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桃姫伝  作者: 立花豊実
16/25

16話

 桃子は顔を伏せた。気圧されるなと自分に言い聞かせ、志気を取り直す。

 ただでさえ手強い龍と鬼を相手にするのだ。気持ちで負けてしまってはいよいよ勝ち目が遠のいてしまうではないか。

 深呼吸をはさんで、いやー、と頭をかく。

「ちと、しまったと思ってのう。ここに鬼がいると分かっておれば、知り合いを連れて来たんじゃが。お主に会って物申したいと言い張る者がおってな」

「ほう。それは残念。しかし、ここへ来ていたとしてもそれはまた残念なことだ。わらわは人間の言葉など受け入れぬからな」

 人間、と聞いて桃子はケロケロうるさいカエルが舌を出してとぼける姿をプカプカ思い浮かべた。確かに人間並みにやらかしそうな生き物ではあるが、あれはあれで立派に両生類だ。ちゃんと水かきはあるし、舌はシュッシュと伸びる。

「それがヒトではなくてのう」

「……」

 鬼が訝しげに沈黙するので、桃子は「いや、こっちの話じゃ」と手を振った。

「鬼は初めてお目にかかる。さっきは男の話をしておったが、わっちは抱くも食うも良し悪しを知らぬ。そんなにうまいもんかのう」

「それはもう。骨の髄までしゃぶりたくなるほどだ。一度味わってみるといい」

「ほう。おぬしは食べたことがあるのか?」

 桃子がかすかに怒気を含めると、白い鬼は、真っ黒な舌をしゅるりと伸ばした。わざとらしく唇を一周舐めて笑みを浮かべる。

「でなければ、美味しいとは言わぬだろう?」

「……それもそうじゃ」

 桃子は目を伏せぎみに、小太刀をぎちぎちと強く握りなおした。

 今度は鬼の頭部に向けて、あごをくいと指す。

「立派な角じゃ。本当に生えるのじゃな。全体は思ったより細っこいが、おぬしが世間で騒がれている例の鬼なんじゃな?」

 能面の白顔は、表情なく淡々と応えた。

「いかにも。人間を八つ裂きにして喰らうため、地獄より舞戻った憎悪の化身だ。人の血失せた我が身をして白鬼姫と名乗ろう」

 慇懃に頭を下げる所作はもれなく美しいのだが、そのすべてに得体の知れない冷酷さを感じる。黒い瞳はほの暗い向こう側が透けて、深い闇は見つめていると吸い込まれてしまいそうだ。

 桃子は、相手が不気味な鬼であれ、自分がまだ名乗っていないことに気付き、はっとした。

「失敬したのう、こちらばかり質問してしまった。わっちは、」

 鬼が待てと、手のひらを出すと、まるで値踏みするように目を細めた。

「この桃の甘い香り、見当がつくぞ」

 瞳を閉じ、四方をくんくんと嗅ぐ仕草はまるで女児なのに……、情や血の通う気配がまったくない。石像が動いているかのようだ。

 白鬼はすうと目を開けて、桃子を、再び黒い眼に捉えて続けた。


 ――桃太郎の妹だろう。


 白鬼の黒い瞳に見つめられるたび、桃子の背に冷たいものが走った。

 桃子は「やれやれ、」と頬をかいた。

「鬼は嗅覚もすごいのじゃな。匂いでそこまで勘ぐられるのもくすぐったい。わっちとしては気に入っておるが、洗っても落ちんのが玉に瑕じゃのう。いかにも、赤鬼どもを成敗した桃太郎が妹、桃子と申す」

 同じように桃子が慇懃に一礼をかますと、白鬼姫が太い牙を剥いて笑った。

「会いたかったぞ、桃子。いずれ殺さねばならないと決めてはいたが、まさか、こんなにも早く、そちらからやってきてくれるとは思わなんだ。わらわは今、珍しく高揚している」

「そう心配せずとも、おぬしら鬼が悪さを働く限り、わっちは地の果てでも追うつもりじゃ」

 白鬼姫は「くく……、あははは!」と仰いで大笑いした。

 桃子は顔をしかめた。

「いや、すまない。てっきり兄を殺された復讐心でと思っていたのでな。……悪さを働く限り? そんなことでわらわを倒したいと思ったのか」

「復讐心なら、もう乗り越えたんじゃ」

 鬼はさらに大声を出して笑った。

「乗り越えた? 兄をなぶられ、殺されたことをか? さすが桃の血は面白いことを言う。いっそ薄情な妹だと思ってしまった」

「わっちは薄情ではない。兄じゃがそんなことを望んでいないと分かっているから、そうしているだけじゃ。意志を継いで貫いておるのじゃ」


「うそぶくな小娘!!」


 白鬼姫の美顔が、突如ひどく崩れた。

 まさに、鬼の形相とはこれのことを言うのだろう。眉間にはいくつものシワが走り、目じりが強烈に上がる。

「お前の中にある黒い感情が、わらわには見え透いているのだ! 兄が死んだとき、お前は怯えた。絶対的な護り手だった存在の、実は不完全なことを知って嘆いたのだろう? なぜ死んだ、なぜ置いて行ってしまった! ひどいじゃないかと泣いた! そうして至極甘える一方で兄の功績にすら嫉妬し、反してそれを正しく評価しようとしない世をも疎んでいる。独りよがりで実に身勝手な娘だ!」

「違う! わっちは、ただ、」

「誰の為でもない。自分のために戦っている、そうなのだろう? 偉大なる兄とは大違いだな」

「いいかげんにせい!」

 桃の血が発動し、桃子の全身が上気して髪が逆立った。

 白鬼姫の顔が、一瞬だけ固まった。

「……なるほど。赤鬼を奪った、それが桃の血の力か……。そうだ。本性をさらけ出せ。野蛮な桃の一族の、本気をみせてみろ」

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