表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桃姫伝  作者: 立花豊実
20/25

20話

『白鬼、その娘はもう仕舞だ。喰うのは後回しにしろ、今はほかに厄介な怒気を感ずる』

「……怒気だと」

 白鬼は、気配を探るようにあたりを見回し、龍の背から下界に眼を向けた。

 白絨毯の雲海が広がるばかりで、その下がどうなっているかなど皆目わからない。

「鳥でもあるまい。こんな雲上へ登ってこれるわけが、」

 そこまで言って白鬼が何か思案ぎみに黙りこんだが、やがて納得げにささやいた。

「そうか。わらわに敵為す輩が、まだいたな」

『気を抜くな。奴らは一度【鬼を倒している】のだからな』

「気に障ることをいちいち思い出させる」

 白鬼は爪の折れた手からジワリあふれる血を自らすすった。

 桃子は意識の遠のいていく中で、その会話を聞いていた。


 何かが、やってくる。


 それは桃子自身、空へ上がる前から漠然と感じていた気配だった。

 龍と鬼、途方もない力を名実ともに持する両者が、結託したにも関わらずなお警戒しなければならない相手など、この世にそうはいまい。

 まして【鬼を倒している】存在と聞けば、桃子には、もう彼ら以外に思い浮かばなかった。

 ――来てくれる。兄とともに死線を潜った彼らなら、きっと。

 直接に会ったことはない。だが、方々より話は聞いてきた。

 その都度、桃子の兄への憧憬はいや増したものだった。

 なにせ彼ら――三鳥獣らは、兄の存在が霞んでしまうほどの、奇妙かつ大胆な印象を、桃子や世の多くの人々に与えてきたのだ。そんな彼らを、まして率いて戦ったというのだから、桃太郎の器は一層と度し難く思えてくる。

 それぞれが妖雉、怪猿、奇犬の異名を持つ三鳥獣は、一方で、その存在自体が幻ではないかと揶揄されるほど不確かだ。あまりに醜い姿から、元来人間に疫病の曰くを付けられ、忌み嫌われて姿を現さなくなったとも言われている。

 だが桃子は信じていた。彼らは今もどこかに居る。鬼の再来に応じて、再び、立ち上がってくれる。きっとこの大空を、かの空を駆け巡ったキジが、威風も堂々と飛んできてくれるはずだ。

 桃子は、ずるずると這い、勇ましい姿を探して、龍の背から下界を見下ろそうとした。

 だがそれよりも速く、白鬼が鋭く「うえ」を仰いだ。


「――忌々しいサルめ、わらわを見下ろして来るか!」

 白鬼のけたたましい怒号を聞いて、つられて桃子も陽の煌めく空を見上げた。


 サル!? 


 桃子は、わが目を疑った。

 サルと聞いて、素直にそうと認識するには、ひどく抵抗感があったからだ。なにせ空から、うごめく毛むくじゃらの巨塊が落ちてくる。急降下でみるみる近づいてくるにつれて、増して、それはサルなどではなかった。

 あまりに、大きすぎる。

 龍が途端に退避行動を取ろうとするも、豪速で落ちてきた毛の塊が、いかばかりか速かった。


 グオオオォォォ――――! 


 巨大な体躯から、両の手足が広げられた。

 これもかなり太いはずの龍の胴を、それでも掴めそうなほど大きな獣だった。怒髪が天を衝くように、全身の体毛が逆立っている。口に収まらない野太い牙がはみ出し、シワの付いた鼻からはごふうぅと息が漏れた。龍とまではいかずとも、あんな口に噛まれたら、ニンゲンなど木端微塵こっぱみじんだろう。

 龍にぶつからんとする刹那、大サルは拳どうしをつかみ合わせ、大槌を振り下ろすように、龍に叩きつけた。その茫漠たる破壊力だけで、すべてに方が着いたように思えた。

 龍の長躯がど真ん中から逆三角に折れ曲がり、乗っていた桃子と白鬼は盛大に弾き飛ばされた。

 意識の薄らぐ中で、桃子が最後に見たのは、同じく自由落下する白鬼だった。

 落ちているというのに、まるで焦るそぶりなく、白鬼は宙空で桃子に近寄ってきた。

 その手をのばし、朦朧とする桃子の顔を包みこむと、両の眼をぐいとのぞき込んできた。

「お前がもし、地上へ降りても死なず、なお鬼へ歯向かう意志を保つのなら、わらわが何者であるかを探れ。わらわが一体何をしてきたかを知らぬうちは、到底、お前はわらわを超えられぬ。人間の内に潜む闇こそが、真の鬼だと知るがいい」


 お前をここで消さないのは、わらわの気まぐれだ――。

 そう告げる白鬼の、その黒い瞳に宿る、憂いの深みを見て、桃子の意識は完全に途絶えてしまった。







 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★







 桃太郎が、巨大なイノシシと対峙している。


 その背姿を、桃子は後ろから見ていた。


 風はあったか無かったか。よく覚えていない。けれど、燃え盛るような何かが、上へ上へと、わなわな立ち上っていくのを見たような気がする。

 血気鋭い野生の獣は、今にも飛び掛かってきそうなのに、いくら経っても動こうとしなかった。

 ぶふぅ! と圧のすごい荒息を漏らすのだが、まるで見えない壁がそこに在り、それ以上はどうしても近づけないようだった。やがて、イノシシはのしのし尾っぽをこちらへ向け、深い森の中へと帰っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ