後編② 桃色ビームの有効範囲
地方大会が始まり、我々の1試合目。相手は隣の県の公立校。しかし甲子園出場経験もある有名校だ。
おたく、公立なんですね。実はうちもなんです。
きっと話し始めれば、お互い通ずるものがあっただろう。しかし、この場で馴れ合いは不要でござる。
ここに勝てば、次に進んでくるであろう強豪校、蛍光学院との対決が待っているんだから。
さて、我らの戦法、とくとご照覧あれ。
「4番バッター、ファースト。大田ミノル君」
――山森第一チームの攻撃の回、バッターボックスに呼ばれた4人目の選手は、カンタでも、シュリでもなかった。
先日のシュリとの対決に、カンタは現れなかったのだ。そして以来、野球部の練習に姿を現さないままでいる。
それでもシュリは、やって来るか来ないか分からないチャンスの為に、手にマメを作りながらも毎日バッティングの練習を続けていた。
ていうか、シュリはそもそも選手になれるの? 俺たち一応、『男子』硬式野球部なんだけど。
それはさておき、空席になった4番打者に抜擢された、元々ベンチメンバーであった1年生のミノル君。ランナーは1、3塁。うん、いい構えだ。俺達はベンチから声援を飛ばす。
カン! 心地いい金属音が聞こえてきた。同時に客席からも歓声が起こる。3塁に出ていた俊足のタツヤがホームベースに無事帰還。おっし、1点入ったぜ!
その後もあれよあれよと出塁と帰還を繰り返し、その点差は5‐2。勝者は我らが山森第一高校、ベスト8に進出です。
いいスタートなんじゃない、これ。公立ながらも有名校に白星を挙げた試合の後、俺は少し浮かれていた。
そんな帰りの並木道にて、シュリちゃんが突然。
「気づいたことを申し上げてもいいですか?」
どうしました、えらく神妙な顔つきで。
「うん、なに?」
「先日、監督の資料を拝見したのですが、コウ様は中学時代ホームランを沢山打っていらしたとか。まさに投げるだけではない、打つことも出来るバランスの取れた選手だったご様子で」
「ああ、そうだよ。有名な高校からスカウトが沢山来てたんだ」
監督、そんな資料持ってたのか。
「しかし、高校に入ってからは全くホームランどころか、まともなヒットもありません。それからトオル様、貴方も」
「……」
そこまで調べたのか。驚きに俺は言葉を詰まらせる。シュリがさらに何かを言いかけようとした、その時。
突如、雷のような、太鼓のような地響きが遠くから聞こえてきた。
すると直後、建物の物陰から上空に大輪の花が咲き乱れる。
「花火だ!」
「なに?! 敵奴めッ!」
構えを取るシュリはしばし放置。そういや、台風の影響で延期になった花火大会があるってどこかで聞いたな。
「お祭りだよ、見に行こう!」
俺達は花火がよく見渡せるであろう、坂道の頂上へと急いだ。
花火会場まで多少距離はあるし、ここは住宅街だからムードもへったくれもないけれど、夜空に美しく咲く、季節外れの大輪の花は見事なものだった。
シュリは花火を初めて見るのだろうか、瞬きひとつせず目を大きく見開いていた。色彩舞う光の数々が、彼女の澄んだ瞳に宿る。
「あ、あの花火の色、シュリの髪の色と同じだ」
「え? どこでござりますか? ……ああ、本当ですね!」
なんだかシュリは嬉しそう。
「では、コウ様の髪にそっくりなのは……、あれでござります!」
嬉々とした表情で彼女が指差す、その先には。
――そうそう、まぁるいフォルムで、その手触りは少々デンジャラス。まさにどこかの家の、鉢植えサボテン。
おい、誰がサボテンだ。
まぁ、いいさ。キミの笑顔が見られるなら、俺はサボテンにだってなるさ。……ん? 前にも繰り返したような台詞だな。
俺はなんだか不思議な想いを胸に抱えながら、やがて帰路につく。
そんなこんなで、いよいよ明日に蛍光学院との対戦を控えたある日。
俺達は軽く練習を行い、これから念入りにミーティングを行うべく、メンバーで部室に向かおうとした時である。
――部室の入り口に誰か立っている。
制服でも、野球のユニフォームでもなかったから一瞬誰だか判らなかった。が、嫌というほど見慣れた顔にすぐ気付く。
ずっと部に顔を出さなかった、本来4番バッターであったカンタだ。
俺達は互いに顔を見合わせながら、カンタに近づいた。
カンタは何か文句でも言いに来たのかと思ったが、彼のその表情はバツが悪そうな、でも何か言いたげな、そんな表情だ。
「どうしたんだ? カンタ」
キャプテンのアタルが声をかけた。
「いや、皆、俺がいなくても大丈夫なのかなって思って」
カンタは誤魔化すようにこめかみをポリポリと掻く。
「1試合目は勝てたよ」
「らしいな。おめでとう」
らしくないな。でもありがとう。
カンタはまだ何か言いたげにモジモジしている。まぁこの子ったら、こんなに恥ずかしがり屋だったかしら?
「何しに来たんだよ? お前は4番の役割を自分で放り出したんだぞ」
今までカンタに腹を据えかねていたマモルが、カンタを責め立てた。
「ああ、わかってる」
「だったら今更、何しにきたんだよ!」
「……これ、渡そうと思って」
そう言いながら、カンタはごそごそとポケットを探ると小さなノートを取り出した。
「蛍光学院の、色々な試合を見てきたんだ。地区大会も、練習試合も。ここに弱点とか、選手の特徴とか全部メモしてある。使ってくれよ」
ええぇ~!
「お前、デートで練習サボってたんじゃないのかよ?!」
俺はすかさず突っ込んだ。
「あぁ、デートだよ。野球デートが大半だけどな。俺、親に言われて嫌々バッティング練習やってたんだ。本当はこうやって、チームを分析する方が好きなんだよ」
俯きながらも、そう言い切ったカンタはどこかスッキリした顔をしていた。
「でも俺、野球は大好きなんだ。選手じゃなくてもいい。もう一度、俺を仲間に入れてくれ」
カンタが皆に向かって頭を下げた。……俺達はしばしリアクションまでに間を空けたものの。
「なんだよ、水臭えな! そういう大事なことは早く言えよ!」
今まで彼にきつく当たっていたマモルが、豪快に笑いながらカンタの背中をバンバンと叩いた。俺達もカンタに駆け寄る。チームで偉ぶっていた、あのカンタが今は照れ臭そうにはにかんでいる。
やがてカンタはシュリの姿を目に止めると、彼女の前に進み出た。
「ちゃんと言おうって思うことが出来たのは、シュリちゃん、君のお陰だ。チームの為に出来ることを精一杯考える君を見て、俺もどうやって役に立てばいいのかやっと気付いたんだ」
シュリはきょとんとしている。きっと無自覚なのだろうな。カンタは更にシュリに近づくと、彼女の手を握った。先日とは違い、そっと優しく包み込むように。
「この間は、ごめん。良かったら、今からバッティング対決をしない? 数日ブランクがあるとは言え、今から4番復帰だって狙えるぜ。もちろん、手加減はナシだ」
カンタはシュリに、わざとらしくニヤリと笑う。
「いいすか? 監督」
いつの間にか、俺の背後に監督が。
「ああ、良いだろう。10球勝負だ!」
その言葉に、シュリの顔は一気に明るくなった。