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後編① その女子、怪力につき

 監督から授かりし『広野に舞う白球を追う者達の決断』(ルールブック)を装備したシュリ。そんな彼女は格段と野球に詳しくなっており、チームについてのとある意見を言った。


「やはり、多少点を取られても巻き返せる力が必要ですね」


 まさにおっしゃる通りです、解説のほむらさん。しかし今季の山森第一チームはどうも打線が弱いようです。


「……困りましたね。コウ様のピッチングに頼ってばかりではどうしようもありません。ヒットはまあまあ打てそうですが、やはり打者の強化が課題。しかしどうすれば」


「強い選手を呼び込めたらねー」

 

 と、コウ様。


「練習設備とか充実してたらねー」


 と、俺達と同中学からの三角みすみヒデシ。彼の守備はサードでし。


 皆それぞれに遠い目をし始めたとき。


「だーいじょうぶだって! シュリちゃん、俺がいるよぉ」


 偉い自信ですね、ファーストで4番打者のカンタ君。先程から念入りに、自身の顔を手鏡でチェックしている。今日、この後2人の女の子とデートなんだとか。


 ハッキリ言うが、俺はこいつが何でモテるのかわからない。


「ま、うちの高校じゃ無理だな。校舎もボロボロ、その立て替えで精一杯みてえだし。俺達も精一杯やるしかないっしょ」


 俺は話をまとめに入り、やがてそれぞれの帰路についた。


 俺が自転車を押しながら歩く、その横でシュリは何やら難しげな顔。


「ごめんな、うちのチームが弱いばっかりに。早くホシガラースに帰りたいだろ」


 彼女が憂うるような理由は、それ位しか俺は思い付かない。だがシュリはハッと顔を上げると、やがて清々しい顔となり俺に微笑む。


「申し訳ござりませぬ。少し考え事をしておりました。しかし私、野球というものがとても面白くて仕方ありません」


「そう? それは嬉しい言葉だけど。しかし何か俺に出来ることはないものか……」


「では、腕の筋肉トレーニングを頑張ってみては? 今日から特訓です。そうそう、良い筋肉を作るには、卵料理が良いのだとか。たんと食してくださいませ」


 シュリがにこりと笑う。その表情を見て、俺は不覚にもドキリした。ちょっとちょっと、シュリたん。キミもなかなか可愛いところあるじゃん。


 ――しかし、そのわずか20分後。


「ヤバウマ! オフクロサンノ~、タマゴヤキッ! コンド、ツクリカタ、オシエテクダサーイネッ」


 ウマシ、ウマシとまたもや伊賀家秘伝の、それも俺の卵焼きまで綺麗に平らげるシュリたんであった。




 そして新学期も始まろうとしていた日。いよいよ始まる秋の地区予選。春の選抜を賭けた熱き闘いの序章である。ここで詳細はスッ飛ばしますが、なんと我々、地区大会で優勝したのです!


 ……まぁ、この地区で本気の野球がやりたい人は離れた私立及びウチに進学するからね。ここに関しては、特にうちのライバル校はいないのです。


 お次は同県内の強豪校であり今夏の覇者、蛍光けいこう学院様とぶつかるであろう県大会。優勝もしくは準優勝にまで持ち込めば地方大会へ……思っていたらなんと今年はうちの県、3位までは地方大会に進めるのだとか。


 そして運の良いことに俺達は蛍光学院とうまーいことぶつからず、これもなんと夢の3位。もちろん県優勝は蛍光学院ご一行様。


 しかし、ここまでの記録で、山森第一チームの本塁打はゼロ。このまま地方大会に進んで良いのだろうか。悪あがきとわかっていても、今さらとわかっていてもチームで何か出来ることはないのか?


 悩みながらも答えが出ず、夏の暑さがまだ残るある日。ようやく地方大会の対戦トーナメントが発表された。


 勝ち進めば、ベスト4を決める試合にて俺達は蛍光学院とぶつかることになるみたい。組み合わせを知るや否や、ざわつく部室内。


 あえてもう一度言うと、蛍光学院とぶつかるのはモチロン勝ち進められたらの話なんだけど。


 しかし手抜き諦めは不要。従って我々はこれより、戦略会議に突入する。


「どうしますか、監督。序盤はコウを温存しますか?」


 静かに語るは、クールなメガネくんの瀬関せせきアタル君。ポジションはセカンド。趣味はテコンドー。ちなみに秀才でしっかり者のキャプテンでもあらせられます。


 そんなクールな意見に頷く監督。確かに、コウが疲れたら大変からね。


 コウはライトに回り、代わりに1年生ライトの宇川うかわリュウ君が登板することになった。だけど彼は少し緊張しているみたい。


「僕で大丈夫でしょうか……」

「だーいじょうぶだって! 俺がいるから。おい、コウ、お前は休んどけ!」

 

 近頃、『鬼の4番』と異名が定着しつつあるカンタ君も同意見とのこと。ちなみに、何も彼のバッティングが鬼気迫るわけじゃあない。


 女の子とのデートに夢中で練習サボること、それこそ鬼のごとしなのである。何度でも言うが、俺はこいつが何でモテるのかさっぱりわからない。


「だーいじょうぶだって! 俺がいるよぉ」


 戦略会議で誰かが発言する度に、約4割で繰り返されるこの言葉。打率もそれ位上げられませんか、ねぇカンタ君?


 多分俺だけでなく、他の皆もイライラしてきているはず。


 そろそろ誰かが釘を刺すかな……? と思いきや。


「大丈夫なわけありません!」


 突然の大声に、全員か驚いて声の主を振り返る。

 

 そこには、なんとシュリが仁王立ちになってカンタを睨み付けているではないか。


「カンタ様、貴方、4番バッターですよね!? 勝ちたいとは思わないんですか?!」


「大丈夫だってー。シュリちゃん、俺がいるし」


 もう聞き飽きたぜ、この台詞。


「大丈夫ですと? ここ最近、カンタ様は練習に顔を出さない日もあるどころか、試合に寝坊して来た日もありました。そんなお方にお任せするなど、私は到底出来ませぬ」

 

 俺が言いたかったぜ、この台詞。

 それまでニヤついていたカンタの表情が凍りつく。


「……急になんだよ? てかさ、シュリちゃん。マネージャーがそんな口聞いていいと思ってるの?」


「おい、カンタ、そんな言い方やめろよ。シュリちゃんも、気持ちはわかるけど……」


 キャプテンが止めようとする。が、最後に余計な一言を吐いてしまったのは正に後の祭りだった。


「気持ちはわかるってなんだよ。俺がいなかったらこのチーム、おしまいだぜ?」


「いようがいまいが、蛍光の打者には叶わねーよ。ホームランぽかすか打つんだから」


 ここぞとばかりにレフトのマモルが、溜め込んでいた文句を言ったけれど。


「じゃあお前が打てんのかよ。打ってみてから、そう言うこと言えよ」


 出ました、カンタ君の決め台詞。これを言われたら皆、困っちゃう。


 だがシュリはひるまなかった。


「わかりました。私、打ってみます」


 ――いえいえシュリちゃん、そんな細い腕した女の子に、そんな力はないでしょう。


「はは。もしかして男子と女子、力が一緒だと思ってる? 男の力はこんなに強いんだぜ?」


 カンタはそう吐くなり、嫌味な表情でシュリの手を握ると、彼女の肘ごと外側に倒そうとする。


 それは痛いでしょ、女の子に何やってんのさ。俺達は言うまでもなく止めに入ろうとする。――が、しかし。


「これしきの力ごときで!」


 シュリが歯を食いしばり、ぐぐっと力を込めた、その刹那。


「いってぇ!!」


 驚くことに、カンタの手が逆に押し倒されたのだ。俺達は呆気に取られる。何が起きたんだ? 


「こ、こいつ怪力か……?!」


 シュリは息を切らし、肩で呼吸する。そしてこの騒ぎに沈黙を貫いていた監督の前に向きなおった。


「カンタ様と私で、勝負をさせてください。私が少しでも、カンタ様より沢山打てたら私を選手にしてください」


 監督は完全に圧倒されている。フリーズすること、約7秒。


「お願いにござります!!」


 シュリは監督に頭を下げ、再度頼み込む。その声でようやく我に返る、城之内氏。


「いいだろう、勝負は明日の朝だ!」


 え? 監督、ホントに我に返ったの? 寝ぼけてないっすよね?


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