12話
「おぬしに、一体、何がわかるというんじゃ! わっちは、兄じゃが救った命に、相応の価値を見出そうと、必死に戦っておる! 鬼退治とは、わっちの内にわだかまるすべてに、決着をつける唯一の方法なんじゃ! 奴らを倒し、兄じゃを超えて、それで初めて、わっちの、兄じゃがしてくれたことへの、恩返しになるんじゃ!」
カエルがぺろっと鼻づらを舐めると、桃子が「ぎゃあ」と手を離した。
「また――っ!? なんでそうぺろぺろとするんじゃ!」
カエルはシュッと舌を伸ばし、桃子の背中に忍び込むと、ぷにぷにする触手めいた手で、若い娘の滑らかな背肌をあちこちくすぐった。
「きゃあああ!」と桃子が怒りにわめく。
カエルはぺたぺた触り続けた。
「兄の命の代わりに、兄を超える? そんなもん、ちっとも分からないね! 桃太郎はそんなこと、これっぽっちも考えてないさ! 自分が救った命の価値なんて、天秤にかけて考えるようなものじゃない!」
大切だったんだろ!
「自分の命を投げうってでも、守りたかった! 何が何でも救いたかったから、死に物狂いで戦ったんだ! だから、あの鬼にだって勝てたんだろ! 桃の血だの言い伝えだの、そんなもん関係ない!」
守りたいって願ったから、桃太郎は強かったんだ!
「今の桃子は、鬼を『兄を超えるための道具』としか捉えてない。鬼を倒すって、そんな甘いもんじゃないぞ。アイツら冗談抜きに半端なく強いんだぞ。今までだって何千人もの人が殺されて――」
そこで桃子の手がすうと伸び、ガシッ!
カエルは掴まれた。
ぺたぺた触られたお返しとばかりに、桃子が反撃へでた。
「おぬしに言われんでも、そんなことぐらい、わっちは――」
言いながら、桃子が深々と遠投モーションに入った。
うっわ、これは相当な飛距離をぶん投げられてしまう。そう覚悟したカエルが身構えて瞳をぎゅっと閉じたが、しばらくたっても、投げられる気配がなかった。
薄ら瞼を開けると、桃子は顔を伏せていて、前髪に隠れて表情がよくみえない。
「……ああ、くやしいのう。どうしたって、おぬしを、打ち負かせられなんだ。すごく腹が立つが、おぬしの言っておるのは、旅に出る前の婆やと同じなんじゃ。……わっちは、そんなに弱そうに見えるかの?」
「ああ。本当は弱いと思う。すげえ血を通わせて、そりゃ相応に強いんだろうさ。でも、本当は弱いのを、必死に隠してるんだ。お兄ちゃ――ん! って、幼い時にたっぷり泣くべきだったところを、無理に耐えてきたんじゃないのか。だから、そんな風におかしく育っちゃって、うっぐ」
カエルを握りしめる桃子の手に力がこもって悶絶する。
「おかしく育ったは余計じゃ。それに、お兄ちゃ――ん、はなかろう。お兄ちゃ――ん、は。おぬしが思っているほど、わっちは弱くなんてない」
ぬるぬるの体を利用して、カエルは桃子の手からすぽっと抜け出した。
「いいや、言うべきだった。お兄ちゃ――ん、と。その時に『か弱い妹』をちゃんとやっていれば、桃子はいま、鬼退治なんて危ない道に飛び込まずに済んだはずだ」
「さっきからおぬしは、まるでわっちに鬼退治に行くなと言っているようじゃ」
カエルはこっくり頷いた。
「ああ。いろいろと誓っておいてあれだけど、桃子は行くべきじゃないと思う」
「んなっ、わっちが鬼退治を止めたら、おぬしだって困るではないか! 鬼に会って、言ってやりたいことがあるのじゃろう? 死んでも鬼のもとへと、そう言っておったじゃろうが!」
「俺の目的は関係ないよ。……理由は、色々さ。お兄さんの気持ちを考えたら、桃子は危ない目に逢うべきじゃないと思ったんだ。きっと帰りを待っている婆やだって、それを望んでいるはずさ。だって桃子は、」
きれいなんだ、とは言えなかった。
「ほかに、幸せになる道がたくさんある。わざわざ自分から、未来を捨てるような選択をする必要なんてないじゃないか。今からでも遅くない」
――引き返した方がいい。
カエルが目を合わせずにつむいだ言葉を、桃子はどう解釈したのか。
つまみ上げられ、のぞき込んできた桃子の表情は、笑っているようにも、困っているようにも見えた。自信を持っているようにも、不安がっているようにも感じられた。
きっと、いろんなものを抱えながら、それでも選んで来た道なんだろう。
――わっちは、行くよ。
「迷わない覚悟なら、出立の前に済ませてきたんじゃ。わっちの動機は、おぬしや婆やの言うように、確かにあいまいなのかもしれん。未だに兄じゃの死を引きずっておるのも否定しない。それでも、結局は誰かがやらねばならんのじゃろう? なら、わっちはやる。また誰かが、自分の代わりに犠牲になるのは嫌なんじゃ」
桃子の真剣な目をみて、カエルはあきらめた。
「……そこまで本気なら、お供する俺は応援するしかないな」
「うむ。まあ、」
――おぬしの不器用な優しさは、ほんのちょっとだけ嬉しかった。
笑っている桃子に、カエルは憤慨した。
「べ、べつに優しくしたんじゃないぞ! 俺は厳しく諭そうと思って!」
「はいはい」




