表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桃姫伝  作者: 立花豊実
23/25

23話

 暗がりに一人取り残されて、桃子はうなだれた。

 なんで……。

 どうして…………。

 自分が…………女だから? 

 下唇をはんで、体が震えるのを必死に耐える。

 胸の奥から、悔しさがふつふつとこみ上げた。

 今、桃子は、思い描く兄「英雄」の背姿から、はるか下方、どん底の地べたをはいつくばっている。先の白鬼との邂逅では、正直、手も足も出せなかった。完敗だった。白鬼の鋭い爪にえぐられた腹部が、今もズキリとうずく。

 窮地に追い込まれた挙句、鬼を倒すどころか、姑息にも一矢報いようと足掻いただけだ。

 結果どうだ。盛大な皮肉ではないか。

 倒すべき鬼に、自分が見間違われ、守るべき対象から忌避されているのだから。

 情けなさが極まり、つうと雫が頬を伝った。

 溢れだすと止めどなく、次から次へとぽたぽた落ちていく。

「お前には出来ない」と笑われるくらい、いくらだって笑い返してやれる。

 けれど、現に「出来ない自分」を目の当たりにするのはダメだ。

 戦うのに相手がいるのなら、まだがむしゃらに立ち向かっていける。だがそれが、他の誰でもない、自分自身だったら、一体どうして乗り越えればいい。愚直に「いつか必ず達成できる」と己を信じ切ってきた桃子にとって、それは他のどんなことよりも辛辣な、無形の壁だった。

 全身の震えが止まらない。今になって、あの白い鬼の禍々しい瞳に、恐怖が湧く。鬼の口に喰われていたかもしれないという事実に、全身を悪寒が走りぬけた。

 桃子の心の中で、何かにぴしりと亀裂が入り、折れる音がした。

 このまま諦めてしまっても……。

「誰も、期待などしておらんかった。……べつに、ここで終わっても、なんの文句もないじゃろう」

 ひとりでぼそぼそ呟いて、目をつむり、嘆息した。

 こぼれた涙がぽつりと地面を跳ねた、その時だ。


 何かが「シュッ!」と音を立てた。


 耳の中に何か湿ったモノがにゅるりと突入してきて「にゅわああ!」と盛大に悲鳴を上げた。


 ――文句だって? めっちゃあるぞ、ケロッ!


 いきなりした小動物めいた高い声に目を丸くして、見やると、舌をシュッ、シュッ出し入れしている小さな緑色の生物がいた。

 カエルだ。

 ぶすっと、至極やる気のない顔で桃子を見上げている。

「びっくりした……おぬし、」

「『びっくりした、おぬし?』じゃねえ! なにカエルに向けてケロリとした顔してんだ、こっちは方々探しまわって、とんだ苦労したんだぞ。ほかにもっと言うことあんだろう。『わっちのカエル様、会いに来てくれたんじゃな、ああ嬉しい! ああ素敵! ああもう、ときめきが、止ーまーらーなーいー!』とかさ!」

「……んなバカみたいなこと言うわけないじゃろう」

 なのになぜだろう桃子は、カエルの顔を見れて、本当に、心から嬉しいと思った。

 冷え切った自分の胸の内に、みるみる温もりが戻るような気がした。

 涙のせいで、ひどく鼻声になってしまっていて、一度ずびずび鼻をすう。

「わっちを、助けに来てくれたのか」

「…………」

 問うても、カエルはジト目で至極やる気のない顔をしただけだった。


「……いや、なんじゃ、その、もの言いたげな感じ」

「あったりまえだろう! 助けに来るには来たさ、けれど、その前にだな、言っておくべきことがあるんじゃないのか! 俺はいったい、桃子の何なんだよ!?」

「何って、それは、鬼を倒しに行く道中の、お供をする仲というか」

「つまり?」

「つまり? じゃから……仲間とか」

 カエルは、桃子の前へ、シュタっと移動すると、桃子の顔をビシッと指さした。

「そうさ仲間! けど、仲間ってのは大事な戦いの直前に、泥の中にぶっこんで置いてけぼり喰らわすような存在なのか、ああん、ケロッ?」

 龍に立ち向かっていく直前、カエルを置いてけぼりにしたことを思い出して、桃子は「あー、」と言葉を濁した。

 カエルは小さいこぶしを小さく丸めて、地面をペシペシたたいた。

「俺は誓ったんだぞ! まず先に、この身を賭そうと! 嘘偽りなんか微塵もない! 龍が相手だって、それは変わらなかった! 言っとくが俺は、桃子とのこの旅に、文字通りすべてを賭けて挑むって決めてるんだぞ! 信じていないなら、そう言えよ! 助けてはやるさ! けどもう、それでお別れだ! あんな、直前で勝手なことされてたんじゃ、俺は、どんな頑張ったって、そんなんじゃ……」

 まだ腹の中に溜まっているものがあるようなのだが、うまく纏められなくて、カエルはモゴモゴした。

 カエルはカエルなりにいつだって全力なのだと、桃子は改めて「はっ」とした。

 なにせ今しがた「誰も期待などしていない」と我が身について想ったばかりだ。

 カエルの小さな身に、結局、同じようなことをしているのは自分ではないか。


「……わっちが、悪かったよ。あの時、どうしてもムキになってしまって。いつも『出来ない』と言われることに過敏に反応してしまう。わっちの悪い癖じゃ。よく同じ理由でケンカしておった。『おんなのくせに、生意気だ』なんて言われて、そのままで済ましておきたくなかった。龍だって、やってやろうと思って」

「だとしても、俺は連れて行けばいいだろう」

 ぶすっとしていたカエルだったが、バツの悪そうに口を尖らせた。

「……まあ、俺の方も、桃子のことよく知らず、言いたいことだけ言いまくってたからな。その辺は、俺も悪かったよ」

「おぬしは当たり前のことを言っただけじゃ。わっちらの目的は、あくまで『鬼』なのじゃからな。……でも一つ、怪我の功名というか、おぬしには非常に言いにくいことがあるんじゃが。わっち、龍の背の上で、くだんの鬼に逢ってきたぞ」

 カエルが「……え?」と目を丸くした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ