24話
「鬼って、一体どこで」
「だから、龍の背、でじゃ」
「なんで鬼が龍の背にいて桃子が逢っちゃうんだよ」
カエルが顔をぐいぐい近づけてくるから、おでこがくっつく。
「そんなこと、わっちが聞きたい。龍に挑んで背に乗ったら、もうそこに居たんじゃからな」
桃子は、自分が目にした一部始終をカエルに話した。
聞き終えるとカエルは「……龍が鬼を」と、なにやら思案気にぶつぶつ独り言ちた。
カエルの目的は、鬼に会って何かを言ってやることだった。
だからこそ、鬼退治に向かう桃子に手助けを申し出てくれたのだ。それを無下にしてしまったのは、桃子の方だ。カエルを龍のところへ連れて行っていたのなら、今頃は想いを果たしていたはずなのだから。
「すまんことをしたとは、思っておる」
うつむく桃子に、カエルはケロっと返した。「過ぎちゃったこと言うなよ。……それより、まずはこっから出なくちゃな」と、長い舌を垂らしてカギをぶら下げた。
「おぬし、シュッ、シュッ、なんて機敏に動くとは思っておったが、本当に抜け目ない奴じゃのう。ちょっと引く」
「頼りになるって言うんだぜ、そんなとき?」
暗がりの洞窟を出ると、討伐隊が張ったであろう野営地が広がった。
だが人気のない陣営に空しく風が吹き抜けて、桃子の桃色の髪がそよいだ。
「もぬけの殻じゃ」
「討伐隊のヤツら、桃子を捕えっぱなしで出立したんだ。オレが来なかったら、間違いなく腹ペコで死んでたぞ」
「あやつら、わっちを鬼と勘違いしておった。本当に、餓死させる気だったのかもしれん」
どこへ歩くでもなく、桃子は先に切り出した。
「これからのことなんじゃが」
「ああ、オレもそれについて話そうと思っていたんだ。鬼のところへ行くにしても、まずはさ――」
カエルが言い終えるより先に、桃子が一口に遮った。
「わっちは決めたよ、カエル」
しばらくして、カエルが首をひねった。
「……ん、なんだよ」という。
「だからわっちは、カエル、と言ったんじゃ」
「いや、だから、なんだよって反応したんだろう。何言ってんだ」
「何度、言わせるつもりなんじゃ。わっちは、かえる、と言っているんじゃ」
「「…………」」
カエルが目をおっ開いた。
「え、かえる!? ご帰宅っ!?」
桃子は静かに首を垂れた。
「うむ」
「いや、だって桃子、そりゃ俺だって、一度は帰ったほうがいいだなんて言ったけれど、でも、おまえは、頑なに拒否したじゃないか。もう覚悟を決めてあるって、言ってたじゃないか。なんでそんな急にまた」
「急ではないよ。この間、わっちはしかと、鬼に逢ってきたんじゃ。そして、この身をもって、知ってしまった。わっちは、」
――鬼には勝てない。
カエルが唖然として呆けた顔を、次いで、ぶんぶん振った。
「どうしてそうハッキリ断言できる。そりゃ戦って退いたんだろうけど、それでも、あの鬼を相手に、無事に、現にこうして、生還をしてこれたんじゃないか。鬼を前にして生き残ることが、それでいて、どれほどすごいことか。おまえはすでに立派にやっているよ」
桃子は二、三、首を横に振った。桃の髪がゆれる。
「わっちの小太刀は、音を立てて折れた。生き残れても、勝てねば何の意味もないんじゃ。わっちには、婆やとの約束がある。守るにはもう、ここで、帰るしかないよ」
カエルは間髪入れず口をおっ開いた。
「反撃の余地ならこれからいくらだってあるだろう! 一回や二回、負けたぐらいで弱音を吐くなよ。おまえそれでも、あの、桃太郎の妹なのか? 果たすべき夢はどうしたんだよ!?」
桃子は、息をおおきく吸いこんだ。スルスルと装束をぬぎ、素っ裸になって、全身のあざ、そして、白鬼に負わされた腹部の傷を見せた。深く鋭く、赤く黒い痕跡に、カエルがごくりと唾をのんだ。
「わかるじゃろう? 手も足も出せず仕舞いじゃ。ただ遊ばれた。あやつは、本当はわっちを殺せたんじゃよ。でもそれをしなかった。あまりにも弱かったからじゃろう。あやつの復讐心を満たすに足りる戦いを、わっちができなかったから。今や人間側まで敵に回して、鬼退治を完遂することはおろか、婆やと交わしたたった一つの約束でさえ、守るのを難しくしてしまった」
くやしくて、また頬に涙がおちる。
「おぬしは、簡単にあきらめやがってと、そう思うかもしれん。じゃが、わっちとて、ここまで長年の間、抱き続けた想いじゃ。そんな簡単なわけ……ないじゃろう。無謀の意味くらい、知っておる。意味のあることと、ないことの分別くらい、わきまえておるんじゃ。だから、もう、わっちは、」
……かえる、か?
桃子は、ゆっくりうなずいた。
カエルが沈黙して見つめてくるのを、桃子は目をそらして待った。
ひどく長い時間が流れた気がする。
カエルが何か口をもごもごと、言いたいことを我慢しているのが、なんとなくわかった。
すべてを飲み込んでくれたからだろう。カエルは、肩を落として、ため息をつき「そりゃ、そうか」と感想した。「かわいらしい女の子だもんな」と。
「……ほんっと、いじわるな奴じゃ」
「ただ褒めただけだって」
桃子は袖に腕を通しはじめた。
「約束を反故にしてしまったわっちが聞くのも申し訳ないんじゃが、おぬしは、どうする」
カエルが空を仰いで、しばらく呆けた。
「そうだなあ。……旅は道連れって言うしな。付き合おうか。オレも、桃子と一緒に帰るとしよう」
てっきり、お別れを予想していた桃子は、驚いて尋ねた。
「いいのか? あれほど鬼に会いたがっていたじゃろう」




