンドに運ばれていく――。




 どこまでも晴れ渡る秋空の下。


 もーいいよ、これ以上抱きつくなって。コウが満面の笑みをこぼして俺の背中に飛び付く。逆転勝利の歓喜に湧くメンバー達。


 だが、そこにはもう、いくら探したって桃色の髪はもう見当たらなかった。あの熱い炎を心に宿す、あの勇ましき姿が。それでも俺は彼女の姿をいつまでも探していた。


 その日の試合のことは、地元のニュースで大々的に報じられた。家族もどこか誇らしげ。海外にいる親父からも電話がかかってきた。


 ちなみにシュリは、試合が終わったら急用で帰国する、とお袋に伝えていたらしい。俺には何もナシかよ、水臭ぇな。




 ――それから季節は流れ。


 兵庫県は新神戸駅。そこからバスで向かう先は、俺達が恋い焦がれてやまなかった場所。車窓から見える路地には桜が咲いている。


 バスが信号で止まったとき、道端に咲いている花がふと俺の目に入った。鮮やかな、桃色の花だ。なんか見覚えあるような。ああ、あの時見た花火にそっくりだ。


 あ、そうか。激励しに来てくれたの? ありがとね。


 バスから降りると、ドアのガラスにさっき見た桃色の花びらが1枚、綺麗なままくっついていた。


 そっか、応援じゃないのか。悪かったよ。ちゃんとグラウンドに連れていくよ。


 俺は花びらを取ると、ユニフォームのポケットにそっと入れた。


 ありがとう、シュリ。君の炎はいつも俺とともにある。おかげで、俺は今とても心強い。


 風が心地よい、春の空。

 スタンドから響く、吹奏楽の音色。

 甲子園名物、六甲おろし。


 夢の舞台での初打席。俺は特大の一号ホームランを放ってやった。高く、高く、遠くからでも見渡せるように。

当初1話で完結のつもりでしたが、気付けば7話まで書いていました。思い付くまま勢いで書いた拙作ですが、執筆するのが楽しくもありました。

お読みくださった皆様、お世話になりました皆様、本当にありがとうございます。

これからも精進して参りますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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