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桃姫伝  作者: 立花豊実
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2話

 ――と、窓を開けた拍子に何やら外が騒がしいことに気付く。耳をすませば、どうやら婆やが誰かを歓待しているようだ。家屋がきしむ音は、ちょうど上がり込んだところだろうか。

「めずらしいのう。客でも参ったか」

 桃太郎が鬼の征伐を遂げて数年は、そこそこ人の来訪もあり、もてなしに気を使っていたものだが、近頃はとんと見なくなった。それどころか「桃太郎は本当に鬼を倒したのか?」だなどと、失礼極まりない書簡を送りつけてくる輩までいる。

 近頃みなが、桃太郎のことを忘れ始めているのだ。

 あの圧倒的だった鬼共の恐怖が取り払われ、まるで夢でも見ていたかのように平穏が戻ると、彼らは段々「誰のおかげで」そうなったかを忘れる。当たり前のように平和を享受し、こちらが「桃太郎のおかげなのじゃぞ!」と誇張するほどに、周囲が訝しむ目で桃子を見るのだ。

 特に桃子は兄――桃太郎のことを慕っている。

 鬼討伐の騒動以来、婆やの言いつけで「妹」であることは口外してないが、周りには桃太郎の自慢話ばかり延々語るものだから、同じ年頃の子らからは鬱陶しく思われている。「そんなの過去の話だ」なんて言われれば、黙っていられない負けん気の強さがあって、挙句、ケンカっ早い。

 だから、近くの村では問題ばかり起こしてきた。婆やにはいつも「桃子は、女の子じゃ。もっと可愛くせい」と耳にタコほど叱られたものだ。近頃は、ちゃんと自覚もしている。いつまでも桃太郎、桃太郎……と、兄の夢ばかりみていてはいけない、と。

「……わかってはいるのじゃ……」

 誰に言うでもなくつぶやいてから、そっと客間に耳をそばだてた。

 婆やと客人らの声が穏やかなのを確認してから、努めて女の子らしくあるべく、桃子は寝汗を流しに川辺へ向かった。


 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 客人たち――、雅な都の召し物をまとう御一行は、中枢の泰安京から訪れた使者で、ひと際格式高い風貌の代表者が己を「与琥麻呂よくまろ」と名乗った。

 彼は慇懃に頭を下げてから、桃太郎というちまたでは偉人の母君、すなわち婆やへの丁重な挨拶と二三の世間話を済ませてから、なにやら神妙な間を取って、再び頭を下げた。

「痛み入ることと重々承知していますが、こちらへ参ったわけを申し上げねばなりません。ここ数日の事ゆえ、我らも委細はまだ掴めていませんが、早急な用と相なる為に、このように伺った次第です」

 婆やは只ならぬ雰囲気に「なんじゃ」と顔をしかめた。

「何かあったかのう」

「ええ。実は、」





 ――鬼どもが現れました。


 ドクン。

 与琥麻呂の重々しそうな告げに、婆やの心臓が鳴った。

「まさか、鬼が……。近頃の胸騒ぎは、そのせいじゃったか」

 与琥麻呂は自らがもたらした悲報に詫びた。

「心中をお察しいたします」

 当然だ。自慢の息子を失った元凶――鬼どもが今また現れたかもしれないと、聞きたくもない知らせを持ってきたのだ。

 婆やは震える身を抑え、かろうじて声を出した。

「……あやつらが、よみがえったのじゃろうか」

 与琥麻呂は、下向き加減のまま答えた。

「いいえ、まだそうとは……。しかし、村々が鬼に似通う者に襲われたことは方々より集められた情報ゆえ確かなものかと」

「……」

 失ってしまった悲しみを、嫌でも思い出す。複雑な心境を、婆やは隠せなかった。目元に手をあてて、溢れる桃太郎への悲哀に耐えようとする。

 与琥麻呂は、ここまで打ち明けたら後は勢いとでも思ったのか、どんどん口を走らせた。

「今ある安寧もひとえに桃太郎殿の活躍があってこそです。治世が行き届いているのはどんなに敵が強くとも、正義が悪を、ぴしゃりと仕留め抜くと教えくださったおかげ。我々もし切れぬほど感謝しているのです。ですが、今再び、奴らが現れてしまった以上、せねばなりません。亡き桃太郎殿に代わり、誰かが、」


 ――鬼を討伐するのです。


 与琥麻呂はまた頭を下げた。

「私は中枢よりその任を拝し、真っ先にとこちらへ参ったわけです。お力を貸し願えませぬか」

 でん、と額を畳に押し付けるようにせがむ与琥麻呂に、婆やは困ったように確認した。

「ぬしが申しておるのは……、つまりは【アレ】のことかのう」

「仰るとおり。かつて鬼を倒したあの力【鬼切丸】を我らに譲っていただきたいのです」

 頼みの桃太郎はもういないというのに、わざわざ都から参ったわけ――、狙いは鬼切丸という刀に他ならない。

 妖刀「鬼切丸桃綱おにきりまる・ももつな」は、かつて桃太郎が鬼を征伐したときに用いた全土でも指折りの一振りだ。この世に深い憎しみと怒りをもって居座り続ける鬼を、魂の遺恨ごと断ち斬る異能が宿っているという。

 しかし、切れ味の良さとは裏腹に使い手を選ぶ刃は、そう易々と常人の手に負える代物でない。

 その刀身には、鬼どもの深淵じみた怨念が染みついて、握ってみると物理的な物差し以上に重く感ぜられる。腕に何かが取り憑いたかのように、ねっとりと非常に扱いにくいのだ。

 そのうえ、帯刀する者に不幸をもたらすとまで云われている。現に桃太郎は若くしてこの世を去ってしまった。

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