7話
刀身から鋭気がただよう。
わずかにも立ち向かおうものなら、即座に反撃を浴びせるぞと、意思が見て取れた。
鋭利な刃の延長線が、対象である小男を凛と射抜いている。
桃色短髪に小柄な風貌。その周囲を取り巻く、釣り合うことのない豪傑じみたオーラに、小男はたじろいだ。
「……何もんだ、てめえ」
「桃子と申す。鬼を倒しに出たところじゃが、偶然通りかかってのう。面白いカエルにしばし目を奪われていた」
「鬼を倒すだァ? ひよっこのなりしたヤツが何ぬかしてやがる。出来るわけがねえ」
桃子と名乗る青年が、不満げな表情を呈した。
「なぜこうも、世はわっちにできないと諭したがる。死のうが出来なかろうが構わんじゃろう。わっちの命、わっちが好きなことに使う。鬼を倒したい、ただそう想ってひた走っておるのじゃ。文句など言わせん」
桃子は眼をつむり、何かを思い出すように付け足した。
「……まあ、婆やとの約束があるからの、簡単には死ねぬが」
「何言ってるか知らねえが、ガキに付き合ってるヒマはねえんだ。退く気がねえなら殺すぞ」
小男が構えた刀に、桃子はくいと首を傾げた。
「わっちだって別にヒマなわけでもない。やすやす退く気もなければ、殺される気もない。理不尽に他者を痛めつける輩を放っておけるほど、我慢強くも厭世的でもない」
「ぐだぐだぬかすなと言ってんだ! 痛い目みなきゃわかんねえのか!?」
男がけり出して飛び掛かり、刀を振り下ろした。
桃子が後方へ下がって避けると、小男がさらに踏み込んで追撃する。放たれた突きを、桃子が身をそらして凌ぎ、そこからさらに横なぎもかわした。以降、後続する幾度もの斬撃を回避し続ける。
力の限り刀を振っていた小男が、額から汗を飛ばした。
「ぜんぜん当たりやがらねえ!」
刀がびゅんと空を切る。
「おぬしがその程度だということじゃな」
「この、口の減らねえ奴が!」
いよいよキレた小男だが、勢い踏み込んだその箇所が、まさかカエルの吐き出した粘液で”ぬめり”としていることなど微塵も予期していなかったのだろう。思いきり踏み外した。
「ぐおおっ!」
無理に体勢を整えようとしたその時、自分の肩にカエルが居るのを心底仰天した小男は、すってんころり。がちーんと、打ちどころ悪く後頭部を強かに打ち付けた。泡を食って目をぐるぐる回し、そのまま動かなくなる。
桃子が小刀をしまうと、カエルに目をくれた。
「おぬし横から手を出すなど卑怯ではないか」
未だに内臓が飛び出そうな吐き気に「うぷ」。カエルは口を押えながら言った。
「先に手を出したのはそちらさんだろ。桃子とか言ったな。……女?」
「そうじゃ」
カエルはちらと周りを確認した。
「子供たちは無事に帰ったのか?」
「安心せい。おぬしがひと暴れしている間に逃げた」
「そりゃいい」
次いで、脇腹を斬られた男にぴょんと寄っていくと、額いっぱいに粒汗を浮かべる男の耳元に話かけた。
「改心するなら助けてやる」
意識のあいまいな男は苦悶の表情で答えた。
「お前の言った通り、刃が自分に、返ってきちまった……」
「今度は刃じゃなくて幸せをくれてやれよ」
また、桃子の方へ、ぴょん。
「手を出したついでだろ。アイツら人里まで運ぶの手伝ってくれよ」
「おぬし、カエルのくせにやることがいちいち人間寄りじゃのう……。それに、手伝えといっても、ほぼわっちが運ぶようなものじゃ」
ほっぺを桃子に指で突つかれ、カエルは「ケロ」と舌を出してごまかした。
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一件を終えて、カエルを草むらへ戻すと、桃子は息をついた。
「人助けは済んだ。おぬし、両生類にしてはようやりおる。じゃが、あまり無茶するでないぞ。元々短い一生がさらに縮んでしまうから。でわ達者でな、ばいばい」
桃子が手を振ると、カエルが何か言いたそうに口をもごもごさせた。結句、何か言い出した。
「なあ。お前さ、鬼退治に行くんだろう?」
質問の流れが思わしくない方へ向かいそうな気がして、桃子はしかめツラで頷いた。
「そうじゃ」
「なら、俺も連れていってくれよ。きっと役に立つぜ」
えー。
「ええ!? なんだよ、えー、ってその嫌そうな顔。俺それなりに活躍したじゃん?」
「おぬし、ヌメヌメじゃし、いやじゃ。せめて哺乳類がいい」
「両生類の力なめてんな? ケロっ! 跳躍力と舌の長さは結構売りなんだぞ。見ろよこれ、ほら、」
シュッ、シュッ、と舌出しを繰り返した。
「ふーん。すごいのう、とっても」
「棒読みだよ! しかも嫌そうな顔ッ! 失礼なヤツ! この舌、ぺろりしたらどれほどすごいことか!」
……たしかに、ゾッとするのう?
桃子は自分を抱いて、わざとらしく身震いした。
カエルが憤慨する。
「気持ち悪そうに言うな!」
「仕方ないじゃろう。さっきからケロケロとうるさいカエルじゃ。いやなもんはいやじゃ。イヌがいい。大体、そうと決まっておるじゃろう?」
「いけないんだ! そうやって既定路線ばっかり! 文句言ってないで連れてけよ、ケロっ!」
桃子は「はあ」と深くため息をついた。
「遊びじゃないんじゃ。自分のために言うておるのでない。命がかりの戦いに、通りすがりの、ただのカエルを、巻き込みたくないだけじゃ」
「そんなこと、こっちだって百も承知だ。俺は鬼に逢わなきゃならないんだ。言ってやらなきゃ気が済まないことがあるんだ! 絶対に退かないぞ! 俺は必ず鬼に逢いに行く!」
ぐぐぐ、とちっちゃい拳を固めるカエルを見つめ、桃子はまた小さく嘆息した。
「復讐のためなら、なおさら気が進まぬ」
「誓うよ。これは人のためだ」