表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桃姫伝  作者: 立花豊実
15/25

15話

 ぬかるむ泥を弾きあげながら、桃子はちゃけちゃけと高速の足音を立て続けた。

 鋭く向けた視線は、暗雲の先、雷を散らして泳ぐ龍に向ける。

 ピシャァと雷光が閃く瞬間、雲の中の巨体が浮かび上がった。

 位置を確認した桃子は、進行方向を龍のそれに合わせる。

 次に降りてくる機会を、逃さないために。

 カエルは、龍を相手に、桃子が「おとり」程度にしかならないと案じた。

 思い出すと、奥歯にぎりぎりと力が入る。

 何事も、やってみなければ分からないではないか。相手が龍だろうと、自分が女だろうと、そんなもの物事の決定要因にはならない。あくまで一要素だ。それをただ怯えて逃げるだなんて……絶対に嫌だ。

 桃子は急ブレーキをかけて、その場に仁王立ちした。

 黄金の瞳をギロリとたぎらせ、息を深く吸い込む。そして、


「うおおぉぉ――――!」


 土砂降りの雨音すら突き破って空に吠えた。

 途端、龍の動きが変わった。まるで狙いを定め予備動作に入ったかのように、一点をぐるぐると回りはじめる。龍を目に捉えながら、桃子は虚空へつぶやいた。

「……兄じゃなら、どうしたんじゃ。相手が龍なら、どう振舞った。まさか逃げはせんじゃろう? わっちの知る兄じゃは、相手が誰だろうと、関係なかった。いつだって強大な敵に立ち向かっていく勇敢な男じゃった。わっちだって、逃げたくないんじゃ。桃の血はすごかったと、世に知らしめたい。兄じゃが遺してくれたもの、その大きさを証明したい――」

 そう強く念ずる一方、心のどこかでカエルの言い分を認めてしまい、力が伴わないと不安がっている自分がいる。それが、何よりも悔しかった。

 自分を鼓舞するように、ぐぐ、と拳を強く握りしめる。

 討伐隊の面々が一斉に逃げまどう中、桃子は腰を低く身構えた。

「――こいっ! わっちが相手じゃ!」


 グオオオオォォォ! 


 龍が再び超滑空を始め、咆哮がとどろき渡るが、

「うおおぉぉ――――!」

 桃子は負けじと再び威勢を張り、小太刀を握り構えた。

 龍が地上に激突する一瞬――。

 桃子が突き立てた小太刀が、龍の肉体をわずかに斬り裂いた。が、硬いウロコはそれ以上びくともせず、桃子を連れたまま、龍は大空へ戻り始めた。

「うぐう!」

 豪風にあおられながら、桃子は小太刀をあらん限りの力で握り続けた。

「――なんて力じゃ」

 少しでも緩めれば、弾かれてしまいそうだ。

 ぐぎぎ、と骨と肉がきしむ。

 それでも、諦められない。なんとしてでも龍を止めねばならないのだ。その一心で腕を伸ばし、ウロコをがしりとつかんだ。必死にしがみつき、豪風雨を耐え凌ぐ。

 桃の血で熱気した身でなければ、急速に冷やされて小太刀をつかんでさえいられなかっただろう。龍が雲海を飛び越えるのに、それほど時間はかからなかった。ばふん、と雲を突き破った先には、下界の様相が信じられぬほどの快晴が広がっていた。龍はそこで上昇を止め、雲と並行するように緩やかに進み始めた。大気が、ひゅうひゅうと髪をすいた。

「……ゆっくりになったのう」

 桃子は、上方へよじ登りはじめた。

 龍の背部にたどり着いた、その時だ。


 ――わしが叩き落とそうか?


 腹の底から響くような、野太い声がした。

 次いで、


 ――よい。わらわの獲物だ。


 品のある、それでいて、どこか哀愁の漂う声が響いた。

 桃子が龍の頭上に目を向けると、そこには人影があった。

 すらりと白い細身に、豊満な胸、しなやかにくびれた腰。臀部へと続く体の曲線は、一見、美しい人間の女性そのものだ。

 だが明らかにヒトでない。まったく血の気がなく、肌が異様に白いのだ。反して爪や瞳が白目ごと黒ずんでいる。頭には、小さい顔に不釣り合いな大角が、優雅に弧を描いて伸びていた。桃子は眼を丸くして驚いた。

「……おなご? いや。その角、まさか……」

 桃子の予想に反し、白いヒト型は意外なほど沈着な態度で応じた。

「まさか、こんなところに鬼はいないだろうと思ったのであろう? だが、そのまさかだ。まさしくわらわは鬼。そしてここは龍の背の上。どちらも現実のことだ」

 白い鬼は「それと」と、ひと呼吸置いた。

「おなごと言ってくれたな? うれしいぞ。わらわの身に性が残っているのなら、女でありたいのだ。かつては見目も麗しく好かれもの。しかして、いまや男は、抱かれるよりも喰らう方が好きになってしまった」

 冷たい笑みを浮かべると口元の牙が剥き出た。

「……鬼、じゃと……」

 桃子は顔をしかめた。

 なぜ、龍の背に鬼がいる――。

 龍の馬鹿げた力なら、今しがた味わったばかりだ。

 さらに立て続けに現れた強敵、鬼。その強さなど、戦ったことのない桃子には計り知れないことだが、世の中を恐怖に陥れたという逸話はいくらでも聞いてきた。

 だからこそ兄・桃太郎は偉人として称えられたのだ。鬼が弱いなら、世はこれほど騒ぎ立てたりしない。何より、桃子に流れる桃の血が警告している。

 危険すぎる、と。

 龍と鬼。片方だけでも厄介極まりないというのに、その両者が結託したとなれば、それは……。


「――絶望、か?」

 白い鬼が満面の笑みで、そうつぶやいた。

「この世の終わりを見るような、いい目だ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ