22話
桃子は目を丸くして驚き、慌てて釈明しようとした。
「おぬしらは何か大きな勘違いをしておる。わっちは、あの龍の背の上で、鬼と戦ってきたんじゃ。……ちと戦況が不利になってしまったのじゃが、そこへ大きなサルが空から割って入ってきた。龍の背からは、その時振り落とされたんじゃ。わっちとて自分が雲の上から放ったれて無事で済むとは思っていなかった。途中で気を失って、その後どうなったのかもわからぬ。まだ生きていること自体、しぶとさに自分で驚いておるくらいじゃからな。……でも、考えてみれば桃の血が鬼に似て頑丈なのは本来道理にも適う。むしろ鬼を凌駕するくらいでなければ、兄じゃは鬼に勝つこともなかったじゃろう」
聞いて与琥麻呂は、みたび疑問顔を呈した。
「単身龍の背に乗って鬼に挑み、結果、窮地に追い込まれ、大きなサルが空から助けに来たと?」
「そうじゃ」
「……いや、それはちょっとさすがに信じがたいですが。それに、桃の血……? あの桃太郎殿の強さが、血統からきているというのですか。しかも、その桃太郎殿に照らし合わせて、妹であるあなた自身の強さにも筋が通ると言いたげです。鬼、血、大サル、妹、いずれをとっても興味深くはありますが、しかし、空から大サルは無理がありますし、そもそも我々は桃太郎殿の母君から、そのような特別なる血や妹の存在について一度も聞いたことがありません」
「婆やが、そうしておっただけじゃ。極力、わっちを他人の目に晒さぬようにしておった」
「それはなぜです」
「わっちのことを案じてくれていたからじゃ。わっちが桃の血の力を継承していることを承知のうえで、婆やはそれ自体を褒めることはほとんどなかった。『力そのものに、良いも悪いもない』とな。進むべき方角をあやまれば大変なことになると常日頃から言っておった。桃の血は、多くの危険性も孕んでおると」
むしろ婆やは『おなご』である桃子には、桃の血など必要ないと嘆いていたくらいだ。
与琥麻呂は「ふむ」とあごをさすった。
「桃太郎を桃太郎たらしめる、血の力……。もしそれが本当の事なら母君がその継承者を世間から遠ざけたがったのには一理あるでしょうね。なにせ、あの最強の赤鬼を倒してみせているのですから。桃太郎殿の才覚は誰もが焦がれるものです。その力の由来が血にあるというのなら、それがいかなる機序を持ち、一般に発現しえるものなのかどうか、誰もが知りたがりあなたを求めたでしょう。……もっとも、妹であることが事実で、あなたに桃太郎殿と同等の力が、本当にあるとすればですが」
「だから、そうと言っておるじゃろう!」
桃子がひと際大声を出したのを、与琥麻呂は静かに首を横に振って返した。
「残念ながら、あなたの口から出たそれらの話を、おいそれと受容れることはできません。こと鬼に関して、我々は一切妥協しかねる。お分かりでしょう」
――相手は、鬼だ。
「世を混沌たらしめた異形の者ども。多くの人々を無残なる死に至らしめた、身もすくむ化け物。赤鬼が跋扈した折、人間がごまんと死にしました。私自身、幼いころに、人間と鬼に開く絶望たる力の差を身をもって経験しました。肉親が食われる光景は今も脳裏に焼き付いて離れない。アレは……、人間が気を抜いて対峙していいものではない。まして、鬼についてはまだ分からないことが多すぎます。疑わしき者を、おいそれと野放しになどできませんよ。わたしはそういう責務を負っています」
――失敗は、決して許されないのです。
桃子は首をぶんぶん横に振って必死に否定した。
「ならばなおさら、わっちを開放すべきじゃ! おぬしらは勘違いをしている! 龍の背に乗っていた本物の鬼は、白鬼なんじゃ!」
「……しらおに?」
「そうじゃ! 自分でそう名乗っておった。全身が白く、人間のおなごのような体をしておるが、しかと角を生やし、まるで鉄のように頑丈なやつじゃ。龍は、その白鬼と手を組んでおる」
「鬼と龍が、手を? ……ますます突飛なことを言い出す」
しかし、さすがに自分で目の当たりにした龍と鬼については、結託の関係性を全面的には否定できないのか、与琥麻呂は不都合極まりないものでも聞いたかのように、面持ちを暗くした。険しい表情で何かを思案していたが静かに続けた。
「あくまであなたの口から出たもので鵜呑みにはできませんが、参考にお聞きしましょう。龍ともあろう気高き存在が、なぜ鬼などに手を貸すのです」
「……委細はわっちにも分からん。白鬼の生前に理由があると言っておった」
「生前に何があったと?」
「だから、それが分からぬ。……ただ、あやつはわっちを殺せもしたのに、あえて生かしたような気がする。『探せ』とも言っておった。終始、復讐を目的にしているようなことをほのめかしておったのに、一方で、まるでわっちともう一度戦おうとしていたかのようでもあった。……ただ単純に兄じゃへの復讐心を満たしたいだけかもしれぬが」
「そのほかに、彼らは何か言っていましたか?」
「……いや、おそらく、それくらいじゃ」
「そうですか」
「ここまで話したんじゃ、わっちを信じてくれてもよかろう!」
与琥麻呂は「残念ですが」と目をつむった。聞くことはそれで済んでしまったのか、桃子に背を向けて歩き出した。
「疑いの晴れるまで、どうか辛抱ください」
「待つんじゃ! わっちは桃の血を引く者! 正真正銘、桃太郎の妹、桃子じゃ! 今すぐわっちを開放しろ! 鬼どもは、桃の血でなければ太刀打ちできん! わっち抜きに鬼に挑んだところで、返り討ちに遭うだけじゃ! それこそ人が死んでしまう!! わっちを連れていけ!! でなければまた、」
誰かの大切な人が――……、
誰もいなくなった空間に、その声はむなしく響くだけだった。




