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桃姫伝  作者: 立花豊実
25/25

25話

 カエルは他人事のように「いいさ」といった。

「オレのあきらめが悪いかぎり、鬼には必ず会える。遅いか早いか、それだけさ」

「退くわっちが言うのはおこがましいかもしれんが、カエルの一生は儚く短いじゃろう。道草を食っている暇などないと思うが」

「なんだ、知らないのか? カエルにとって道は、草が生えているところにしかないんだぜ」

 親指をおっ立てるカエルに、桃子は脱力した。

「おぬしが決めたことなら、もうそれで構わぬよ」


 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 桃子はカエルを頭にのせて、野営地を出立し、帰路についた。

 鬼退治に向かっていた時は、一歩一歩に覚悟を伴ったのに、道を反対に進むだけで、足取りはまるで違った。体に重みがなく、張りつめていた全神経の糸が、ぷつりと切れてしまったようだ。

 かかげた未来像から遠ざかるのを意識するのが段々と嫌になり、桃子は関係ないことを口にした。

「――そうじゃ、おぬし、隠し事があると言っておったが、そろそろ頃合いじゃ。もう明かしてくれてもよかろう? どうせわっち、退く身じゃし」

 カエルが渋い顔になる。

「何だなんだ急に。それとこれとは、ぜんぜん別だろうよ」

「隠すことなかろう。ここまで来た仲じゃ」

「嫌だよ、お前にだけは言えない」

「…………わっちにだけは?」

 桃子が訝しむと、カエルが「いや口がすべった。だれにも言えないってことだよ」とあわてて訂正した。

「端々でみょうなヤツじゃ」

 カエルが言いたくないならそれでいい。桃子は自分が鬼討伐の部外者であることを自覚して、それ以上の追究をするつもりはなかった。けれど、何やらカエルの方が「ううむ……」とか「でもなあ……」と悩んでいる。

 見かねた桃子が、諭すようにささやきかけた。

「秘め事は体に毒じゃぞ。いっそ言ってしまえば楽じゃ」

 なおも躊躇していたカエルは、やがて首を横にぶんぶん振った。

「やっぱ言えない」

 ……けど、と続けたうえで、膨らませた頬をぽりぽり掻いた。

「その代わり、ちょっとした退屈しのぎに、人間のおとぎ話をしてやろうか」

「おとぎ話?」

 桃子が興味を示すと、カエルは人差し指を立てて、さも知った風に語りだした。

「あるところに、えげつない権力を持った男がおりました」

「なんじゃ、えげつないって」

 と桃子は思わず聞いた。

「何をしたって許される立場に居たんだ。従わなければ皆が罰せられる」

「用いる人間にもよりそうじゃな」

「そうだな。ソイツは結構な色男で、格好もよかったし、元は良いヤツだったんだけど、思えば何でも手に入るもんだから、段々と環境におぼれちまった。いつしかタガが外れ、周りが止めに入れないのをいいことに、他人に酷い仕打ちを始めたんだ。一度や二度じゃない。回を重ねるごとにたちが悪くなり、やがて度を越した」

「人を殺めてしまった?」

 桃子が推察して聞くと、カエルは「さあな」と両手を挙げた。

「なんにせよ、そいつがしたことは、ついに神から怒りを買ってしまった」

「神はどうしたんじゃ」

「そいつを醜い獣の姿に変えたのさ。――半永久的に」

「獣って、いったいどんな獣じゃよ」

「そりゃあ人がみたら『おえッ』ってなるような獣さ」

「クマみたいな感じかの? いまいち想像つかぬが、それで当然のことを仕出かしたんじゃろ。なら罰はしかと受け入れるべきじゃ」

「そうだな。まあ、それでも、神はその男に元の姿に戻れる機会を与えると言った。醜い姿をして、それでも他人から愛されるようになったら戻してやるって」

「神様のしそうな更生手段じゃな。外見より中身を入れ替えてこい、ということじゃろ?」

 桃子が冗談まじりに笑うと、カエルは意外と真面目に、

「外見的な要素に執着するのは、生き物の残酷なさがなんだぜ。それに、その更生法ってのは、男にとっては大したことに思えなかった。姿かたちが獣になろうが何だろうが、自分には権力がある、と余裕すら感じていた。バカな神めとののしり笑ったぐらいだ」

「自信があったのじゃな」

「過剰にな。それまでの環境が、心の奥底、根っこまで腐らせていたことに、自分では気づけなかったんだよ。だから獣に変わった男は、それで自分が何を失ったのか、すぐには理解することができなかった。神は、特別に、と前置きして『暫時、三回だけ元の姿に戻してやる。大事に使うように』と約束したけど、それすら、男には無用に思えたんだ」

 情景を想像しながら聞いていた桃子は、無言のままカエルに続きを促した。

「男はそれまで同様に、自分が権力者としての振る舞いを全うしようとした。でも誰も認めなかった。親族であっても男を嫌悪したのだから、増して、それまで散々横暴に悩まされてきた周りが、獣となった男を擁護するはずがなかったのさ。むしろ逆に、それを好機とばかり一斉に反旗をひるがえして……いや、反旗なんてのは、端からバタバタとひるがえっていたのを、おろかな男が単に気づいていなかっただけなんだろうな」

「自業自得、じゃろ?」

「ああ。なのに、男の愚かさは極まっていた。自分が元の姿にさえ戻れば、すべて解決する。ただそれだけじゃないかと、その段になっても、まだ事の深刻さを把握していなかったんだ」

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