23話
暗がりに一人取り残されて、桃子はうなだれた。
なんで……。
どうして…………。
自分が…………女だから?
下唇をはんで、体が震えるのを必死に耐える。
胸の奥から、悔しさがふつふつとこみ上げた。
今、桃子は、思い描く兄「英雄」の背姿から、はるか下方、どん底の地べたをはいつくばっている。先の白鬼との邂逅では、正直、手も足も出せなかった。完敗だった。白鬼の鋭い爪にえぐられた腹部が、今もズキリとうずく。
窮地に追い込まれた挙句、鬼を倒すどころか、姑息にも一矢報いようと足掻いただけだ。
結果どうだ。盛大な皮肉ではないか。
倒すべき鬼に、自分が見間違われ、守るべき対象から忌避されているのだから。
情けなさが極まり、つうと雫が頬を伝った。
溢れだすと止めどなく、次から次へとぽたぽた落ちていく。
「お前には出来ない」と笑われるくらい、いくらだって笑い返してやれる。
けれど、現に「出来ない自分」を目の当たりにするのはダメだ。
戦うのに相手がいるのなら、まだがむしゃらに立ち向かっていける。だがそれが、他の誰でもない、自分自身だったら、一体どうして乗り越えればいい。愚直に「いつか必ず達成できる」と己を信じ切ってきた桃子にとって、それは他のどんなことよりも辛辣な、無形の壁だった。
全身の震えが止まらない。今になって、あの白い鬼の禍々しい瞳に、恐怖が湧く。鬼の口に喰われていたかもしれないという事実に、全身を悪寒が走りぬけた。
桃子の心の中で、何かにぴしりと亀裂が入り、折れる音がした。
このまま諦めてしまっても……。
「誰も、期待などしておらんかった。……べつに、ここで終わっても、なんの文句もないじゃろう」
ひとりでぼそぼそ呟いて、目をつむり、嘆息した。
こぼれた涙がぽつりと地面を跳ねた、その時だ。
何かが「シュッ!」と音を立てた。
耳の中に何か湿ったモノがにゅるりと突入してきて「にゅわああ!」と盛大に悲鳴を上げた。
――文句だって? めっちゃあるぞ、ケロッ!
いきなりした小動物めいた高い声に目を丸くして、見やると、舌をシュッ、シュッ出し入れしている小さな緑色の生物がいた。
カエルだ。
ぶすっと、至極やる気のない顔で桃子を見上げている。
「びっくりした……おぬし、」
「『びっくりした、おぬし?』じゃねえ! なにカエルに向けてケロリとした顔してんだ、こっちは方々探しまわって、とんだ苦労したんだぞ。ほかにもっと言うことあんだろう。『わっちのカエル様、会いに来てくれたんじゃな、ああ嬉しい! ああ素敵! ああもう、ときめきが、止ーまーらーなーいー!』とかさ!」
「……んなバカみたいなこと言うわけないじゃろう」
なのになぜだろう桃子は、カエルの顔を見れて、本当に、心から嬉しいと思った。
冷え切った自分の胸の内に、みるみる温もりが戻るような気がした。
涙のせいで、ひどく鼻声になってしまっていて、一度ずびずび鼻をすう。
「わっちを、助けに来てくれたのか」
「…………」
問うても、カエルはジト目で至極やる気のない顔をしただけだった。
「……いや、なんじゃ、その、もの言いたげな感じ」
「あったりまえだろう! 助けに来るには来たさ、けれど、その前にだな、言っておくべきことがあるんじゃないのか! 俺はいったい、桃子の何なんだよ!?」
「何って、それは、鬼を倒しに行く道中の、お供をする仲というか」
「つまり?」
「つまり? じゃから……仲間とか」
カエルは、桃子の前へ、シュタっと移動すると、桃子の顔をビシッと指さした。
「そうさ仲間! けど、仲間ってのは大事な戦いの直前に、泥の中にぶっこんで置いてけぼり喰らわすような存在なのか、ああん、ケロッ?」
龍に立ち向かっていく直前、カエルを置いてけぼりにしたことを思い出して、桃子は「あー、」と言葉を濁した。
カエルは小さいこぶしを小さく丸めて、地面をペシペシたたいた。
「俺は誓ったんだぞ! まず先に、この身を賭そうと! 嘘偽りなんか微塵もない! 龍が相手だって、それは変わらなかった! 言っとくが俺は、桃子とのこの旅に、文字通りすべてを賭けて挑むって決めてるんだぞ! 信じていないなら、そう言えよ! 助けてはやるさ! けどもう、それでお別れだ! あんな、直前で勝手なことされてたんじゃ、俺は、どんな頑張ったって、そんなんじゃ……」
まだ腹の中に溜まっているものがあるようなのだが、うまく纏められなくて、カエルはモゴモゴした。
カエルはカエルなりにいつだって全力なのだと、桃子は改めて「はっ」とした。
なにせ今しがた「誰も期待などしていない」と我が身について想ったばかりだ。
カエルの小さな身に、結局、同じようなことをしているのは自分ではないか。
「……わっちが、悪かったよ。あの時、どうしてもムキになってしまって。いつも『出来ない』と言われることに過敏に反応してしまう。わっちの悪い癖じゃ。よく同じ理由でケンカしておった。『おんなのくせに、生意気だ』なんて言われて、そのままで済ましておきたくなかった。龍だって、やってやろうと思って」
「だとしても、俺は連れて行けばいいだろう」
ぶすっとしていたカエルだったが、バツの悪そうに口を尖らせた。
「……まあ、俺の方も、桃子のことよく知らず、言いたいことだけ言いまくってたからな。その辺は、俺も悪かったよ」
「おぬしは当たり前のことを言っただけじゃ。わっちらの目的は、あくまで『鬼』なのじゃからな。……でも一つ、怪我の功名というか、おぬしには非常に言いにくいことがあるんじゃが。わっち、龍の背の上で、くだんの鬼に逢ってきたぞ」
カエルが「……え?」と目を丸くした。




