25話
カエルは他人事のように「いいさ」といった。
「オレのあきらめが悪いかぎり、鬼には必ず会える。遅いか早いか、それだけさ」
「退くわっちが言うのはおこがましいかもしれんが、カエルの一生は儚く短いじゃろう。道草を食っている暇などないと思うが」
「なんだ、知らないのか? カエルにとって道は、草が生えているところにしかないんだぜ」
親指をおっ立てるカエルに、桃子は脱力した。
「おぬしが決めたことなら、もうそれで構わぬよ」
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桃子はカエルを頭にのせて、野営地を出立し、帰路についた。
鬼退治に向かっていた時は、一歩一歩に覚悟を伴ったのに、道を反対に進むだけで、足取りはまるで違った。体に重みがなく、張りつめていた全神経の糸が、ぷつりと切れてしまったようだ。
かかげた未来像から遠ざかるのを意識するのが段々と嫌になり、桃子は関係ないことを口にした。
「――そうじゃ、おぬし、隠し事があると言っておったが、そろそろ頃合いじゃ。もう明かしてくれてもよかろう? どうせわっち、退く身じゃし」
カエルが渋い顔になる。
「何だなんだ急に。それとこれとは、ぜんぜん別だろうよ」
「隠すことなかろう。ここまで来た仲じゃ」
「嫌だよ、お前にだけは言えない」
「…………わっちにだけは?」
桃子が訝しむと、カエルが「いや口がすべった。だれにも言えないってことだよ」とあわてて訂正した。
「端々でみょうなヤツじゃ」
カエルが言いたくないならそれでいい。桃子は自分が鬼討伐の部外者であることを自覚して、それ以上の追究をするつもりはなかった。けれど、何やらカエルの方が「ううむ……」とか「でもなあ……」と悩んでいる。
見かねた桃子が、諭すようにささやきかけた。
「秘め事は体に毒じゃぞ。いっそ言ってしまえば楽じゃ」
なおも躊躇していたカエルは、やがて首を横にぶんぶん振った。
「やっぱ言えない」
……けど、と続けたうえで、膨らませた頬をぽりぽり掻いた。
「その代わり、ちょっとした退屈しのぎに、人間のおとぎ話をしてやろうか」
「おとぎ話?」
桃子が興味を示すと、カエルは人差し指を立てて、さも知った風に語りだした。
「あるところに、えげつない権力を持った男がおりました」
「なんじゃ、えげつないって」
と桃子は思わず聞いた。
「何をしたって許される立場に居たんだ。従わなければ皆が罰せられる」
「用いる人間にもよりそうじゃな」
「そうだな。ソイツは結構な色男で、格好もよかったし、元は良いヤツだったんだけど、思えば何でも手に入るもんだから、段々と環境におぼれちまった。いつしかタガが外れ、周りが止めに入れないのをいいことに、他人に酷い仕打ちを始めたんだ。一度や二度じゃない。回を重ねるごとにたちが悪くなり、やがて度を越した」
「人を殺めてしまった?」
桃子が推察して聞くと、カエルは「さあな」と両手を挙げた。
「なんにせよ、そいつがしたことは、ついに神から怒りを買ってしまった」
「神はどうしたんじゃ」
「そいつを醜い獣の姿に変えたのさ。――半永久的に」
「獣って、いったいどんな獣じゃよ」
「そりゃあ人がみたら『おえッ』ってなるような獣さ」
「クマみたいな感じかの? いまいち想像つかぬが、それで当然のことを仕出かしたんじゃろ。なら罰はしかと受け入れるべきじゃ」
「そうだな。まあ、それでも、神はその男に元の姿に戻れる機会を与えると言った。醜い姿をして、それでも他人から愛されるようになったら戻してやるって」
「神様のしそうな更生手段じゃな。外見より中身を入れ替えてこい、ということじゃろ?」
桃子が冗談まじりに笑うと、カエルは意外と真面目に、
「外見的な要素に執着するのは、生き物の残酷な性なんだぜ。それに、その更生法ってのは、男にとっては大したことに思えなかった。姿かたちが獣になろうが何だろうが、自分には権力がある、と余裕すら感じていた。バカな神めと罵り笑ったぐらいだ」
「自信があったのじゃな」
「過剰にな。それまでの環境が、心の奥底、根っこまで腐らせていたことに、自分では気づけなかったんだよ。だから獣に変わった男は、それで自分が何を失ったのか、すぐには理解することができなかった。神は、特別に、と前置きして『暫時、三回だけ元の姿に戻してやる。大事に使うように』と約束したけど、それすら、男には無用に思えたんだ」
情景を想像しながら聞いていた桃子は、無言のままカエルに続きを促した。
「男はそれまで同様に、自分が権力者としての振る舞いを全うしようとした。でも誰も認めなかった。親族であっても男を嫌悪したのだから、増して、それまで散々横暴に悩まされてきた周りが、獣となった男を擁護するはずがなかったのさ。むしろ逆に、それを好機とばかり一斉に反旗をひるがえして……いや、反旗なんてのは、端からバタバタとひるがえっていたのを、おろかな男が単に気づいていなかっただけなんだろうな」
「自業自得、じゃろ?」
「ああ。なのに、男の愚かさは極まっていた。自分が元の姿にさえ戻れば、すべて解決する。ただそれだけじゃないかと、その段になっても、まだ事の深刻さを把握していなかったんだ」




