8話
桃子は眉根を寄せた。
「カエルがヒトの為に誓うなぞ、ただのことでなかろう。一体どういうことじゃ」
「俺はむかし、鬼から酷い目に遭わされたんだ。だから……、」
「それを復讐というんじゃろう」
「ちがう! ある意味そうかもしれない。けれど、全然そうじゃない! 俺はただ人間のために、鬼に言ってやりたいことがあるだけなんだ!」
瞬き一つしないカエルの両眼が、真剣味を帯びた。
「連れて行ってくれるだけでいい。鬼のもとへ。あとは自分で何とかする」
「悪いがわっちは仲間と信じられぬ者以外、同行させるつもりはない。ましてぬし、明らかに何か隠し事をしておろう。そんな疑わしい輩を、命の危険が伴う極地へと連れていけるわけがない」
「隠し事と言われれば否定はしないさ。そう、」
――俺には隠し事がある!
「大声出して言うことかの」
「どうしてもさらけ出したかった。けど……、言えない理由も併せ持ってるんだ。それで信じてくれだなんて、おこがましいってのもわかってる。でもだからこそ誓うよ。――ケロ!」
カエルは、ひざまづいた。
「この命、懸けて君に忠誠しよう。道中死に目に逢うならば、まず先に俺が護って我が身を賭す。たとえ死ぬとわかっていても、君の盾となり全力で庇う。それで連れて行ってくれるなら、今はこの場で、四つ足すべての指を斬り譲ってもかまわない」
――俺は死んでも、アイツに言ってやらねばならないことがあるんだ。
カエルの眼は一心だった。
「……」
桃子は、しばし何も言わず、ただカエルを見つめていた。連れていくかを迷っていたのではない。桃子の胸中の半分には、こんな必死になれる両生類がいるものかという驚きと、もう半分は単に好奇心が湧いていた。
何が故にこのカエルは、ここまで必死になれるのか。
そのわけを、なんだか知りたくなってしまったのだ。
「家族でも焼き殺されたかのう。鬼にひどい目に逢わされたというなら、ただ征伐に供させてくれと言えばよかろう。ぬしの思惑は知れぬが、ただ鬼に言ってやりたいことがあるの一点張りではのう。……さすがに決めかねるところがあるじゃろう」
暗に打ち明けるよう促し、ちらりと見やったが、カエルは頭を地面に押し付けて請うていたのみだった。
「頼むよ。どうかこの俺を、鬼のもとへ連れて行ってくれ」
退かないカエルを前に、桃子はまた一つ嘆息した。小さい体をくいとつまみ上げると、不安げなカエルの顔をのぞき込む。桃子は笑ってみせた。
「わっちには一つ、腹に据えかねることがあるんじゃ。自分が女であることに対する評価が、どうにも気に入っておらん。小娘ひとりに、いったい何ができる――? 誰もがそう思い、決めつけ、詰問する」
「……」
鬼の話から離れたことに、カエルはぽかんとしていた。
桃子はあぜ道に続く行く先を、指さした。
「こうしてある道にすら、歩むのを阻もうと立ちふさがるわけじゃ。道中、たまたま出逢った道端のカエルに、なんだか自分と同じ境遇を見てしまってのう。だって、カエルとて同じじゃろう? ぬしの小さい身に、わっちは可能性なぞ皆目見つけることができないのじゃから。……どこか運命めいたものを感じてしまってのう」
カエルの顔がぱあっと明るくなった。
「それじゃあ、連れて行ってくれるのか?」
「正直に言うとどっちでもよい。おぬし、なんだか大層なことを言うが、カエルがいっぴき、死に物狂いになったところでたかが知れておろう?
わっちと一緒じゃ。
桃子は一つ笑って続けた。
「おぬし指を全部くれるとまで言ったか? そんなもの取ったら、第一気持ち悪いし、そもそも役立つか怪しいところへ、いよいよ使い物にならんじゃろう」
「……なら、どうすれば信じてくれるんだ。俺には、この身よりほかに譲れるものが何もないんだ」
「何も要らん」
「――へ?」
桃子は、カエルの眼を真剣に見つめこんだ。
「さっきの威勢と言葉は本心か?」
改めて真剣に問うと、カエルはたじろいだ。しかし、すぐに首をぶんぶん縦に振った。
「ああ! 二言ない。このカエル、桃子にしっかりと仕え抜くと誓うさ!」
誇り気に胸を張るカエルに、桃子は苦笑を漏らした。
「いっちょ前じゃが、今しがた、わっちに助けられた口が言うことかのう?」
ほっぺをつんつん突くと、カエルは「ケロ」と舌を出してごまかした。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「あ、そうじゃ。ひとつ忘れとった。――ほれ」
桃子がぽいと放ると、カエルはそれを慌てながら手に取った。
婆やが手作りしてくれた「きびだんご」だ。
桃子は恥ずかし気に頬をぽりぽりとかいて、あっちの方を向いた。
「まあ、アレじゃな。なんというか一応、儀式のようなものだからのう」
カエルがぶわっと感涙してぐっしょりと顔を濡らし、桃子の胸に盛大に飛ぶついていったが、びっくりして悲鳴をあげた桃子に盛大にはたき落された。
「ごふっ」