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桃姫伝  作者: 立花豊実
7/25

7話


 刀身から鋭気がただよう。

 わずかにも立ち向かおうものなら、即座に反撃を浴びせるぞと、意思が見て取れた。

 鋭利な刃の延長線が、対象である小男を凛と射抜いている。

 桃色短髪に小柄な風貌。その周囲を取り巻く、釣り合うことのない豪傑じみたオーラに、小男はたじろいだ。

「……何もんだ、てめえ」

「桃子と申す。鬼を倒しに出たところじゃが、偶然通りかかってのう。面白いカエルにしばし目を奪われていた」

「鬼を倒すだァ? ひよっこのなりしたヤツが何ぬかしてやがる。出来るわけがねえ」

 桃子と名乗る青年が、不満げな表情を呈した。

「なぜこうも、世はわっちにできないと諭したがる。死のうが出来なかろうが構わんじゃろう。わっちの命、わっちが好きなことに使う。鬼を倒したい、ただそう想ってひた走っておるのじゃ。文句など言わせん」

 桃子は眼をつむり、何かを思い出すように付け足した。

「……まあ、婆やとの約束があるからの、簡単には死ねぬが」

「何言ってるか知らねえが、ガキに付き合ってるヒマはねえんだ。退く気がねえなら殺すぞ」

 小男が構えた刀に、桃子はくいと首を傾げた。

「わっちだって別にヒマなわけでもない。やすやす退く気もなければ、殺される気もない。理不尽に他者を痛めつける輩を放っておけるほど、我慢強くも厭世的でもない」

「ぐだぐだぬかすなと言ってんだ! 痛い目みなきゃわかんねえのか!?」

 男がけり出して飛び掛かり、刀を振り下ろした。

 桃子が後方へ下がって避けると、小男がさらに踏み込んで追撃する。放たれた突きを、桃子が身をそらして凌ぎ、そこからさらに横なぎもかわした。以降、後続する幾度もの斬撃を回避し続ける。

 力の限り刀を振っていた小男が、額から汗を飛ばした。

「ぜんぜん当たりやがらねえ!」

 刀がびゅんと空を切る。

「おぬしがその程度だということじゃな」

「この、口の減らねえ奴が!」

 いよいよキレた小男だが、勢い踏み込んだその箇所が、まさかカエルの吐き出した粘液で”ぬめり”としていることなど微塵も予期していなかったのだろう。思いきり踏み外した。

「ぐおおっ!」

 無理に体勢を整えようとしたその時、自分の肩にカエルが居るのを心底仰天した小男は、すってんころり。がちーんと、打ちどころ悪く後頭部を強かに打ち付けた。泡を食って目をぐるぐる回し、そのまま動かなくなる。



 桃子が小刀をしまうと、カエルに目をくれた。

「おぬし横から手を出すなど卑怯ではないか」

 未だに内臓が飛び出そうな吐き気に「うぷ」。カエルは口を押えながら言った。

「先に手を出したのはそちらさんだろ。桃子とか言ったな。……女?」

「そうじゃ」

 カエルはちらと周りを確認した。

「子供たちは無事に帰ったのか?」

「安心せい。おぬしがひと暴れしている間に逃げた」

「そりゃいい」

 次いで、脇腹を斬られた男にぴょんと寄っていくと、額いっぱいに粒汗を浮かべる男の耳元に話かけた。

「改心するなら助けてやる」

 意識のあいまいな男は苦悶の表情で答えた。

「お前の言った通り、刃が自分に、返ってきちまった……」

「今度は刃じゃなくて幸せをくれてやれよ」

 また、桃子の方へ、ぴょん。

「手を出したついでだろ。アイツら人里まで運ぶの手伝ってくれよ」

「おぬし、カエルのくせにやることがいちいち人間寄りじゃのう……。それに、手伝えといっても、ほぼわっちが運ぶようなものじゃ」

 ほっぺを桃子に指で突つかれ、カエルは「ケロ」と舌を出してごまかした。



 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★



 一件を終えて、カエルを草むらへ戻すと、桃子は息をついた。

「人助けは済んだ。おぬし、両生類にしてはようやりおる。じゃが、あまり無茶するでないぞ。元々短い一生がさらに縮んでしまうから。でわ達者でな、ばいばい」

 桃子が手を振ると、カエルが何か言いたそうに口をもごもごさせた。結句、何か言い出した。

「なあ。お前さ、鬼退治に行くんだろう?」

 質問の流れが思わしくない方へ向かいそうな気がして、桃子はしかめツラで頷いた。

「そうじゃ」

「なら、俺も連れていってくれよ。きっと役に立つぜ」


 えー。


「ええ!? なんだよ、えー、ってその嫌そうな顔。俺それなりに活躍したじゃん?」

「おぬし、ヌメヌメじゃし、いやじゃ。せめて哺乳類がいい」

「両生類の力なめてんな? ケロっ! 跳躍力と舌の長さは結構売りなんだぞ。見ろよこれ、ほら、」

 シュッ、シュッ、と舌出しを繰り返した。

「ふーん。すごいのう、とっても」

「棒読みだよ! しかも嫌そうな顔ッ! 失礼なヤツ! この舌、ぺろりしたらどれほどすごいことか!」


 ……たしかに、ゾッとするのう?


 桃子は自分を抱いて、わざとらしく身震いした。

 カエルが憤慨する。

「気持ち悪そうに言うな!」

「仕方ないじゃろう。さっきからケロケロとうるさいカエルじゃ。いやなもんはいやじゃ。イヌがいい。大体、そうと決まっておるじゃろう?」

「いけないんだ! そうやって既定路線ばっかり! 文句言ってないで連れてけよ、ケロっ!」

 桃子は「はあ」と深くため息をついた。

「遊びじゃないんじゃ。自分のために言うておるのでない。命がかりの戦いに、通りすがりの、ただのカエルを、巻き込みたくないだけじゃ」

「そんなこと、こっちだって百も承知だ。俺は鬼に逢わなきゃならないんだ。言ってやらなきゃ気が済まないことがあるんだ! 絶対に退かないぞ! 俺は必ず鬼に逢いに行く!」

 ぐぐぐ、とちっちゃい拳を固めるカエルを見つめ、桃子はまた小さく嘆息した。

「復讐のためなら、なおさら気が進まぬ」

「誓うよ。これは人のためだ」

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