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桃姫伝  作者: 立花豊実
24/25

24話

「鬼って、一体どこで」

「だから、龍の背、でじゃ」

「なんで鬼が龍の背にいて桃子が逢っちゃうんだよ」

 カエルが顔をぐいぐい近づけてくるから、おでこがくっつく。

「そんなこと、わっちが聞きたい。龍に挑んで背に乗ったら、もうそこに居たんじゃからな」

 桃子は、自分が目にした一部始終をカエルに話した。

 聞き終えるとカエルは「……龍が鬼を」と、なにやら思案気にぶつぶつ独り言ちた。

 カエルの目的は、鬼に会って何かを言ってやることだった。

 だからこそ、鬼退治に向かう桃子に手助けを申し出てくれたのだ。それを無下にしてしまったのは、桃子の方だ。カエルを龍のところへ連れて行っていたのなら、今頃は想いを果たしていたはずなのだから。

「すまんことをしたとは、思っておる」

 うつむく桃子に、カエルはケロっと返した。「過ぎちゃったこと言うなよ。……それより、まずはこっから出なくちゃな」と、長い舌を垂らしてカギをぶら下げた。

「おぬし、シュッ、シュッ、なんて機敏に動くとは思っておったが、本当に抜け目ない奴じゃのう。ちょっと引く」

「頼りになるって言うんだぜ、そんなとき?」



 暗がりの洞窟を出ると、討伐隊が張ったであろう野営地が広がった。

 だが人気のない陣営に空しく風が吹き抜けて、桃子の桃色の髪がそよいだ。

「もぬけの殻じゃ」

「討伐隊のヤツら、桃子を捕えっぱなしで出立したんだ。オレが来なかったら、間違いなく腹ペコで死んでたぞ」

「あやつら、わっちを鬼と勘違いしておった。本当に、餓死させる気だったのかもしれん」

 どこへ歩くでもなく、桃子は先に切り出した。

「これからのことなんじゃが」

「ああ、オレもそれについて話そうと思っていたんだ。鬼のところへ行くにしても、まずはさ――」

 カエルが言い終えるより先に、桃子が一口に遮った。

「わっちは決めたよ、カエル」


 しばらくして、カエルが首をひねった。

「……ん、なんだよ」という。

「だからわっちは、カエル、と言ったんじゃ」

「いや、だから、なんだよって反応したんだろう。何言ってんだ」

「何度、言わせるつもりなんじゃ。わっちは、かえる、と言っているんじゃ」


「「…………」」


 カエルが目をおっ開いた。

「え、かえる!? ご帰宅っ!?」

 桃子は静かに首を垂れた。

「うむ」

「いや、だって桃子、そりゃ俺だって、一度は帰ったほうがいいだなんて言ったけれど、でも、おまえは、頑なに拒否したじゃないか。もう覚悟を決めてあるって、言ってたじゃないか。なんでそんな急にまた」

「急ではないよ。この間、わっちはしかと、鬼に逢ってきたんじゃ。そして、この身をもって、知ってしまった。わっちは、」





 ――鬼には勝てない。





 カエルが唖然として呆けた顔を、次いで、ぶんぶん振った。

「どうしてそうハッキリ断言できる。そりゃ戦って退いたんだろうけど、それでも、あの鬼を相手に、無事に、現にこうして、生還をしてこれたんじゃないか。鬼を前にして生き残ることが、それでいて、どれほどすごいことか。おまえはすでに立派にやっているよ」

 桃子は二、三、首を横に振った。桃の髪がゆれる。

「わっちの小太刀は、音を立てて折れた。生き残れても、勝てねば何の意味もないんじゃ。わっちには、婆やとの約束がある。守るにはもう、ここで、帰るしかないよ」

 カエルは間髪入れず口をおっ開いた。

「反撃の余地ならこれからいくらだってあるだろう! 一回や二回、負けたぐらいで弱音を吐くなよ。おまえそれでも、あの、桃太郎の妹なのか? 果たすべき夢はどうしたんだよ!?」

 桃子は、息をおおきく吸いこんだ。スルスルと装束をぬぎ、素っ裸になって、全身のあざ、そして、白鬼に負わされた腹部の傷を見せた。深く鋭く、赤く黒い痕跡に、カエルがごくりと唾をのんだ。

「わかるじゃろう? 手も足も出せず仕舞いじゃ。ただ遊ばれた。あやつは、本当はわっちを殺せたんじゃよ。でもそれをしなかった。あまりにも弱かったからじゃろう。あやつの復讐心を満たすに足りる戦いを、わっちができなかったから。今や人間側まで敵に回して、鬼退治を完遂することはおろか、婆やと交わしたたった一つの約束でさえ、守るのを難しくしてしまった」

 くやしくて、また頬に涙がおちる。

「おぬしは、簡単にあきらめやがってと、そう思うかもしれん。じゃが、わっちとて、ここまで長年の間、抱き続けた想いじゃ。そんな簡単なわけ……ないじゃろう。無謀の意味くらい、知っておる。意味のあることと、ないことの分別くらい、わきまえておるんじゃ。だから、もう、わっちは、」




 ……かえる、か?



 桃子は、ゆっくりうなずいた。

 カエルが沈黙して見つめてくるのを、桃子は目をそらして待った。

 ひどく長い時間が流れた気がする。

 カエルが何か口をもごもごと、言いたいことを我慢しているのが、なんとなくわかった。

 すべてを飲み込んでくれたからだろう。カエルは、肩を落として、ため息をつき「そりゃ、そうか」と感想した。「かわいらしい女の子だもんな」と。


「……ほんっと、いじわるな奴じゃ」

「ただ褒めただけだって」

 桃子は袖に腕を通しはじめた。

「約束を反故にしてしまったわっちが聞くのも申し訳ないんじゃが、おぬしは、どうする」

 カエルが空を仰いで、しばらく呆けた。

「そうだなあ。……旅は道連れって言うしな。付き合おうか。オレも、桃子と一緒に帰るとしよう」

 てっきり、お別れを予想していた桃子は、驚いて尋ねた。

「いいのか? あれほど鬼に会いたがっていたじゃろう」

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