17話
桃子はずりずりと龍の背に踏ん張り、白鬼をギロリねめつけた。
「言われずとも、はなから成敗する腹じゃ!」
わなわな逆立つ桃色の毛を眺め、白鬼姫は嬉しそうに応じた。
「そうでなくてはな。生身の小娘をなぶり殺しても面白くない。愛しき赤鬼を奪った桃太郎への憎しみ、そう簡単には癒えぬぞ。わらわを、もっともっと喜ばせろ」
言っていたな、復讐心を乗り越えただと?
「そんな戯言、本当の絶望を知らぬから言うのだ。お前は、兄を失って、ただ悲しみこそすれ、決して鬼を恨みはしなかったのだろう。そこには体験がないからな。愛する者を目の前で奪われる地獄を、お前は知らない。だからそんな希望ある目もする。わらわの身姿をみろ」
白鬼はもろ手を広げた。
「人間の絶望が生むこの姿こそ、鬼だ。憤怒に汚れた黒い血が全身を脈打ち、肌は暗く色失せている。人間が、これほど醜悪な存在へ堕ちる由縁を、お前は、知らない」
「たとえどんな理由があろうと、死者が命ある者に危害を加えることなど、許されんじゃろう。何度だって言うが、悪さを働く限り、わっちは、おぬしら鬼を退治せねばならんのじゃ」
白鬼はかっかっかっ、と乾いた笑い声をあげ、黒目にぎらりと殺気を纏った。
「若い娘よ。なら、とくと拝見させてもらおう。その威勢のよい鬼退治とやら」
白鬼姫が身をかがめると、直後、その場から消えた。
風切り音が盛大に鳴り響き、桃子のこめかみすんでのところで、
ガッキィィィン!
迫ってきた鋭い爪を、桃子は小太刀の刃で、半ば野性的な直感で受け止めた。白鬼姫が瞬時に肉薄したのを、あまりの速さにあやうく見失いかけた。
うぬぐぐぅ、と全力を込めて応じる桃子に対し、白鬼はいかにも涼しげだ。
その細身は、見た目がまるっきりウソじゃなかろうかと疑いたくなるほど、頑丈だった。
鉄塊が降ってきたかのような衝撃を腕に受けて、手先がビリビリとしびれる。
……なんちゅう体しておるんじゃ、こやつ……。
桃子が顔を引きつっていると、白鬼が楽しそうに目を細めた。
「なあ、桃子よ、人はなぜ鬼になる。なぜ、わらわはこんなに醜くなった」
小太刀の刃先からちりちりと火花が生まれ、天空を翔けた。
白鬼は続けざまにズンと腕を振り、鋭い爪を薙いだ。とっさにあごを引いた桃子は、すんでのところで爪をかわすと、大きく後転して一度距離を置いた。
汗のにじむ手で、小太刀をかちゃりと握りなおす。
「……おぬしが過去、どれほど辛い思いをしたかは分からん。じゃが、死してなお世に恨みを遺すなど、この世の道義に沿わんことじゃ。潔く、安らかに眠るべきじゃ」
「わらわが生きておれば、人の姿をしていれば、咎められなかったか? ……死んだ者が、なぜ生者に口を塞がられねばならない。のうのうと生きているお前たち人間に、なぜ復讐してはならないのだ」
「復讐を果たしても誰も報われん、新たな悲劇を生むだけじゃ!」
今度は桃子が仕掛ける番だった。先の爪のお返しとばかりに、豪速で白鬼に近づき、小太刀を振りぬく。再び金物どうしのぶつかり合う甲高い衝撃音が響いた。激しく刃こぼれする小太刀に、今はかまってなどいられない。
桃子が必死に押し込もうとする小太刀を、白鬼は容易く押し返してきた。
「生など、死んでから鑑みれば厄介なものよ。血を温めるのに日ごと働き食い寝て魂を削り費やさなければならないのだからな。鬼の爪ひとつ止めるのに、こんなにも息を切らしてしまうではないか」
「わっちはぜんぜん、へっちゃらじゃ。本番はこれからじゃろう。気を抜けばおぬしこそ、その首とぶぞ」
桃子が身を回して小太刀を薙ぐと、刃と白鬼の角が盛大にかち合い、火花が空風に散った。
だが白鬼はニヤリとしていた。
桃子は続けざまに上段へ蹴り、防がれたら回し蹴り、肘鉄と続けた。そのすべてを白鬼はバシバシと腕で受け止めた。以降、桃子が繰り出す剣技、体技は、見た目をはるかに超越する白鬼の体にことごとくいなされてしまう。
……ほっそいのに硬いカラダじゃ。しかも、速い。
桃の血発動時の桃子の動きは常人には到底及ばないものだろう。だが、まるで数秒先を読んでいるかのように白鬼はついてくる。がん、と桃子のけりを防ぎながら、白鬼は言った。
「龍に振り落とされるのが心配で、動きが鈍いのか? 心配せずとも、わらわが劣勢になろうと手は出させぬ。この手で殺したいからな」
「……律儀なもんじゃ。わっちとしては、なぜ鬼が龍、いや、龍が鬼なんぞに手を貸すのかと、そっちの方が気になって仕方ないがのう」
「わらわと同じく、人間の業に、ほとほと嫌気がさしたのだろうよ」
「龍が人間に嫌気……なぜじゃ」
白鬼はつまらなそうにして間を置いていたが、次の瞬間、桃子の体は盛大に蹴り飛ばされていた。ずざざざ、と豪速で龍の背をすべり、遅れて腹部を激痛が襲った。
「うぐっ、」
「人間がわらわに何をしたか、知りたいのか? 逆に問おうぞ。なぜ、お前は人間に肩入れする」




